第1章:初めての恋人
【SIDE:井上翔太】
人生において告白される経験というのはごく一部の人間だけの行為だと信じてきた。
井上翔太、平凡に生きていた普通の男にはありえないシチュエーションだった。
それが何だ、俺は今、幻想のような現実のど真ん中にいる。
「――好きです。私と付き合ってください」
出会ってわずか10秒の美少女から告白された。
「……はい?」
初対面の相手に告白されて、その告白を受け入れる人間はどのくらいの割合だろうか。
漫画とかではよくこういう時には「友達から始めよう」「ごめん。俺、好きな子がいるんだ」という展開になり、ほとんどの場合、即告白を受け入れる人間はいない。
というか、そもそも、事前に心の準備が必要なラブレターで呼び出す展開がないと、本当にびっくりするんだぞ。
「えっと、キミとは初対面だよね?」
悲しいが俺の知り合いに美少女はいない。
記憶にある限り、俺はこの子に会った覚えがない。
「……」
彼女は無言で俺の顔をジッと見る。
そのジト目、俺はドキッとさせられる。
何か責められているような気がするのは気のせいか?
「え、あ、あの、会ったことがあったっけ?」
「いえ、初対面ですね。私が勝手に先輩の事を知ってるだけです」
……何と、向こうは俺の事を知っていた。
驚く事もないか、好きと告白する以上、誰でもいいわけじゃないわけだし。
でも、自分が誰かに好かれているなんて考えた事もなかった。
俺はあることに引っかかりを感じて尋ね返す。
「……先輩?という事はキミは1年生か?」
「そうですよ。“初めまして”、私は藤原琴乃(ふじわら ことの)。今年、入学してきたばかりの1年生です」
なおさら疑問だ、俺は1年生と接点なんて微塵もない。
そもそも、知り合いになることがなければ好きになることもないわけで。
「あのさ、何で俺なわけ……?」
「人を好きになるのに理由は要りますか?」
「……普通はいると思うぞ。何かきっかけがあるものだろ?」
俺の事をカッコいいと思ったり、すごいと感じたり……。
自分で言っていてものすごく悲しくなってきたぞ。
でも、大抵は容姿だったり性格だったり、何かあるよな。
「うーん、別にないです」
「ないんかいっ!?」
思わず地の関西弁になってしまう。
それはつまり俺には好きになる魅力がないと言う事ですか?
地味にショックだぜ、その一言は胸に来た。
「あっ。先輩が悪いんじゃないんですよ」
そのフォローがきついっす。
彼女は俺に「私が一方的に想ってるだけなんで」と笑う。
「気づいたら好きだった。それでは理由になりませんか?」
「……うーん。納得はできないけど、理解できるような気がしないこともない」
「そう言う事です。というわけで、お付き合いしてください」
どうやら交際宣言自体は本物らしい。
俺は驚くしかないわけだが、彼女は大いに真面目な様子で、
「ダメですか?先輩って彼女いませんよね?むしろ、今まで女の子に告白された経験もなさそうですし……いいチャンスだと思いませんか?」
「なぜに初対面の少女に断言されているのか、そこに疑問があるが事実だから肯定しておこう。めっちゃ、泣きたくなるけど。チャンスって?」
彼女は自分の胸に手を当てて自信を持って俺に言う。
「私って可愛いと思いませんか?」
「……可愛い、と思うよ。一般的には」
見た目はかなりの美少女と言っていいだろう。
セミロングの黒髪もよく似合う美少女だ。
「でしょう?可愛い女の子から告白されてノーと言える人はいませんよね?」
「……可愛いのは認めるけど、ちょっといい?」
俺は頭を抱えたくなる気持ちを抑えながら彼女に問いかける。
彼女が自分に自信を持っているのは人それぞれだからいいとする。
だが、こういう押し売り的な告白はどうなのだろうか。
「何ですか?先輩?」
「あのね、藤原さん。俺とキミは初対面だろ?」
「琴乃と呼んで下さい。で、初対面ということが気になりますか?」
「普通は気になるだろ?」
俺は常々思っていたのだ。
初対面の呼び出し告白においての成功率について。
そりゃ、俺も告白されてーとか思ってましたが、実際になるとびっくりだ。
「もうお互いに名前を知り合い、こうして会話をした時点で私達は知り合いです。このままお別れしても、どこかであえば挨拶ぐらいはできる仲です。そう、自己紹介をした時点でもはや見知らぬ他人ではありませんから」
「……ものすごく強引な気がするが」
