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第21章:過去を求めて《後編》

【SIDE:井上翔太】


「なぁ、聞いてもいいか?俺がすっかり忘れている10年前の事をどうして、麻由美や琴乃ちゃんは詳細に覚えているんだ?」

 

 最後の場所である展望台公園に向かう途中、俺は気になって麻由美に尋ねる。

 麻由美は「え?」と何を今さらといった風に俺を見下した目で見た。

 

「私やこっちゃんは、どこかのお兄さんみたいに薄情者でも、若年性健忘症でもないからだよ。私達はまだ若いからねぇ」

 

「おい、俺は年寄りの爺さんか」

 

「それよりひどいかも。おじいちゃんは同じ事を何度も言うけど、どこかのお兄さんはそれすらできないから」

 

「……言い返すこともできません」

 

 ぐぅの音も出ないとはこのことか。

 忘れてしまった俺が全て悪い。

 何で忘れたんだろうな、俺……。

 人生で可愛い女の子と縁があったのは琴乃ちゃん達だけだったのに。

 小学生の頃は何でも興味持つからさ。

 少年サッカー部に入ったりしていたし、琴乃ちゃん達の事を忘れてしまったんだろう。

 

「まぁ、理由があるとすると……あの頃の私達に親しい男の子は翔太クンだけだった。琴乃ちゃんなんてきっと初めて話した男の子かもしれないよ?幼稚園の時も全然男の子と話そうともしなかったの」

 

「……男嫌いってやつか?」

 

「うーん。嫌いというか、男の子と話す機会がなかったというか。こっちゃんって昔はすっごく人見知りだったからね。男の子は怖いって勝手な印象を抱いていたのかも。それも誤解だって理解したのは翔太クンのおかげかな」

 

 まただ、俺にとってのイメージと琴乃ちゃんの過去のずれ。

 俺の記憶にいる琴乃ちゃんは元気で明るい女の子。

 ここまで来ると当然、俺の方の印象がおかしいと疑い始めていた。

 

「……琴乃ちゃんって、大人しい子だったのか?」

 

「基本的には大人しいかも。今もそうだよ、翔太クンの前じゃ積極的な素振りを見せているけど、それは演技。かなり無理して翔太クンに合わせてる」

 

「どうして……?」

 

 俺は別に無理して明るく振る舞って欲しいとは望んでいない。

 違和感が消え去らない理由。

 それは、もしかしたら、本当の彼女と接していないからなのではないか。

 

「どうしてって、こっちゃんが翔太クンを好きだからに決まってる。10年ぶりの再会、高校の入学式の時にこっちゃんが翔太クンを見つけたのよ。でもさ、何で直接会うのにこれだけ時間が空いたかその理由分かる?」

 

「2週間ぐらい後になって偶然にも再会した。その2週間の事か」

 

「偶然がなければきっと本当の再会はもっと後だったと思う。こっちゃんは自分に自信が持てるようになるまで頑張っていたのよ。お化粧とか全然しなかったのに、急にメイクの練習とかしはじめた。性格もそう。好かれたい一心で今の彼女は無理を続けている。その結果、恋人同士になれたけどね」

 

 琴乃ちゃんは俺のために無理をしているのか。

 それは間違いだ、俺は素の彼女でもきっと好きになっていた。

 

「自信を望む理由が分からない?」

 

「あぁ。そこまでしなくても、俺は別に気にしないぞ」

 

「それを彼女に気にさせているのが、翔太クンの“過去”なんだけどなぁ」

 

 意味深に呟いた彼女は苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 麻由美が最後に連れて来たのは何度も来ている展望台公園だ。

 夕闇の森林の中を抜けて、展望台へと出る。

  

「……ここが私達の思い出の多くがある場所。よく遊んでいたし、何度も連れてきたはず。翔太クンが一番、仲がよかったのは鈴音だって言ったでしょ。本当に仲が良くて、幼い頃のこっちゃんは嫉妬して、拗ねていたと思うんだ」

 

 それが嫉妬と言う感情だと理解できなくても。

 子供同士でおもちゃの取り合いをするように、子供にも譲れない想いというものはある。

 

