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第20章:過去を求めて《前編

【SIDE:井上翔太】


 あの10年前に俺は琴乃ちゃんと出会い、何を体験したのだろう?

 うっすらとした記憶しかない過去。

 その理由を含めて俺は過去を求めていた。

 放課後になり、俺は麻由美と共に琴乃ちゃんの家の近所を歩いていた。

 

「翔太クン、先に言っておくけど、私が知ってる記憶が必ずしもこっちゃんの過去に関係してるとは限らないからね?」

 

「分かっている。それは当然のことだ」

 

 麻由美は琴乃ちゃんと一緒にいる事が多かった。

 それゆえに思い出を共有している事も多いはずだと俺は思ったんだ。

 だけど、それが正解だと信じているわけじゃない。

 俺には思い出すきっかけが欲しい。

 俺達が訪れたのは麻由美の実家でもある教会だ。

 神父様は出かけているのか、留守で誰もいないと麻由美は言った。

 

「まずはここだね。おじいちゃんの教会。ここで私と翔太クンが出会ったの。翔太クンをこっちゃんがここに連れてきた。翔太クンは教会のステンドグラスが気に入っていたんだ。覚えている?」

 

「何となく、な」

 

 中へ入らせてもらうと、この間も見たステンドグラスが飾られている。

 大きなガラスの絵を眺めているとどこか懐かしさも感じるのは事実だ。

 

「翔太クンは結構気に入ってたの。ここでよく遊んだのもあるけど、こーしてステンドグラスを眺めていた事もよくあったよ」

 

「寂しかったのかもしれないな」

 

「寂しい。そうかもしれないね。お母さんとも離れて、見知らぬ人の家に預けられて、こっちゃん達と仲良くできていても、子供心に不安はあるだろうし」

 

 麻由美は頷きながら俺の隣の椅子に座りこむ。

 同じように俺も座りながらステンドグラスに視線を向ける。

 彩り豊かなガラスで出来た絵はどこか人の心を落ち着かせる。

 過去の俺もこの絵を見て、自然にそう言う穏やかな気持ちになっていたのだろうか。

 

「昔の俺ってどういう奴だった?感受性豊かなタイプだったか?」

 

「うーん。どうだろ?全然、大人しいタイプじゃなかったよ」

 

「そうだろうな。俺が大人しいわけがない」

 

 自分で言って悲しくなるけどな。

 いわゆる悪ガキでもなかったが、多少の無茶はする子供だったはずだ。

 小さい頃はよく悪戯しては母さんに怒鳴られていたからな。

 

「……そんな俺がこのステンドグラスを気にいるなんて珍しいと思わないか?」

 

「それは思ったかも。翔太クンって外で遊ぶのが好きなのに、この教会ではすっごく大人しくてびっくりしたもん。ずっとこのステンドグラスを見ていたからよっぽど気にいっていたんじゃないのかな」

 

 この椅子によく座って眺めていたと言う。

 何か神様に祈る事でもあったのかね?

 俺が神を信じて祈るような子供だったかどうか、その辺は覚えていないが今の俺は間違いなくそんな真似はしない。

 

「この教会で他に何かなかったか?どうにも俺はここで何かした覚えがある。誰かと一緒に……何かをしたんだよ?」

 

「何かって言われても、私も分かんないってば。ここでは同い年くらい子が集まってゲームとかお話を聞いたりとかしたよ?でも、そういうんじゃなくて、ロマンティックなイベントをした記憶があるんでしょ?」

 

「ロマンティックって何だ。まぁ、確かに、何かしたのは確かなはずなんだ。特別に思い入れがあると言うか」

 

 大事な思い出がここにはあるような気がする。

 

「重要な場所ってこと?私の知る限りではそー言う事はなさそう。きっと、私がいなかった時にこっちゃんか、鈴音ちゃんと何かしたんじゃない?」

 

「そうか。……何をしたんだろうな?」

 

 それがどうしても思い出せずに諦めることにした。

 麻由美も分からないのならば、仕方ない。

 教会内を見渡しながら俺は「次の場所へ行こうか」と麻由美に告げた。

 これ以上、ここにいても情報は得られなさそうだ。

 

「次はどこがいいかな」

 

「俺が知らない場所もあるのか?」

 

「こっちゃんと一緒にいったのは展望台公園だけでしょ?あの場所以外にも翔太クンと過ごした思い出がある場所はあるの」

 

 彼女は次の場所へ移動するように言った。

 

 

 

 

 それは住宅地を抜けてこの高台の最上とも言える広場だった。

 山が広がる手前の広場は空き地になっている。

 

「……ここは?」

 

「よく皆でバトミントンとかした場所だよ。公園だと木に引っかかるから、ボール遊びとかはここでしたの。覚えてない?」

 

「覚えている。確か、他の近所の子たちとサッカーとかしたかも」

 

「あったよ、そーいうこと。でも、男の子の割合ってこの近所じゃ少なくて、男の子3人に女の子6人って言うハンデ戦で勝ちまくってたっけ」

 

「なるほど、負けた記憶しかないわけだ。よく罰ゲームとかさせられたな」

 

「あったねぇ。で、罰ゲームで思い出したけど、今日のお昼の罰ゲームは覚えている?」

 

