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整形灰かぶり王子の二度目の遺言 〜義実家に殺されたので、10年前に戻って顔を変え、別人として御社を買収することにしました〜  作者: U3
第2章:再会と潜入

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第24話 猛、堕ちる

 六本木の会員制クラブ『バビロン』は、狂乱と暴力の坩堝と化していた。

 幻覚に怯え、獣のように叫びながら林優香に襲いかかろうとした西園寺猛。

 その暴走は、一瞬の閃光によって遮断された。


 ヒュンッ!

 風を切る音と共に、銀色の残像が猛の視界を横切った。

 森舞永だ。

 彼女はドレスの裾を翻し、猛の腕を掴むと、流れるような動作で関節を極め、床にねじ伏せた。


「ガアァァァッ!?」


 猛が悲鳴を上げる。

 だが、舞永の手は緩まない。さらに体重を乗せ、肩関節を限界まで締め上げる。


「あら、ごめんなさい。……暴れるから手が滑っちゃった」


 舞永は涼しい顔で言い放ち、猛の背中にハイヒールの踵を食い込ませた。

 絶対的な制圧。

 猛は床に顔を押し付けられ、無様に手足をバタつかせることしかできない。


「離せ! 俺を誰だと思ってる! 西園寺猛だぞ!」

「知ってるわよ。……今、世界中で一番有名な『変態』さんでしょ?」


 舞永が視線を向けた先には、スマートフォンを構えた木村心がいた。

 彼女はニヤニヤしながら、猛の顔面をドアップで撮影している。


「はーい、皆さん見てますかー? これが帝都グループの御曹司、西園寺猛氏のリアルな姿でーす」


 心の実況が、ネットの海へと拡散していく。

 視聴者数は瞬く間に20万人を突破。


 『薬やってんじゃね?』『最低だな』『優香ちゃん可哀想』『帝都終わったな』


 コメント欄には、猛への罵倒と軽蔑の言葉が嵐のように流れている。


「やめろ……撮るな……!」


 猛はカメラから顔を背けようとするが、舞永に踏みつけられて動けない。

 デジタルタトゥー。

 一度刻まれれば、死ぬまで消えない恥辱の刻印。

 猛の社会的生命は、この数分間で完全に絶たれた。


「……終わりだ、西園寺」


 井上健太郎が、ゆっくりと歩み寄った。

 倒れた猛を見下ろすその瞳は、深海のように冷たく、静かだった。


「お前はもう、誰も傷つけられない。……ただの『元・御曹司』だ」

「い、井上……! 貴様、ハメやがったな!?」

「人聞きが悪いな。俺はただ、暴漢から女性を救っただけだ」


 井上は優香に手を差し伸べた。

 優香は震えながらその手を取り、立ち上がった。

 ドレスは破れ、肩には痣ができている。だが、その瞳には「やり遂げた」という強い光が宿っていた。


 その時、クラブの入り口から、冷徹な足音が響いた。

 カツ、カツ、カツ。

 警察官たちを引き連れて現れたのは、ピンストライプのスーツを完璧に着こなした長身の美女――清水南だった。


「……お楽しみのところ失礼します」


 南は氷のような声で告げると、アタッシュケースから書類を取り出した。


「西園寺猛氏ですね。……貴方に対し、林優香さんへの暴行未遂、および強要の容疑で告訴状を提出いたします」

「な、なんだと弁護士!? 俺は何もしてない! こいつらが勝手に!」

「弁解は署で聞きましょう。……それと」


 南はもう一枚の書類を突きつけた。


「以前、貴方が優香さんに書かせた『借用書』ですが、法的に無効であることを確認しました。逆に、これまで貴方が彼女から不当に搾取した金銭について、損害賠償請求を行います」

