政治家は目が命
「二人とも、ちょっといいかな」
観衆に見られながら争う二人の前に歩み出る。
「アンタ、なんすか?」
「いや、君たちと少し話がしたいと思ってね」
「なんやの? 突然出てきて余計な口を挟まないでほしいわ!」
「まぁまぁ、そうカッカするな。悩み事なら私が聞いてやろう。別に減るものでもあるまい」
二人の肩を交互に叩く。
顔を赤らめるのは私の顔を見ているからだろうか。
凝視されるのは良いが、男から色の付いた眼差しというのは流石に遠慮したい。
「は、はぁ?」
「……アンタ……いや、あなたがっすか?」
「そうだ。人の悩みを聞くことも私の仕事なんだ。二人とも、今の生活に不満があるのか?」
「不満とか、そんなのはないな」
「な、ないっすよ」
大男は歯切れ悪く、細い方は否定する。
別に、質問に意味はない。私が事態を把握するまでの場つなぎ、時間稼ぎだ。
これまでの話を総合して分かっていることは、この二人は少し前まで仲が良かったらしいこと、争うようになったのはつい最近のことの二点。
わずかな期間に諍いに発展する何かがあったこと考えるのが妥当だ。
他人の事情など知りたくもないが、二人が男であるなら理由は案外単純かもしれない、というのが私の推論。
根拠となるのはこれまでの経験、男が譲れないものというのは金か名誉、女だけだからだ。
金は最も分かりやすい、名誉は多くの場合身分や地位がなければ成立しない。
女は言わずもがな。まずはその辺りから突いてみることにする。
二人に近付き、姿や恰好までを観察する。
同時に、警戒心を持たれないよう適当に話をした。
「二人は林業従事者……いや樵で間違いないか?」
「ほかに何に見えるんや?」
「そうっす、樵っす」
「ああ、いや確認だ。二人の体格、特に腕の筋肉をみれば一目瞭然といえよう。月にどのくらい稼ぐ? 腕が立つのならば樵でも相当なものだろう」
「ワシは一五レク以上稼ぐで!」
「オイラだってそのくらい稼ぐっすよ」
「ほう、二人ともいい腕なのだな」
「それほどでもあるで」
「でへへ」
揃って後ろ頭をかく。
こちらの貨幣単位も物価もわからないので一五レクがどれほどの稼ぎなのかわからない。だが、臆面もなく話すということは悪くない額なのだろう。
そんな相応の額を稼ぐ二人が争うのはなぜか。
話す間に気になったのは二人が持っている斧。
二人とも樵のはずなのに斧の刃に錆が浮いていることに気付いたからだ。
伐採道具である斧は、ほとんどの場合が鉄でできている。
鉄は加工に優れる反面非常に錆びやすく、手入れをしないと数時間でも錆びてしまうものだ。鉄の包丁を思い浮かべるとわかりやすいが、ただ水で流し、そのままにしただけでも数分で赤茶色の錆が浮く。
駆け出しのころ、ドブ板選挙で山の中まであるき、林業へ携わる人間たちに挨拶をして回った。
そんな彼らが休憩の度に鋸が錆びないよう手入れをしていたことを思い出す。腕の良い者ほど道具の手入れを欠かさない。真面目な樵であるはずの二人が斧を錆びさせる、すなわち意識をとられる別の何かがあると思っていいはずだ。
さて、確かめるべくもう少し観察をするため質問を重ねよう。
「この辺りはどんな木が取れるんだね? 見たところ深い森だ、たくさんの種類があるのだろうね」
「クーシやタンミの木が多いな。コイヴもあるけど、ここいらのは細くてあまり建材には向かないんや」
「ちょっと前まではヴァーハテラの巨木がゴロゴロしていたんすけど、質のいいのは奥までいかんと難しくなったすね」
「森を一人で、それも奥まで行くのは大変だな」
「金稼がなあかんからな」
「金のためなら仕方ないっす」
二人とも金を欲している。
奥まで一人、伐採に行くのは骨だろう。
木を切って大金を稼ぐなら協力者が必要ではないのだろうか。
それなのに反目し合う。やはり、仲たがいするものがある。
「ふむ」
このままでは決め手に欠ける。
樵よりも稼げるものはなにか、この場所のことも分からない状態では想像のしようもない。