 麻由美の陰謀にはめられた例の件か。

 俺は軽く首をかしげながら、

 

「はて、何のことやら」

 

「……薄情者な若年性健忘症の翔太クンはいつか痛い目にあいそう」

 

「それを言うな。はぁ、罰ゲームって結局何をすればいいんだ?」

 

「ふふっ。喉が渇いたからジュースでもおごってもらおうかな」

 

 麻由美は近くの自販機を指差す。

 それくらいならかまわない。

 こうしてわざわざ案内をさせているのもこれでチャラだ。

 自販機前で悩む麻由美は俺のおごりだと喜びながら選ぶ。

 

「何にしようかな。炭酸はキツイからオレンジジュースにしよっ」

 

「了解。俺はコーラにでもしておこう」

 

 ふたりで空き地を歩きながらジュースを飲む。

 冷えたジュースで喉の潤いを満たした所で次なる場所へ。

 時間はまだ夕焼けに差し掛かる前でしばらくはありそうだ。

 

「こっちゃんの家から近い場所に幽霊屋敷って呼ばれる場所があるの」

 

「……幽霊屋敷?」

 

「うん。今でも現存しているよ。古い洋風のお屋敷でね、見た目がすごいのよ。見ればきっと分かると思う。何回か翔太クンも行ったから覚えているんじゃないかな」

 

 琴乃ちゃんの家の前を過ぎ去りしばらく進むと住宅地でも洋館が並ぶエリアに入る。

 その端の方に一軒だけ古びた洋館があった。

 錆ついた扉は朽ちはて、中に入る事もできそうだ(不法侵入は犯罪です)。

 

「うちの教会と似た感じだけど、ここまでひどくないよ」

 

「確かにこれは幽霊屋敷って言われるな」

 

「……中はもっと怖いけどねぇ。よく肝試しとか、探検とかで来たなぁ。覚えてる?」

 

「全然、覚えてない。どういう経緯でこのボロ家は建ってるんだ?普通なら取り壊されたりしているだろ」

 

これだけボロいと言う事は誰も住んでいないんだろう。

 

「20年くらい前に一家離散したって聞いている。夜逃げ同然にいなくなっちゃったんだって。今は誰が所有者から知らないけど、ずっとこのままだよ」

 

 さすがに中に入るわけにはいかないが、俺達は外からその洋館を眺めつづける。

 

「このボロ屋敷の内装は?」

 

「見たまんまで古い建物。怖いから近づきたくないな。そうだ、思い出したっ」

 

 声をあげて彼女は俺の顔を見る。

 

「何を思い出したんだ?」

 

「そうだよ、ここで鈴音と翔太クンが行方不明になって大騒ぎになったんだ。一緒に中で探検していたら、いつのまにかふたりがいなくなって……こっちゃんのおばさんに後ですごく怒られたの。アレ以来、入っていないよ」

 

「俺と鈴音が?」

 

 鈴音って言うのはあの「お兄ちゃん」って呼んでくれていた子だろ。

 この場所で、俺が仲良くしていたと言うその子と行方不明になったらしい。

 

「結局、地下の倉庫で見つかったんだ。鈴音が足を怪我して、それを翔太クンが助けようとして倉庫に閉じ込められちゃったみたい。古い屋敷だから鍵も緩んでいたんだろうね。大人が何人も来てふたりを探してようやく見つかったんだ」

 

 麻由美は「私も怒られて嫌な思いをしたんだ」と記憶のない俺を責める。

 

「それはすまなかった。それで、俺達は無事だったのか?」

 

「鈴音は怪我してたけど、翔太クンは無傷だったよ。ただ、疲れきっていてそれから何日か寝込んでたみたい。こっちゃんも心配していたんだから」

 

 俺が行方不明になっていたと言う洋館。

 何となくだが、暗闇の倉庫の記憶が蘇る。

 ……何だかそう言う事があったかもしれない。

 

「実は俺って暗いところがダメなんだよ。不安になるっていうか。今でもそうなんだけどさ。電気消して寝れないんだ」

 

「そうなの?うわっ、それってあれじゃない?トラウマ。ここでの経験が翔太クンの心に傷を負わせてたのかも。怖い思いをして、暗い場所が嫌いになったんだ?」

 

「という事なんだろうな。ずっと理由不明で、あの10年前の辺りからだったからほぼ間違いないと思う。そうか、俺はここで閉じ込めれたせいで暗所恐怖症になったのか。今になって思うと情けないな」

 

 治そうと思っても今でも治せない。

 暗い場所で寝る事がどうしてもできないのだ。

 普通に夜の街を出歩く程度は問題ないんだが、寝るとなるとどうしてもダメになる。

 母さんも理由が分からず、俺の困った癖のひとつになっていたのだが、今になってようやく理由が理解できた気がする。

 

 過去は自分の人生の積み重ねてきた記憶だ。

 当たり前なんだがその重みって奴を実感させられる。

 そりゃ、琴乃ちゃんだって怒るよな。

 俺が彼女の過去を否定する言葉の一つ一つが傷つけてしまうナイフのようなものだ。

 

「少しずつでいいから思い出さないといけない」

 

 俺はその事を強く感じながら、幽霊屋敷の洋館を後にした――。

 

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