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実践的聖母さま!  作者: 逆波


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真打は遅れてやってくる


「マトカ・ルッコ並びにその家族は主人の財産を着服した罪がある。額は一五〇〇〇レク、その上、夫を殴打して怪我をさせた。二つを合わせて二〇〇〇〇レクを請求する。払えない場合は死刑だ。ヤニス・ペレクリには横領罪、勤め先の金を自分のために使った疑いがある。額は一二〇〇〇レクだ。これも同額を収めなければ死刑。コイラ・レッヘリンネンは主人を毒殺しようとした罪……」


 罪状が読み上げられていく。

 森の中へ目を凝らすと、避難民たちは首を振り、無実を訴えている。マトカは今にも飛び出しそうだが、それをウォルナットが必死に抑えていた。

 皆が一様に悔しそうな表情を浮かべている。私からしても彼らが嘘をついているようには見えない。それに、怪しいのは請求額だ。

 以前、樵にしては高給取りだというライハやリハヴァでも一月一五レクだといっていた。二〇〇〇〇レクだと単純計算で樵が一〇〇年以上かかって稼ぐ額ということになる。

 日本でいうのならば億単位の損害賠償ということになろう。その額を着服、横領などできるものだろうか。

 冤罪。

 少なくとも、私はそう思っている。

 これが嘘であったなら、マトカたち避難民をハリウッドへ招待しオスカーを渡さなければならない。


「以上の罪により、王都から逃げ出した面々は連行する。しかし、請求額が払える、あるいは工面する見込みがあるのならば猶予しよう」

「罪状は分かった。こちらが用意できるのは薬だ。あらゆる病に効き、人を助けるものだ。効果のほどは、レヘティ村の面々から聞いていよう」


 竜騎兵たちは再び顔を見合わせる。

 薬の価値を測りかねているのだろうか。

 こちらもはいそうですか、と納得してくれない場合も想定しているが、あまり実行に移したくはない。

 わずかな話し合いの後、一人が前に出る。


「薬の効果は聞いたが、それを認めるのは私たちではない。金が用意できないというのであれば弁明は市議会でしてもらう。我々の役目は護送であり、手荒な真似はしたくない」

「なるほど、品物ではダメということか」

「その通りだ。しかし、市議会で認められれば考慮されるだろうが、額が額だ。難しいと言わざるを得ないだろう」


 厄介なのは一方的な糾弾ではなく、弁明の機会が与えられていること。表向きとしてはかなりの公平性がある。あくまで、表向きの話だが。

 さて、人の言葉、その裏側を読み解くのが政治家の得意分野であるならば、一つ一つ突いていこう。


「確認したいのだが、その市会議というのは選任制? それとも指名制かね?」

「……」


 初めて竜騎兵の顔が強張る。

 ここまでは前提が正しいという条件。

 表向きのほころびが見えないのなら制度そのものを揺さぶってやればいい。


「まさかまさか、市議会に名を連ねるのは罪人たちの主人であったり夫であったり、まして被害者ではないだろうね。弁明を信じて戻ったら牢獄にいって、そのまま縛り首ということが過去になかったかね? 今回の避難民も、薬を持って帰ったら薬や、製法だけを奪われ、そのまま処刑されることはないのかね?」


 私の追及に竜騎兵たちは黙っていた。

 沈黙が何を意味するのか分からないわけではない。

 腹の底が熱くなってくる。

 誰かが利を得たいがために、無辜の民を苦しめることが正しいわけがない。

 なぜ、自らの利益、欲望ばかりを優先するのか。それが、本当に正しいといえるのか。

 理不尽さを強要し、わが身だけを可愛がる連中は嫌いだというのに。

 ここにも、そうした連中がいると思うと苛立ちよりも怒りがこみ上げた。呼吸をするたびに体が熱くなる。


「……諸君らに権限はないことは分かった。その上で問おう。見逃す気はないかね?」

「どういうことだ?」

「王の直轄である諸君らが、市議会のことで動く。つまり、陳情が行われたことを意味する。竜騎兵の失敗は王の求心力低下を招きかねない。そのことも承知する。だが、これは明らかな冤罪だ。そんな額、一市民がどうこうできないことぐらいわかるだろう。市民を処断しても一時的なものでしかない。賢明な王であるのならば、こうした状況を変えたいと願うはずだ。そうではないのか?」

「……き、貴様、体が……大きく……光って!?」

「私のことなどどうでもよい!」


 高くなる目線と、竜騎兵たちの驚きが伝わってくるが、そんなことはどうでもよかった。

 考えもせず、唯々諾々と従うだけの人間に腹が立ってしょうがない。


「これが茶番であることくらい諸君らもわかるはずだ。貧するものを哀れむことなく、咎を押し付け、あまつさえ口を封じようとは言語道断。看過するようでは人心は離れ行く一方だ。王の直轄というのならば事実を伝え、判断を仰いで然るべきであろう」

「わ、我々の仕事は逃げた罪人を捕まえることだ。それ以上でも、それ以下でもない!」


 驚きから一転して、竜騎兵たちの顔に様々な色が生まれ、怒り、憤り、面倒だという苛立ちすらある。

 彼らは明らかに功を焦っている。

 これまでの蛮行を恥じているか、すでに後がないところまで来てしまっているのだろう。

 お役所にありがちな自分の責任を棚に上げ、思考を放棄して事務的に進めようとしていることに腹が立った。


「馬鹿者! これまでの行いを恥じるのであれば、なおのこと思考を止めてはならん! 諸君らのこれまでも聞いている。だからといって考えを放棄していいものではない! 建前さえあれば良いというものでもない。人は考えることで高みへと昇れる。考えさえすれば共に手を取り合うことができる! なぜそれが分からんのだ!」


 気付けば怒鳴っていた。

 この歳になってもはや激昂することになろうとは思いもしない。


「貴様、黙って聞いていれば好き勝手なことを!」

「我らの任務を邪魔するのか!」


 我慢の限界が来たのか、竜騎兵たちが武器を取る。

 私の背後も騒がしくなるが、早まってはいけない。ぶつかれば負けるのはこちらだ。

 手を広げて後ろに待て、と呼びかけ、撤退を視野に入れながら考えを巡らせる。


「いいのかね、先に手を出して。自分たちの評判を落とすことになるよ」

「黙れ! 子供の分際で侮辱したのは貴様だ!」

「どうしても理性的にはなれない、と?」

「罪人のくせに逆らうな!」「そうだ!」「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!」「俺たちに勝てると思っているのか!?」「どうせ全員縛り首だ!」「ここでやっちまおう!」


 タガが外れたように口汚く罵り始める。

 化けの皮が剥がれたらしい。

 これでは話し合いなど不可能だ。和平的なプランはすべて破棄、逃げるための策に切り替えよう。

 平成の日本へ戻ることも少しお預けになってしまうが致し方ない。

 馬鹿を相手にしては何をされるかわかったものではないからだ。


「……残念だ」


 ため息をつき、退くタイミングを見計らい、竜騎兵たちは武器を構えてこちらの出方を伺っていると、


『もうよい。お前たち、さがれ』


 後ろのテントから聞こえる低くも、通る声に竜騎兵たちがその身を強張らせた。


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