29.錬金研究室
「さて、こんなものかな」
錬金機材が設置された一室を見て、僕は小さく息を吐きだす。
ここ一ヶ月ほど根を詰めた作業になったが、ようやくいい感じに落ち着いた。
「十全とはいきませんが、およそ体裁は整ったかと」
「だよな。足りない機材に関しては、また発掘するか設計するか考えるよ」
いくつかの遺跡を回り、冒険者や発掘屋、加えてエウレア王室にも声をかけてかき集めた貴重錬金機材の数々──を修理して、ようやくここまでこぎつけた。
そう、念願の研究室だ。
倒壊した賢人塔から直接中枢回路も引っこ抜いてきたので、この場所でアーカイブの編纂もできるし、〝跳躍転移〟で直接ここに戻ってくることもできる。
ま、賢人などになるつもりはないので、あくまで個人的な記録にとどめるが。
「オルド研究室、再開ですね」
「ああ。これでできることの幅が広がるぞ」
五百年前に比べれば、再現度は六割程度、かつ作業する錬金術師は僕一人というありさまだが、できる範囲でやっていけばいいだろう。
冒険者として受けた依頼を錬金術師として解決する中で、きっと錬金術というものの評価も変わっていくはずだ。
「ケン? いる?」
「ああ。ちょうどいいところに」
ノックされた扉を開けるとそこには可愛い恋人のフィオ──と、自称下僕の王女マイアが立っていた。
「わ、すごい! 見たことない道具でいっぱい。すっごくヘン」
「ま、一般人から見ればそんなもんだよ。でもなんだかわくわくするだろ?」
「うん。ケンがこれで何を作るのか楽しみ!」
そう笑うフィオにうなずいて、僕も笑う。
この研究室があれば、きっと【補助型人工妖精エレナ】も完成にこぎつけることができるはず。
サプライズの実現まで、もう少しだ。
「マイアさんは? なんか用事ですか?」
「え……あの、用がなければ会いに来てはいけないのでしょうか?」
「そういう訳じゃないけど」
少し怯んだ様子のマイアの腕をとって、フィオが小さく眉を吊り上げる。
「ダメだよ、ケン。マイアさんも心配してたんだから!」
「フィオ、そのことは黙っていてほしいと言ったではないですか」
「だーめ。マイアさんも、ちゃんと伝えなきゃ」
フィオの言葉にたじろぎつつも、マイアは僕をちらりと見る。
「ここのところ少しご無理をされているように見えたので。私にも何かできることはないかと思い参上いたしました」
「ちょうど今終わったところかな」
僕の返事にマイアがあからさまに落ち込んだ顔をする。
さりとて、錬金機材の扱いは専門家の僕にしかできないし、仮にも一国の王女に雑用を頼むのも気が引ける。
そういうのは、ちょこちょこ手伝いに来てくれたルーサ君がしてくれていたしな。
「それよりも、王様はなんて言ってました?」
「ええ。ヴァイケン様の行動や活動に関して、なんら制限することはない……と言質を取り付けてまいりました」
「ありがとうございます、マイアさん。それだけで十分助かりますよ」
少しばかりすれ違いがあったエウレア国王であるが、少なくとも表向きは良好な関係を築いておきたいと考えて、マイアに一筆書いてもらったのだ。
権力者は好きではないが、彼らが彼らなりのロジックで国という大きな組織を運営していることは知っている。
僕を利用しようとか、管理しようとかって話をしたときは些か頭にきたが、国ごと滅ぼしたいとは思ってはいない。
政治など面倒くさいことをやってくれる人々と思えば、少しばかりの手助けくらいはさせてもらう。
……例えば、頭髪の相談に乗ったりとか?
「でも、本当にここでよかったの? ケン」
「ここがよかったんだ。自宅から徒歩三十秒の職場なんて最高だよ」
もちろん、ここでいう自宅とは『踊るアヒル亭』のことである。
つまり、僕は踊るアヒル亭の道向かいの一角を買い受けて、研究室に改造したのだ。
古都サルヴァンと呼ばれる田舎の、さらに旧市街。
向かいの住宅は体裁こそ整えてあったが、住む者はおらず、地権者は買い手を探していた。
そこで、棟と一帯の土地を僕が買い取らせてもらったわけだ。
この懐かしい風景が結構好きなので、軽く錬金術で建物を補強しつつ、ここ一ヶ月の間に内部をリフォームしていた。
もし、何かしらの大規模災害などが起きても、周辺住民の避難場所に利用できるようにもしてある。
錬金術師の研究室というのはそういうものなのだ。
「完成したならお祝いしなくっちゃね! 今日は、腕によりをかけるね!」
「楽しみにさせてもらうよ」
「うん。じゃあ、あたしはそろそろ開店準備があるから戻るね」
そう言えばフィオはエプロン姿のままだった。
ここのところ、少し忙しくしていたから……またどこか一緒に出掛けよう。
「……あれ? マイアさんはまだいたんですか?」
「──ありがとうございますッ!」
恍惚の表情でしゃがみ込む女騎士。
フィオがいなくなった途端、この通りの平常運転である。
ここのところはもう慣れてしまって、ため息も出ない。
「本当に、あなたって人はどうしようない変態ですね」
「そんな……! もっと言ってください!」
あ、なんかヘンなスイッチを入れちゃったかも。
まあ、いいか。
「それで? 何か用事があったんですよね?」
「は、はい」
緩みきった顔をややきりっとさせて立ち上がったマイアが、少し言い淀んだ様子を見せた後。口を開く。
「例の魔物についての報告も行ったのですが、実は王宮に記録があるようなのです」
「え、それ本当ですか!?」
「はい。確かな情報筋──というか、陛下がそうおっしゃっていました」
その言葉に、ゾーシモスがふわりと左右に揺れる。
「なるほど。賢人塔によるアーカイブ化でなく、通常の物質資料による伝承がなされているということですね。原始的ですが、確実な資料保管と言えます」
「その記録、閲覧は可能ですか?」
僕の問いに、マイアは首を振る。
「いわゆる、王家の秘密……というものの一つで、これ以上は伝えられないとのことでした」
「ゾーシモス、王宮の記録保管室の場所を確認しろ。忍び込めるか検証するぞ」
「イエス、マスター。アーカイブに保存されたエウレア城の立体情報を検索します」
動き出す僕たちに、マイアが「あの」と声を上げる。
「どうしたんですか、マイアさん。何か?」
「あなたは、何者なのですか? ヴァイケン様」
疑いではなく、どこか確信めいた口調の質問が、女騎士の口から放たれた。
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