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第184話 (170)Chicken race

——何だ何だ何だ?!


「ら〜ぶぅ〜!」


「うーうー」


「ら〜ぶぅ〜!!」


「…」


——何なんだ、こいつは一体!


 さっきからおじさんがわたしを追い回してくる。しかもただ追いかけ回してくるだけじゃない。両手でハートマークを作り、ら〜ぶぅ〜という謎の呪文を唱えながら、わたしの視界に回り込んでくる。こいつの目的は何だ?

 

——まさかボクの正体に気づいたのか?


 こいつはボクのファンで、ボクがカントクちゃんだと気づいて追ってきているのか?いや、それはないか?私のファンは民度が良く、パークで凸してくるようなやつはいない。じゃあ、何故こんなに執拗にボクにだけ向かってくるのか。すれ違う他のゾンビには目もくれず、ずっとボクの周りをぐるぐると回っている。グラディウスのパワーアップしたら、周りに出てくるやつみたいだ。


——もしくは愉快犯か?


 ボクがカントクちゃんだと気づいて、パークオタクがからかって来ているのか?しかし、ボクのゾンビ知識と下調べの末完成したゾンビメイクと衣装は完璧にこの場に馴染んでいる。イケメンや美人ゾンビを追うしか脳のないオタクの目など簡単に誤魔化せるレベルの高い仮装のはずだ。では、何故?何故このおじさんはボクめがけて追いかけてくるのか。


——いっそのこと走って逃げるか?


 ゾンビも映画によっては走ることもある。しかし、最初にゾンビの動きをするときに、走らないゾンビの設定で始めてしまった。ここで急に走るゾンビ設定に鞍替えするのは、なんというかゾンビオタクとして許せない。


「ら、ら、ら〜ぶぅ〜!らぶら〜ぶぅ〜!」


——くそ!せめて目的を教えてくれ!


〜〜〜


——緊張…しているんだね?


 俺は両手でハートマークを作り、ひたすらにゾンビに求愛していた。しかし、このゾンビさんはそれをチラリと見はするが、応える様子がない。恐らく新人さんで緊張しているんだろう。大丈夫。おじさんは怖くないよ。おじさんはこれをいつもしているんだ。


「ら〜ぶぅ〜!」


 あぁ。神さま。俺は感動しています。まさかこのタイミングで新しい女の子ゾンビが現れるなんて。ハロウィン本番のサプライズプレゼントでしょうか?胸が高鳴る。こんなに高揚感を感じるのは何年ぶりだろう。アイドルゾンビがいなくなってからというもの、毎年ゾンビナイトを楽しんで入るけど、心に何かぽっかりと穴が空いたような気分だった。しかし、この新しいゾンビ。かつてのアイドルゾンビを感じさせながらも、新しさもあるキュートな衣装。


——正直…すごぉーく好みですっ!


 あぁ…この娘は俺にどんなファンサをくれるのだろう。たまらない。どう緊張をほぐしていこうか。両手ハートがダメなら、指ハートが定石か?今の若者は指ハートなのか?さぁ、俺の求愛を振ってくれ。君はどう振ってくれるんだ。冷たくあしらわれるのか、それとも優しく返してくれるのか。あぁ…俺はこの瞬間のために生きている。全身が熱くなり、血が通っているのがわかる。生きてるって感じがする。


〜〜〜


「らっぶぅ、らぶらぶ、らぶらぶ、ぶ〜!」


——何だ?!


 男の動きが変わる。両手で作っていたハートから、親指と人差し指で作るハートに変わり、ら〜ぶ〜の言い方も少しリズミカルになってきた。知らない間にフェーズが変わったのか?ゲームのボス戦で第二形態になるときみたいな?


——いつまで続くんだこれ!


 気づけばおじさんがボクの周りを漂いだして、かなりの時間が経過していた。それにも関わらず、おじさんの追撃は緩まることを知らず加熱する一方だった。


——まさか朝まで…?


 ボクはこれが閉園時間まで続く最悪のパターンを想像した。ボクがゾンビを辞めるか、このおじさんがハートを送るのを辞めるかのチキンレースのようになってきている。仕方ない。もうこの人を撒くしかない。ボクは少し小走りしながら、おじさんから遠ざかろうとした。このくらいの小走りならゾンビもするだろう。今は緊急事態だ。これくらい許して欲しい。


 しかし、それに気づいたおじさんも小走りになりながらこちらを追いかけてきていた。


「どうして逃げるんだぁ〜い!ら〜ぶ〜!」


「うー!うーー!!」


「なにあれー!ゾンビがおじさんに追われてるー!」


 通り過ぎる女子高生がボクたちを指差して話している。確かに異様な光景だろう。本来ゾンビは追う側なのに、指でハートを作ったおじさんにずいずいと追われているのだから。これどういう状況?!お願いだ、誰か助けてくれー!

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