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「レティシア? なんでこんなとこにいるんだよ」
「っ! ライアン!?」
ルディ達が去った後、振り返ったライアンが木の陰に立つ私にすぐさま気が付いた。金色の目を丸くして、ズカズカと近づいてくる。
え、見つかるの早くないか!?
これでも一生懸命隠れていたのに……
「もしかして、ずっとここにいたのか?」
呆れた彼の声に、うっと言葉を詰まらせる。
こっそり覗いていたことがバレてしまった……。気まずさにうろうろと視線を彷徨わせるも、すぐに思い直して顔を上げる。
「すまない。そんなつもりはなかったんだが、つい……見てしまった」
「…………」
「覗き見るような真似をして、悪かった」
「…………いや、別に気にする程のことでもねーし」
しっかりと目を合わせて謝罪をしたら、ライアンはちっと舌打ちをして、ふいっと視線を逸らした。
やけに頬が赤い。あの子のことでも考えているのだろうか……。
アリスと呼ばれていた可愛い女子生徒。
先程の光景を思い出して、胸にツキリと謎の痛みが走った。ライアンが好きなのは私じゃなくて、あの子の方だった。私への告白は、やはり罰ゲームの類だったのだ。
ここ数日、ライアンが落ち込んでいるように見えたのは、思うように私が乗ってこなかったから、プライドが傷つけられてショックを受けていたのだろう。
……そうか。ライアンが好きだったのは、ルディの彼女だったのか。
まあ、そうだろうな。
私と違って、可愛らしい子だったし。
私が好きだと言われるよりも、よっぽど納得できる。納得できるんだけど……
何故だろう。いくら考えても分からなかった謎が今ようやく解けたというのに。解答を得られてスッキリするどころか、もやもやとした感情が澱のように胸の底に溜まっていく。
「……アリスちゃんだっけ、可愛い子だな」
「ん? ああ、そうだな」
「ああいう子が好みだったのか?」
「――――は? レティシア……お前、なに言ってんの?」
眉をしかめたライアンに、瞬間カチンときてしまう。
なんだよ、その嫌そうな顔は。
あの子には愛想よく笑っていたくせに。
「なんでアリスちゃんが出てくるわけ?」
「なんでって……あんな顔してたら誰でも気が付くさ。ライアンは…………あの子が好きなんだろ?」
「はぁ!? それ、本気で言ってんのかよ。お前、オレの気持ちをなんだと思って―――…………って。待て。ちょっと待て。レティシア、もしかしてお前…………嫉妬してるのか?」
「そんなわけ無いだろっ!」
「いやだって、お前今、泣きそうな顔してるぞ……」
ライアンがごくりと喉を鳴らして私の目元に手を伸ばす。あと少しで触れられそうになって、咄嗟に払いのけた。
――――嫉妬だって?
そんなのありえない。今まで、ライアンの回りにどれだけ女がいたと思っているんだ。学園でも街中でも、沢山の女子生徒に囲まれているライアンを、これまで私は何度だって見てきたさ。
けれど、私は一度たりとて、彼女たちを羨ましいと思ったことがないんだぞ。
嫉妬などしているものか。この胸の内にあるもやもやとした感情は、恐らく怒りだ。私は、どうしようもなく腹が立っているんだよ。
だってそうだろ?
