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実践的聖母さま!  作者: 逆波


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自らを信じることが重要だ


 勝負は時の運、という言葉が嫌いだ。

 勝つには勝つ理由があり、負けるにはまた相応の理由がある。物事を成すためにはどれだけ準備ができるかにかかっているといえよう。

 そういう意味では今が十分とは言い難い。

 政治で最も重要な地の利はなく、人の理も違う。足りないものだらけだ。

 しかし、


「聖母さま、お召し物が縫い上がりました!」

「御召物? 服のことかね?」

「はい、聖母さまのためにご用意させていただきました!」


 サーシャが差し出したのは蒼紫のドレス、に似た衣服。

 ドレス、と思ってしまったのは布の表面がつるつるとして、まるでサテン地のような光沢と質感がある。裾の長いスカート、縁を真紅の糸が複雑な模様を描いていて美しい。


「こんなもの、いったいどこから持ってきたのかね?」


 私の問いに避難民のマトカが手を上げる。


「それはアタシのばぁちゃんが嫁入りの時に着たんだ。この辺りの伝統的な衣装なんだって。冬虫の繭から作るんだよ」

「貴重で思い出のある品のようだが、良いのかね?」

「ばあちゃんは細身で、私はこの体だからね。着れないのさ。だったら、聖母様に着てもらった方がいい」

「きっとお似合いです!」


 目を爛々とさせるサーシャに辟易しながら服を受け取る。

 まぁ、服装も場所に準じていた方が説得力もあるだろうか。


「うん?」

「聖母さま、着てみてください!」

「裾とか丈とか調整するからさ」

「今ここでかね?」

「はい!」


 二人に促されるが、あまり気乗りしない。

 女の体には、不本意ながら慣れてきたが、格好までは抵抗がある。

 特に、こういう女性らしさを強調するようなものは特に、だ。

 

「聖母さまの神々しさが一層増すと思います!」

 

 サーシャの言葉に顎を撫でた。

 不安材料がある今、少しでも成功への可能性を上げられるならやるべきだ。

 仕方なくしぶしぶ着替える。

 渡された衣装は袖を通すとシルクに近い感触があった。


「ふぅむ、着心地は悪くはないか」

「わぁ……とてもお似合いです!」

「似合うよ!」


 何を着てもほめるサーシャだけでは説得力がないが、マトカも同調しているところをみると、まんざら嘘ではないらしい。

 そのまま腕を伸ばしたり、身を屈めて動きを確かめているとドアがノックされたものの、私の返事を待たずに開かれる。


「聖母様、明日で……う、美しい。」


 蹴破らんばかりの勢いで入ってきたのはマトカの夫で長耳族のウォルナット。

 よほど急いだのか息が切れ、体は汗で濡れていたのだが、私を見てからは目が釘付けだ。


「……アンタ、いきなり入ってくるなんて聖母様に失礼だろ? 着替え中だったらどうするんだい」

「! ま、マトカ!? す、すまない。でも……少しでも早くと思ったから……」

「火急とあらば仕方ないさ。マトカ君、あまり責めてはいけない」

「……そうだね」


 三白眼で夫を見ながらマトカがため息をつく。

 彼女の場合、私の着替え云々よりも夫が他人の裸を見ることへの嫉妬が大きいのだろう。

 まだ初々しい二人と、少し不機嫌になったサーシャを宥めながらウォルナットの話を聞く。


「明日の朝から森の調査をすると、ライハさんとリハヴァさんがレヘティ村の村長から聞いたそうです。今夜は森の入り口辺りで野営をして、朝になったらこちらを目指すのではないでしょうか」

「なかなか慎重だったね。もっと早いかと思ったのだが……」


 ウォルナットの言葉に顎をさする。

 竜騎兵の先遣隊が来てから二日、昨日ついに本隊が到着した。

 鈍色の甲冑で身どころか馬まで武装した、四〇人にもなる本隊がレヘティ村近くにある森に陣を敷いたのは夕方になってから。竜騎兵たちは甲冑を脱いでから馬の世話し、それからテントを立てて宿営地として滞在の準備をし始めた。


 彼らの様子は姿隠しの魔法を使い、かなり近くから観察することができた。

 この魔法は本当に見えなくなるわけではなく、みられても認識されないというもの。そのため何度も使えば効果が薄くなってしまう。大声を出したり、目立つ行動をしても同じだ。そのため、魔法をかけたうえで近くの茂みから伺うという慎重策をとることにした。

 そうやって観察した結果、彼らのことをある程度知ることができた。


 驚くべきは、誰も軽口を叩こうとしないということ。

 多少のやり取りはあるものの、すぐに止めてしまう。怯えるような視線の先にはいたのは、ひときわ派手な意匠の甲冑を身にまとった人物が野営地の真ん中にいたからだろう。

 一人だけ黄金の甲冑に、兜だけではなく面頬や喉当てまで着け、顔はおろか表情すら伺うことができない。たった一つ分かるのは瞳の色。青く澄んだ眼だけが兜の奥で光っていた。


 本人も大きければ、乗ってきた馬も大きく、ばんえい競馬などでみられる重種の馬にまたがり、一般的な竜騎兵たちと比べると倍以上の迫力がある。

 恐ろしいのはこの派手な意匠の鎧を着た人物と何度か目が合ったような感覚があったこと。

 こちらは姿隠しの魔法を使っていたにも関わらず、そう思ってしまった。しかし、向こうからのアクションはなく、またこちらも発見される危険を捨てきれず、偵察は不十分に終わってしまった。


「前に来た時とは大違いです!」


 彼らの様子はサーシャが覚えているものとも違うらしい。

 以前は宿営地を用意することもなく宿屋や民家を徴発していたようなので、この違いは驚くべきものらしい。


「アタシ達が聞いていたのとも違うね。前は鎧も着崩していたって聞いているし、あんなに行儀良くはなかったはずだ」

「だとすると、鍵はやはりあの大きな人、でしょうか」


 三人が推論を重ねる。

 ここへ至るまでの経緯を含めても別ものと考えて正解だった。


「宿営地を用意して、さらにレヘティ村や近隣の村にまで聞き込みをしている。慎重なのか、用心深いのか、はたまた別の目的なのか、悩ましいところだね」

「聖母さま、どうされますか?」

「どうするもこうするも、計画に変更はない。話が通じるとなれば、なおさらだよ」


 指を振る。

 竜騎兵たちは宿営地を設けてからすぐに森の捜索をせず、付近への聞き込みまでしている。

 前評判のような野蛮さは鳴りを潜め、終始丁寧な対応になっている。平成の世の警察でもここまで大人しくはあるまい。

 しかし、ここまできて、こちらにも変更はない。

 予定通り竜騎兵が到着してからは薬の配布をやめている。

 その理由もレヘティ村の連中は知っていて、竜騎兵に話してもいいと伝えてある。

 少ないながらも成功のための布石と準備はした。あとは私の胆力しだいだ。


「連中の予定が分かったのは良しとしよう。ウィルナット、ヤヤンに今夜決行と伝えてくれ。サーシャもマトカ君もよろしく頼むよ」

「はい、聖母さま!」


 元気の良い返事に頷く。

 さて、細工は流々仕掛けを御覧じろというところか。


「ぬふっふっふっふ」


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