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第19章:ガールフレンド《後編》

【SIDE:井上翔太】


 琴乃ちゃんをふとした事で怒らせてしまった。

 彼女を思い出せずにいた事は俺にとっても負い目を感じている。

 俺は何とか言い訳をしようと必死に考えた。

 

「違うんだ、琴乃ちゃん。これは、その、変な意味ではなくて……」

 

「別にいいワケなんていりませんよ」

 

「違うんだってば。ほら、麻由美も何か言ってあげてくれ」

 

「何で私が翔太クンのフォローしてあげないといけないの?」

 

 素で返すとは何とも薄情な幼馴染である。

 恋人と喧嘩なんて言う自体だけは避けたい。

 琴乃ちゃんって意外と怒らせると怖いんだ。

 

「琴乃ちゃん……?」

 

 無視状態で食事を続ける琴乃ちゃん。

 

「……あ、あのさ、琴乃ちゃん。別に俺は麻由美の事を覚えていないし」

 

「再会した時にすぐに思い出してくれるほど、覚えてくれてたのに?」

 

「麻由美は黙っていてくれ」

 

 下手に話をこじらせる時には喋るのか。

 おかげで琴乃ちゃんはこちらにむすっとした顔を見せる。

 

「……へぇ、すぐに?」

 

「そうだよ。こっちゃんは忘れてたなんて薄情者だよね」

 

 フォローしてくれる様子もない麻由美。

 本当にこの子は昔から変わっていない。

 ただ、今は敵に回すわけにはいかない。

 

「麻由美、お前なぁ……」

 

「あははっ。だって、翔太クンってからかうと可愛いんだもん」

 

「あんまり、変な事言うといじめるぞ」

 

「こっちゃんの前であんまり変な事は言わない方がいいと思うよ」

 

 ジーッと視線を感じるのは気のせいではない。

 

「麻由美と翔太先輩って仲いいですね。別にいいですけど」

 

「琴乃ちゃん、機嫌を直してくれ。俺達は別に仲がいいってわけじゃなくて……」

 

「えーっ。そうなの?私と翔太クン、仲がいいと思っていたのに?」

 

「……ぷいっ」

 

 ガーン、琴乃ちゃんにそっぽを向かれてしまった。

 俺は麻由美に目で「何してくれてるんだ?」と非難する。

 一番悪いのは忘れていた俺だが、それをあおった麻由美も同罪だ。

 

「……私、もう行きます」

 

「え?あ、ちょっと、琴乃ちゃん!?」

 

「あとはお二人で仲良く話でもしていてください。それでは……」

 

 冷たくあしらわれてしまった。

 これは本気で怒っておられるのでは?

 追いかけ損ねて、麻由美と屋上でふたりっきりになる。

 

「麻由美、何をあおってるんだ?あん?」

 

「怖いよ、翔太クン~っ。私に八つ当たりしないで」

 

 俺が睨みつけるとさすがに麻由美も反省する素振りを見せる。

 

「琴乃ちゃんに嫌われたらどうしてくれる?」

 

「こっちゃんが翔太クンを嫌う事はないから安心して。何年、翔太クンの事を好きだと思ってるの?10年は長いよ?」

 

「……あれだけ怒ってたらどうか分からないな」

 

 琴乃ちゃんに出会ってからずっと笑顔しか見ていなくて。

 あんな不満そうな顔を見たのは初めてなのだ。

 それゆえに俺も気持ちが焦り、不安になる。

 俺は食後のジュースを飲みながら屋上から空を眺める。

 青空に雲が流れていくのをジッとしてみている。

 

「なぁ、麻由美?俺は琴乃ちゃんの事を忘れていたわけなんだが」

 

「こっちゃんだけじゃなくて、鈴音の事も忘れているけどね」

 

「それもそうだけど、今、大事なのは琴乃ちゃんの話だ。俺って何でこんなに昔の事を忘れているのかなって考えたんだ」

 

「そう、ついに翔太クンも気づいてしまったのね」

 

 麻由美は淡々とした口調で真面目な顔を俺に向けた。

 今までと違う雰囲気に俺は思わず息をのむ。

 

「な、何だよ?まさか、俺が忘れている事に意味があるのか……?」

 

 あの10年前に俺に何か起きたとか、そういう話か?

 

「教えてあげる。それは、翔太クンが……」

 

「俺が?どうした?言ってくれ、麻由美」

 

 事故にあって気起きを喪失しているとか、何かあったというのか?

 麻由美はゆっくりとした口調で俺に言う。

 

「それは、翔太クンがただの忘れっぽいおバカさんだったってことよ」

 

 麻由美の発言に俺はイラッとしてその頬を思いっきり引っ張る。

 

「いひゃい~!?」

 

「こっちは真剣に話しているんだ。冗談はやめろ」

 

「怖いよ、翔太クン。もっと心に余裕を持ちなさい」

 

 俺は麻由美の頬を引っ張りながら深いため息をつく。

 結局、俺が忘れてしまっているだけという事らしい。

 本当に情けない、マジで凹むぜ。

 俺は麻由美から手を離すと彼女は「痛かったよ」と頬を膨らませた。

 

「俺が忘れっぽいだけなのか。どーしてなのかな。琴乃ちゃんの事、中々思い出せなくて……彼女は別に過去なんて気にしないでいいって言ったんだけどな」

 

 気にしないでという台詞は気にして欲しいという言葉の裏返しなのではないか。

 過去の話をする度に琴乃ちゃんは悲しい顔をする。

 あんな顔をさせたくないのに、昔は思い出せない自分が寂しい。

 

「……俺も情けなくてな。思い出したいと思ってる」

 

「こっちゃんは別に思い出してくれない事を責めてるわけじゃないんだ。ただ、自分が翔太クンの特別じゃなかった事がショックだったの。自分は覚えてないのに私が覚えられたことがムカっとしてるだけ」

 

「そうなのか?」

 

「そうだよ。こっちゃんにとっては翔太クンが初恋の相手で、長年思い続けてきた相手だもの。当然、自分の事を覚えて欲しかったはず。けれど、それはそれでいいの。覚えてくれていなくても、彼女はここから始めようとしていたんだ」

 

「……それって最初の頃に言われたっけ」

 

 琴乃ちゃんは俺に言ったんだ。

 俺達が出会ったここから始めようって。

 

「でも、そうは言っても、やっぱりさびしいんだよね。こっちゃんも、女の子だから彼氏が自分じゃない他の女の子の事を覚えていたら嫌な気持ちになるじゃない。翔太クンだって逆の立場なら嫌でしょ?」

 

「当然だな」

 

 俺もしくじった、と後悔中だ。

 対応さえ間違えなければ結果として彼女も不機嫌にさせずにすんだはず。

 

「どれだけ言い訳しても琴乃ちゃんを忘れていた翔太クンが一番悪いと言うわけ。反省してこっちゃんに謝りなさい」

 

「……あのさ、麻由美。俺に協力してくれないか?」

 

「協力?私が翔太クンに?」

 

 琴乃ちゃんに謝罪して許してもらってからどうするのか。

 俺もいい加減にあの夏の日の事を思い出しておきたい。

 

「俺が忘れているあの10年前、何があったのか教えて欲しいんだ」

 

 琴乃ちゃんを苦しめている事の正体も知りたい。

 あの夏の日々が俺達の始まりだった。

 俺は思い出の中に何を置いてきたのか、忘れてしまった過去を取り戻したい。

 過去は過去だが、それを思い出せない限り、琴乃ちゃんを苦しめ続ける気がしたんだ。

 

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