「ふ、ふざけるな! 俺の親父が黙ってると思うなよ!」


 猛が父親の威光にすがろうと叫んだ。

 西園寺厳。帝都グループを一代で築き上げたカリスマであり、猛が唯一恐れ、頼りにしている存在。


 だが、南は冷酷に宣告した。


「お父様ですか? ……残念ながら、厳会長は現在、軽井沢で療養中。意識も混濁されており、事態を把握できる状態ではありません」

「な、なんだと……」

「現在の帝都グループの実権は、全てお母様である貴子氏が握られています。……そのお母様が、今、貴方の解任手続きを進めていらっしゃるとしたら?」


 南の言葉が、猛の希望を粉々に打ち砕いた。

 父という盾はもう機能しない。

 そして母は、自分を見捨てる準備を進めている。


 警察官たちが猛を取り囲み、手錠をかける。

 ガチャリ。

 冷たい金属音が、猛の人生の終焉を告げた。


「嫌だ! 俺は悪くない! 母さん! 助けてくれ母さん!」


 猛は泣き叫びながら、連行されていった。

 その姿は、かつて彼が「ゴミ」と呼んで見下していた者たちよりも、遥かに惨めで、滑稽だった。


 騒ぎが収まり、静寂が戻ったクラブ。

 井上は大きく息を吐いた。


「……終わったな」

「ええ。完璧なショーでしたわ」


 南が眼鏡の位置を直しながら言った。

 舞永はつまらなそうに肩を回し、心は「アーカイブ保存完了」とサムズアップした。

 そして優香は、糸が切れたように井上の胸に倒れ込んだ。


「……ありがとうございました」

「よくやった。……ゆっくり休め」


 第一の標的、排除完了。

 だが、夜はまだ終わらない。


 深夜2時。アマン東京。

 優香を客室に寝かせ、南と舞永が帰った後。

 スイートルームのリビングには、井上と心の二人だけが残っていた。

 足元では、仔猫のハイが眠そうに目を擦っている。


「……ふあぁ。疲れたー」


 心はソファに大の字になり、天井を見上げた。

 17歳の少女には刺激が強すぎる夜だっただろう。


「よくやった。お前のおかげで、猛の失脚は決定的だ」

「でしょ? 褒めてよ」

「ああ。……だから、約束通り『デート』の時間だ」


 井上はキッチンへと向かった。

 心はガバッと起き上がった。


「デート? 今から?」

「そうだ。……腹、減ってるだろ?」

「めっちゃ減ってる! 何作ってくれるの? また洒落たフレンチ?」

「いや。……今夜はジャンクな気分だろう」


 井上が取り出したのは、マカロニと、塊のチーズだった。

 チェダー、グリュイエール、そしてパルミジャーノ・レッジャーノ。

 3種のチーズを惜しげもなく削り出す。


 『マック・アンド・チーズ』。


 アメリカの家庭料理であり、ジャンクフードの王様だ。

 だが、井上が作るのは、インスタントの粉チーズを使うような代物ではない。


 まずはベシャメルソースを作る。

 バターと小麦粉を炒め、牛乳を少しずつ加えて伸ばしていく。

 そこに、削ったチーズを投入する。

 溶けたチーズが黄金色のマグマのように混ざり合い、濃厚なチーズソースへと変貌する。

 隠し味に、マスタードパウダーとナツメグ、そしてカイエンペッパーを少々。これで味が引き締まる。


 茹で上がったマカロニをソースに投入し、全体に絡める。

 耐熱皿に移し、上からさらに追いチーズと、バターで炒めたパン粉を散らす。

 200度のオーブンへ。


 焼いている間に、ドリンクの準備だ。

 井上は鍋にスパイスを放り込んだ。

 シナモンスティック、カルダモン、クローブ、バニラビーンズ、そして生の生姜とレモン。

 黒糖と水を加え、煮詰めていく。

 部屋中に、薬膳のような、しかし甘くスパイシーな香りが広がる。


 煮詰まったシロップを濾し、炭酸水で割る。

 氷をたっぷりと入れたグラスに注ぐと、シュワシュワと泡が弾けた。


 『自家製クラフトコーラ』。