「よく考えてくださいよ。先輩が普通に学生生活していて私みたいな美人な女の子に告白される可能性はほとんどありませんよね?」
グサッ、痛いところをつかれた。
俺の人生でそんな経験がないのは事実だ。
しかし、それを女の子に言われるのは本気でキツイ。
「恋人が欲しいとは思ったことありません?それとも好きな人がいるとか……?」
「そんなことはないけど」
「私、こーみえて、スタイルも自信ありますよ?先輩を納得されられると思います」
胸元を強調させる仕草に俺はドギマギする。
本当にこの子が可愛いのは認めます。
「……俺って恋人がいたことないからさ。そんな風に告白もされたことないんだよ」
「だったら、私は先輩の初めての恋人ということですね」
「何でそこまで自信があるんだか」
「ちゃんと“自信”を持てるだけの努力してますからっ」
満面の微笑みで言い切る琴乃さん。
すげぇよ、この子、普通なら自意識過剰だと言いたいが、努力しているという意味では否定できない。
何かちょっぴり尊敬できたぞ。
やっぱり、自信っていうのは努力がなければダメなんだな。
「……琴乃さんってすごいな」
「呼び捨てでいいですってば。恋人同士なんですし」
「じゃ、琴乃ちゃんで……というか、まだ恋人じゃないから」
「今、まだと言いましたね?ということは?」
恋する女子ってすごいとしか言いようがない。
ああいえば、こう責めて来るのでこちらは大変だ。
そもそも、告白されてーと思っていた俺には断る理由なんてひとつもないわけだ。
人生って何が起こるか分からない。
そう考えてみると、俺は一つの結論を出す。
「分かったよ。その、俺と付き合ってみる……?」
「はいっ。それじゃ、今日から恋人同士ですねっ。よろしくお願いします」
俺の返答に嬉しそうに彼女は頭を下げる。
……何だろう、こんなにも自分が誰かに好かれていた現実が喜ばしい。
人生で今まで誰ひとり付き合ったことのなかった俺に生まれて初めての恋人ができた。
この恋の始まり、俺にとってはただの恋愛じゃないのだが……それを知るよしもない。
俺にとって初めての彼女、琴乃ちゃん。
彼女は自信家であり、積極的な女の子である。
「井上先輩、お互いに理解を深めあう必要があると思いませんか?」
帰り道、俺達は同じ方向に家があるようなので一緒に帰宅することに。
彼女の方が家が遠いので中学は別だったみたいだ。
「それじゃ、さっそく先輩の家に行ってもいいですか?」
「ぶーっ!?」
俺は思わぬ発言に吹く、いきなりかい!?
「そ、そういうのは、もう少し関係を深めてからでいいのでは?」
「そうですか?まずは家族の方にご挨拶をするのは当然でしょう?」
「……あっ、そっち。そっちでしたか、すみません」
男の子ですから変な方向に考えてしまいました。
琴乃ちゃんは「変な先輩?」と不思議そうにいう。
彼女の知識ではその辺はまだ想定していなさそうだ。
「俺の家に来るのか?うーん、家族って言ってもなぁ」
俺の家族、つまりは俺の母さんなわけだが。
母子家庭である俺は母親と二人暮らし。
母さんは夜勤も多い地元病院の看護師なので、家にいついるか分からない。
「先輩って母子家庭ですよね。ぜひ、挨拶しておきたいんです」
「……そんな期待されても。普通の人だが……ていうか、何で知ってるんだ?」
俺はまだ話していない自分の事を知る彼女に驚く。
「ふふっ、先輩の事なら何でも知ってますよ」
彼女は手元に手帳をちらつかせて言い放つ。
ばっちり情報収集されてるわけね……何かすごい印象から怖い印象に変わったぞ。
「一応、家に電話してみる」
母さんに連絡すると今日は家にいるようだった。
『彼女できたの?連れてきなさいよ、母さんにも見せて欲しいわ』
そう言って母さんの許可が下りたので俺は琴乃ちゃんを家に連れていくことになる。
何ていうか、展開のスピードについていけない自分がいた。
ほんの数時間前まではこんな可愛い恋人がいなかったわけで。
俺は隣を歩く彼女を横目で見つめながら思う。
「まぁ、いいや。深く考えないようにしよう」
実際、彼女ができた事はものすごく嬉しい事だ。
ただ、相手の素性を知らないのは問題かもしれないが、そもそも俺には相手を選ぶこともないのだ。
どんな経緯であれ、美少女とお付き合いできた今日の俺は幸運だろう。
恋人が出来てから1時間経過、さっそく親に紹介することになりました。




