かくして道は開けたり
『馬の準備はできたか? 余分な食料は村人や長耳にくれてやれ。食べ残しは埋めろ、廃棄物は処理を頼め』
竜騎兵の長にして本物の竜人族であるバーラウールの指示により、宿営地の撤収が進む。
驚くべきは竜騎兵たちの従順さだ。小言や文句はあるのだろうが、かなり積極的に動いている。恐怖と同時に畏敬の念、とでもいえばいいのか、彼女を認めているようでもある。
『ゼラスス殿、こちらへ』
呼ばれて行ってみると、来た時にはなかった馬車の牽引部分がある。
私のために分解して持ってきていたものらしい。
『簡素で申し訳ないが、こちらに乗っていただく』
「有難い話だね」
『連れもいいか?』
「はい!」
元気な声が隣から聞こえる。
横を向けばサーシャが朗らかに笑っていた。
連れ、つまり彼女は一緒についてくる気でいるらしい。
「……くどいようだが、君は村にいたほうが良いのではないかね?」
「降臨なされた聖母さまを最初に見つけたのは私です! つまり、私こそお世話係にふさわしいのです!」
これだ。
頑として譲らず、こればかりを主張するので困っている。
「村長はなんと?」
「誠心誠意、一晩かけて村長さんには説明したところ許可をいただきました!」
「なるほど誠心誠意か。それは大変だっただろうね」
「私は大丈夫です! ご心配なさらないでください!」
私が心配しているのは村長の方だ。
教会はどうするのか、彼女がこれまでやってきた仕事はどうなるのか、自分に置き換えると第一秘書が突然辞めるようなものだろう。
「それに、時々は戻ります。だって、魔法があるのですから!」
「頻繁に戻っては怪しまれると思うがね。まぁ、君の裁量だ。迷惑をかけないようにしてくれ」
「はい!」
相変わらず元気のよい返事をしてから、サーシャは馬車に荷物を積み込んでいく。
そんなに広くもないであろう荷台に詰め込まれていくのは長耳族たちが用意してくれた薬、それに教会にあったわずかばかりの荷物という名のガラクタだ。
「何とかとハサミは使いようだというからな」
言葉を連ねて自分を慰める。
ため息をついてバーラウールをみた。誤算といえば、彼女は魔法の類が得意ではないらしい。
曰く、
『私は戦闘型だ。小難しい呪文は使えん。走ることはできるが、空も飛べない』
とのこと。
王都には彼女の言う小難しい呪文を使える竜人族もいるらしいので、そこに期待したい。
まったく、世の中はままならないものだ。
しかし、平成の日本へは少し近付いた。少なくとも寒村でちまちまと情報収集しているよりはいい。
『では出発する』
レヘティ村の連中に見送られながら荷物だらけの馬車に揺られていると、村の入り口には長耳族や避難民が集まっていた。
顔を出せばバーラウールが指示を出し、馬車が止まる。降りれば人垣ができた。
長耳族の代表ヤヤンが前に出て、恭しく頭を下げた。
「聖母様、ありがとうございました。なんとお礼を申し上げてよいやら……」
「うん、私も君たちと出会えて楽しかったよ。それに、君たちの集落はこれからが肝心だ。心して取り組みなさい」
「聖母さまの言いつけを守り、皆で努めてまいります」
「うん、それがいい。仲間の情報が入り次第伝えよう。それまで心を強く持ちなさい」
「重ね重ねありがとうございます。ですが、私たちにはもう必要ありません。新たな仲間もできたのですから」
「……そうか。ならば一層精進をすることだ。薬のこと、金のこと、ゆめゆめ疎かにせぬように」
「心得ました」
ヤヤンにはずいぶん助けられた。
平成の世に戻れたのならば回顧録に書き、ゆくゆくは教科書に載せよう。
続いてウォルナット、マトカ夫妻がやってくる。
二人も頭を下げ、小さな包みを差し出す。
「聖母様には大変お世話になりました。これは長耳族に伝わる幸運のお守りです。聖母様の旅路が穏やかであることをお祈りしています」
「ありがとう聖母様。どんなに考えてもこれ以上の言葉が出てこないかったんだ」
丁寧なウォルナットと、少しぶっきらぼうなマトカ。
二人はこれからどのような夫婦となるのだろうか。自分で仕向けておいてなんだが、平たんな道ではない。
「二人には、これからいくつもの困難が待っていることだろう。夫婦というのは、楽しいばかりではない。辛いこと、苦しいこと、逃げ出したくなることも出てくるはずだ。しかし、互いを信頼し、尊重し合うことを忘れてはならない。いいね?」
頷く二人に手を振る。
さぁ、別れはこれくらいでいい。
それに、私は惜しまれるほどのことをしていない。すべては我欲、いや使命感ゆえのこと。これ以上は面映ゆい。
我も我もと伸ばされる手を振り切り、馬車に戻る。
「バーラウール、行こうか」
『全隊、進め!』
掛け声で馬車が進む。
「聖母様!」「ありがとうございました!」「いつでもいらしてください!」「おまちしています!」
声を背に目を閉じる。
これからの道筋が立ったというのに、気持ちは複雑だ。
「聖母さま」
「なんだね?」
「いつでも戻って来れますよ」
「……どうしたんだね、急に?」
「お寂しそうな顔をされていましたから」
「そんなことはないさ」
「嘘ばっかり」
「本当だ」
馬車に揺られながらサーシャと言葉を交わしながら日本を思う。
去来する、言い知れぬこの感情はどちらを思うものなのか、私にもわからなかった。
◆
この後、聖母ゼラススと従者サーシャは王都に招かれ、国内外の争いに巻き込まれることになる。
王都和平交渉、古き民との条約締結、西方民族開放宣言など、幾多の困難を乗り越え、やがて本当の聖母として世を治めるのだが、それはまた別の物語である。
初めて、というわけであはありませんが、久しぶりの異世界ものでした。
お付き合いありがとうございました。