私はお前に揶揄われたんだ。
「……その気もないのに告白なんてするなよ。真面目に考えた私が馬鹿みたいじゃないか!」
「は……」
「こっちは友人だと思っていたのに。急に敵意を向けられて、戸惑っていたら今度は嘘の告白か!? お前の気分に振り回されるこっちの身にもなってくれ」
「レティシア、それは……」
「近寄るなっ!」
急に間合いを詰められ、驚いた私は咄嗟に剣でガードしながら数歩後ずさる。
「いい加減、鍛錬の邪魔なんだよ。もう2度と私に関わらないでくれ!!」
視界の端に、傷ついた表情のライアンが映った。それに気付かない振りをして、私は彼に背を向けた。
もやもやとした感情は、翌日になっても消えることはなかった。
早朝の訓練所で剣を振いながら、頭の中を占めるのはライアンの事ばかりだ。
無心で剣が振るえない。気持ちが掻き乱されていることに、苛立ちが募っていく。
教室で見かけたライアンは、今までに見たこともないほど悲壮な顔をして、暗く沈みこんでいた。クラスメイトの誰もが彼の異様な様子に声すら掛けられず、遠巻きに見守っている。
ライアンと仲の良い奴らから、ちらちらと物言いたげな視線を向けられたけれど、全て無視をしておいた。
ふん。どうして私が慰めてやらなきゃいけないんだ。
昼休みになっても、ライアンは食堂に行こうともせず机に顔を伏せている。
そんなにショックだったのか。
あの子が、ルディといちゃついている姿を見たのが……。
またもやクラスメイト達からチラリと目を向けられたが、冷たい視線を返しておいた。
なんなんだよ。
ライアンが昼飯を食べようが食べまいが、私に関係ないだろ。
ガタリと派手な音を立てて、席を立つ。
今日は朝から苛々してばかりだ。
昼食を食べ終え、食器を返却口まで運んでいると、食堂の端で取り巻きの女の子たちに囲まれているライアンがいた。
彼女たちに強引に連れられて来たのだろう。ぼんやりしたままちっとも食べようとしないライアンに、周囲の女の子たちが甲斐甲斐しく食べ物を差し出している。
そんなライアンの姿を見ても、特に妬ましいとは思わなかった。
――――ほらみろ、ライアン。
やっぱり私は、お前相手に嫉妬なんかしていない。
得意気な顔をしていたら、顔を上げたライアンと視線がぶつかった。
お互い、目を見開いてしまう。
ぱっと逸らしたのは私が先だった。
彼の方から、すぐに逸らされると思った。ここ数日、ずっとそうだったから。だから先に逸らしてやろうと思った。先を越されるのはなんだか癪だったから。
くそっ。ほんと、なんなんだよ……。
関わりたくないのに……。些細なことで彼に心を乱されてしまう自分に、腹が立って仕方がない。
「よぉ」
食堂を出ようとした所で、声を掛けられた。
先日、私が返り討ちにしたⅮクラスの男子生徒たちだ。
何の用だろうか。怪訝な顔をしていたら、2人が私を囲むようにして回り込んできた。
「…………何の用だ?」
「まあまあ、そう睨むなよ。これでも悪いことしたと思ってるんだぜ、俺たち。なぁ?」
「あぁ。この前のことを謝ろうと思ってさ」
謝罪という割に誠意は全く感じられない。
2人とも、へらへらと気味の悪い愛想笑いを浮かべている。
「この前のことなら気にしなくていい。私も少々やりすぎたしな」
「いやいや。レティシアが良くても、それじゃ俺らの気が済まねぇんだよなぁ」
「そうそう。やっぱ、ちゃんと謝っとかねぇとなぁ」
「……いいって言ってるだろ」
ちゃんと謝るってなんだ?
謝罪の言葉ならもう耳にしたのだが、まだ言い足りないのだろうか。冗談じゃない。ただでさえお前らの声がでかいから、周囲から注目を浴びつつあるというのに。
これ以上、付き合っていられるか。
2人からふいっと顔を逸らして、食堂から出ていこうとした私の腕を、右側に立っていた男がぐっと掴んだ。もう片方の男が私の正面に回り込む。2人ともすっかり完治したようで、腕も足もスムーズに動かしている。
「そんなつれねぇこと言うなよ。本当に悪いことしたと思ってんだぜ。悪いと思ってるから、ちょっと礼がしたいと思ってさ」
「礼なんていらないから離してくれ」
「遠慮すんなよ。いいこと教えてやろうって言ってんだからさ」
「いいこと?」
私の動きがぴたりと止まったのを見て、2人が笑みを深めた。
「ああ。実はあの件なんだが、俺たちも頼まれて嫌々やっただけなんだよな」
「本当は断りたかったんだが、相手の親が高位貴族だから断れなくてさぁ」
「…………」
「そいつの名前を今すぐ教えてやりたいんだが、こんなところで話して、誰かに聞かれると俺たちもまずいからな。放課後に校舎裏まで来てくれないか?」
「お前も知りたいだろ? なあ。頼むよ……」
「…………」
親切を装っているが、よく見れば2人の口元はニヤついている。
はん。
さてはこいつら、また2対1で私とやり合うつもりだな。
相変わらず卑怯な奴らだ。
上等だ。受けて立ってやろうじゃないか。
私は今むしゃくしゃしてるんだ。今度こそ骨を折ってしまうかもしれんが、自業自得だから気にしなくていいよな?
そっちがその気なら、こっちも好きに暴れさせてもらおう。
「分かった。放課後に校舎裏へ行けばいいんだな」