では、平成に置き換えてはどうだろうか。
樵は林業の他に、猟師や山師を兼務する場合がある。
猟師は言わずもがなだが、山師は立ち木の売買と金銀銅鉄などの鉱脈を探すものがいる。
猟師で大金を稼ぐ、というのは想像し難いものの、山師という線はあるかもしれない。
金銀銅鉄。
なるほど、それだ。
自分なりのアタリを付け、確信を得るために二人の前で人差し指を立てた。
「二人とも、少しいいかね」
「なんやの?」
「もう、なんなんすか?」
双方の手を見る。
一日中斧を振り回しているはずの手なのに、掌の関節部分、指を曲げる部分に赤いひび割れがあった。
「立派な手だ。おお、こっちは私の手の倍はある」
「つっ!?」
「ちょっと、痛っ!?」
握手をすれば顔を歪める。
これは赤切れだ。
長時間、素手で水仕事をする水産加工会社や、主婦に見られる皮膚病で、本来は乾燥した時期に起こりやすい。
樵が赤切れとは、八百屋が魚を売っているようなもの。
「ふむふむ」
「もう、なんなんすか?」
「あ、あまり触らないでほしいわ」
「ほう、痛いかね」
聞けば二人は顔をこわばらせる。
握手をした爪の間には砂粒。
間違いない、二人とも水を長時間触っている。
樵もせず、水遊びをするわけがない。
森の中で水があるとすれば池か沼、あるいは川。
樵が本分をそっちのけでやっているのは、樵よりも儲かるからだろう。
水が関係し、その中でも木よりも儲かる、水に関係するものといえば候補は多くない。
「砂金だな」
「!」
「!?」
前置きなく、耳元で囁けば二人の目が大きく開く。
瞬きが増えて眼球がぐるぐると回りだした。
「可愛い反応だな。そんな顔をするな。皆にバレるぞ。私はいいが、お前たちは面白くないだろうな。せっかくのお宝が取られてしまう」
「な、何のことや?」
「いい加減なこといわないでほしいっす!」
「本当にそうか? ならばこの場で叫んでやろう。外れても私は一向にかまわん。だが、砂金と聞けば周りも目の色を変える。君たちにかかった疑いを晴らせるか?」
二人に殺気が膨らむ。
これでは私まで標的にされてしまう。
そこでさらに一計を案じた。
「私に任せろ。なに、悪いようにはしない。私は聖母らしいからな。金が欲しいわけではないのだよ」
振り返ると少女、サーシャはキラキラと疑いのない眼差しを向けてきている。
私は政治家、期待されたら答えないわけにはいくまい。
視線を戻し、二人を交互に見る。
「このまま不毛に争い村の人間を敵に回すのは得策ではあるまい。一人よりは少なくなるが、二人でも十分な稼ぎとなるぞ。それよりも騒ぎから砂金を村の人間全員と分け合うよりはいいだろう。今なら聖母の仲裁ということにできる。どうだ? 私の話に乗ってみんか?」
「…………ホンマか?」
「後になってやっぱりほしい、はダメっす!」
「大丈夫だ」
頷いて見せれば、二人は迷った末に顔を見合わせて頷く。
この程度、赤子の手をひねるよりも容易い。それに、砂金を掘ったところで結果は見えているのだが、今回はこんなところだろう。
「争いは解決、これでもう大丈夫だ。……聖母の名において二人は手を取り合う。ホレ、二人とも……」
適当に権威付けるような言葉を選び、二人の背中を叩き、促して集まった衆人環視に頭を下げさせる。
「スマンかった。聖母様の言葉で目が覚めました」
「申し訳なかったっす」
握手を交わす二人に集まった住民が安堵を浮かべている。
私に向けられる好奇の眼差しに高揚感を味わう。この感覚こそ何ものにも代えがたい。
視線に体を晒しながら少女のもとへ戻ると、彼女も目を輝かせていた。これも悪いものではない。
少女の憧憬に身を浸しながら肩を竦めてみせた。
「満足したかね?」
「……」
「サーシャ君?」
惚けていた少女の頬に触る。
おっと、これではセクハラだと引っ込めようとした手を思い切り掴まれてしまった。
「聖母さま! 次です! 次は……こちらへ来てください!」
「なっ、なにかね?」
少女に再び引っ張られる。