「いつも仲良く遊んでいた鈴音。それが羨ましかったんだよ。だから、こっちゃんなりにどうすれば翔太クンと仲良くなれるか考えていたはず。再会しても今のままじゃ振り向いてもらえないって思ったんだ」

 

「……俺を再び見つけて、付き合うために無理をした。過去の事があったからか」

 

「端的にいえば、だけどね。翔太クン、女の子の本心に気づいてあげなきゃダメだよ」

 

 琴乃ちゃんが俺を好きでいてくれたその気持ちは嬉しい。

 だが、やはり俺には腑に落ちない記憶のずれがあるのだ。

 

『翔ちゃん、遊ぼうよっ。今日は何しようか?』

 

 俺を連れまわして遊んでいた琴乃ちゃん。

 鈴音と言う少女は俺の記憶の微かな記憶でしかない。

 

『……翔お兄ちゃん。ついてきて、こっちだよ』

 

 俺をお兄ちゃんと呼び慕ってくれていた鈴音は一体、どんな子だったのか。

 

「俺の記憶の中の琴乃ちゃんは常に明るくて、楽しい子だった。本当に大人しい印象なんてひとつもなくてさ。逆に言うと、鈴音の方は物静かだったかもしれない」

 

「鈴音が?うーん。こっちゃんは人見知りだからギャップがあるかもしれないけど、鈴音は昔から大人しくはなかったけど?」

 

「……あー、もうっ。わけが分からん。何が真実なんだ」

 

「それほど悩むなら覚悟決めて、こっちゃんとお話すればいいのに。翔太クンが悩んでる理由、私の方がワケわかんない」

 

 その勇気がないのだ。

 琴乃ちゃんを傷つける事になってしまう展開が本当に怖い。

 どうしても、聞けないのは失う事を恐れているからもしれない。

 

「もう一度だけ確認する。俺と鈴音が仲が良かったんだな?」

 

「何度言われてもそうなんだけど?そんなに気になるなら本人に会えばいいじゃない」

 

「会えるのか……?」

 

「多分。会いたければすぐに会えるかも。だって、GWくらいには帰省するはずだもの」

 

 鈴音は全寮制の学校に通っていると聞いた。

 GWならばこちらに戻ってくるかもしれない。

 

「麻由美、頼みがある。もし、鈴音が戻ってきたら俺に連絡をしてくれないか?直接会って話がしてみたいんだ」

 

「いいけど?でも、私に頼まなくてもこっちゃんに頼めば?」

 

「……それはちょっとな」

 

 鈴音絡みはどうにも彼女に尋ねにくい。

 負い目があるわけじゃないが、触れてはいけない話題に思えた。

 麻由美は腕を組みながら考え事をする。

 俺の態度が気になったようだ。

 

「あのさ、翔太クン?私も確認していい?」

 

「確認……?何だよ、俺にか?」

 

「もしかしたら、翔太クンが覚えていないっていう理由が分かったかもしれない。おじいちゃんが言っていた意味もね」

 

「神父様が、俺に何を言っていたんだ?」

 

 そういえば、琴乃ちゃんの事を尋ねた時に何かはぐらかされてしまったっけ。

 俺は勢いで麻由美の肩を掴んでいた。

 

「教えてくれ。麻由美、お前しか頼れないんだよ」

 

「そんなに焦らなくてもいいじゃん。びっくりするなぁ。あのね、翔太クンには自分で思い出すべき事があるっておじいちゃんはそう言っていた。私も気になっていたんだ。翔太クンって、もしかして――」

 

 麻由美が何かを告げようとした時、森の中を風が吹き抜けていく。

 夕焼けの日差しが俺達以外の影を作っていた事に気づく。

 

「――な、何をしているんですか、ふたりとも?」

 

 呆然とした表情で立ちすくむのは琴乃ちゃんだった。

 俺は気づく、俺は麻由美と距離を詰めて意味深な会話をする姿が誤解を生んでいる、と。

  

 逆の立場なら確実に誤解する。

 俺と麻由美が親密そうに会話する光景は裏切りの光景以外の何物でもなかった。

 顔面蒼白と言った彼女に俺は後悔で血の気が引いてた――。

 

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