鐘音
かぁん、かぁん、かぁん
冬の澄んだ空気を、鐘の音が震わせる。
一定のリズムを保ちながら、
音は何処までも響いてゆく。
かぁん、かぁん、かぁん……
「これは、なんの鐘の音だい?」
冬麻が、独り言の様に呟いた。
足の短い机に向かい、背を丸めて本を読んでいる。
「火の用心、て意味じゃないかな。冬は火事が多いからね。」
向かいに座っている、棘が答えた。
何をするでもなく、ただぼんやりと其処に居る。
「君も気を付けなくては。唯でさえ古くさい蝋燭なんて使っているのだから。」
「懐古主義なんだよ」
「よく解らない言葉を使うね」
かぁん、かぁん、かぁん
「物悲しい音だね。変に反響するからだろうか。」
冬麻が、窓から外を眺めながら言った。
冷たく澄んだ空気は、星を鮮明に浮かび上がらせている。
鋭く、強い。
幾千の光。
棘がくすりと笑う。
「それだけかな?」
冬麻が、顔を上げた。
「どういう意味だい?」
棘は笑い続ける。
「僕にはあの鐘が不吉な物に聞こえるんだよ。火事での死者を、導いている様に。」
たちこめる煙。
肺を焼く熱い空気。
視界の端を、炎が踊る。
重なって響く、鐘の音。
かぁん、かぁん、かぁん……
「悪趣味な……」
冬麻は吐き捨てる様に呟いて、本を閉じた。
にっこり笑ったまま、棘は冬麻に問い掛けた。
「思い出したかな?」
部屋が炎に包まれる。
温度の無い、幻の火。
冬麻は立ち上がり、腕を組んだ。
頭を掻きながらため息を吐く。
「悪趣味な思い出させ方だね。ストレートに言ってくれたら良いのに。」
「僕はボランティアだから。優しくないんだよ。」
かぁん、かぁん、かぁん
「丁度本を読むのにも飽きていた所さ。僕はそろそろ行くよ。」
棘は大きく頷く。「さようなら、冬麻。また逢えたら良いね。今度は生きている時に。」
冬麻は鼻を鳴らした。
「願い下げだよ、棘。」
かぁん、かぁん、かぁん
棘が瞬きをすると、其処は只の空き地と化していた。
元から其処には何も無かったかのように、存在の余韻もない。
棘は立ち上がり、大きなくしゃみをした。
「余計な親切風邪の素、かな。寝込んだら恨んでやろう。」
棘は笑って歩きだす。
この世の物で無い鐘の音は、いつまでも空に響いていた、
かぁん、かぁん、かぁん……