 添加物なし、スパイスの力だけで作った、本物のコーラだ。


 チーン。

 オーブンが鳴った。

 取り出した皿の中では、チーズがグツグツと沸騰し、表面のパン粉が香ばしい狐色に焦げている。

 暴力的なまでのカロリーの香り。


「……完成だ」


 井上は熱々の皿と、冷えたコーラをテーブルに運んだ。

 心の目が輝く。


「うわっ、すっご! 何これ、絶対美味しいやつじゃん!」

「究極のマック・アンド・チーズだ。……熱いうちに食え」


 井上は取り皿に盛り付け、心の前に置いた。

 心はフォークで掬い上げる。

 糸を引くチーズ。湯気と共に立ち昇る濃厚な香り。

 フーフーと息を吹きかけ、口に運ぶ。


「……んんっ!」


 心の動きが止まった。

 そして、満面の笑みが弾けた。


「おいしーーっ!! チーズ濃っ! なにこれ、今まで食べてたのと全然違う!」

「だろうな。……これに、コーラだ」


 心はグラスを掴み、ストローで吸い上げた。

 強烈な炭酸と、複雑なスパイスの香りが鼻を抜ける。

 市販のコーラのようなベタつく甘さはなく、キリッとした生姜の辛味が後味を引き締める。


「……っはぁ! 最高! 生きててよかったー!」


 心は足をバタつかせて喜んだ。

 その無邪気な姿は、天才ハッカーではなく、ただの美味しいもの好きな女子高生そのものだ。


 井上も自分の分を皿に取り、口に運んだ。

 濃厚なチーズのコクと、マカロニの弾力。

 パン粉のサクサク感がアクセントになり、いくらでも食べられる。

 ジャンクだが、洗練された味。

 背徳的だが、どこか懐かしい味。


「ねえ、井上さん」


 心がチーズを口の周りに付けたまま、井上を見つめた。


「ありがとう。……私、こんな美味しいご飯食べたの、久しぶりかも」

「……そうか」

「うん。いつもコンビニ弁当か、カップ麺だったからさ」


 心の瞳が、少しだけ陰った。

 彼女の生い立ち。親の顔も知らず、施設を抜け出し、裏社会で生き抜いてきた孤独な少女。

 かつての井上と同じ、「持たざる者」だった過去。


「これからは、俺が作る」


 井上は短く言った。


「仕事の報酬だ。……好きな時に、好きなものを食わせてやる」

「……え、マジ?」

「ああ。俺の料理人は優秀だからな」


 井上は自嘲気味に笑った。

 かつて屈辱の中で磨いた技術が、今は誰かを笑顔にしている。

 それも悪くない。


「やった! じゃあ明日はハンバーグね! 明後日はオムライス!」

「注文が多いな。……まあ、善処する」


 心は嬉しそうにコーラを飲み干し、氷をカランと鳴らした。


「ねえ、井上さん。……私、アンタのこと気に入ったよ」

「光栄だな」

「だからさ。……最後まで付き合ってあげる。アンタが地獄に行くなら、私もその道案内くらいはしてあげるよ」


 心はニカっと笑った。

 それは、契約以上の、確かな絆を感じさせる笑顔だった。


 足元では、匂いに釣られて起きたハイが、おこぼれを求めて「ミャー」と鳴いている。

 井上は少し冷ましたマカロニを小さく切って与えた。


 窓の外には、東京の夜景。

 その光の一部である猛は消え、西園寺家の闇は暴かれた。

 だが、まだ本丸が残っている。

 女帝・貴子。そして、傀儡となろうとしている麗華。


「……食ったら寝ろ。明日は忙しくなるぞ」

「はーい。……おやすみ、ボス」


 心はソファに丸くなり、ハイを抱きしめた。

 すぐに寝息が聞こえてくる。

 井上はその寝顔を見つめ、残ったコーラを飲み干した。

 

 甘く、スパイシーな余韻。

 それは、復讐という名の劇薬に似ていた。

 孤独な夜は、もう終わりだ。

 これからは、この生意気な相棒と、小さな家族と共に歩んでいく。

 地獄の底まで。

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