我思う、故に我あり
「聖母さま、竜騎兵はどうしたのでしょうか?」
「私の勝手な想像になるが、聞くかね?」
少女の目が輝く。
この瞬間は実に心地が良い。
「はい! よろしいのですか?」
「構わないよ。私の考えを聞き、理解してくれる人は必要だ」
「はい!」
聞いてくれるものがいてこそ話し甲斐もあるというものだ。
おほん、と咳払いをして話始める。
「竜騎兵、というのは王の直轄ときいた。では、竜騎兵になれるのはどんな連中だろうね?」
「偉い人たちです! 武門の誉れある貴族から選ばれると聞きました!」
「そうだね。庶民がなれるものではないことは明白だ。それに、力に秀でた連中、というのがまた質が悪い。自らを過信し、自らが最も強く、偉いと勘違いして尊大になる」
「悲しいです」
「そんな己を過信する連中が竜騎兵ということになる。人、というのはそう簡単に変われない。持って生まれた性根、育った環境にとても左右される。わがまま放題だった人が、突然変わる原因はなんだろうね?」
「えっと…………」
「難しく考える必要はない。君の思った通りでいいよ」
「叱られたら、きっと変わると思います!」
「その通りだ。しかし、竜騎兵は王の直轄、そんなに偉くてこれまで止める人がいなかったのに、誰が叱ったのかな?」
「王様……が直接叱ったら、ダメでしょうか?」
「ダメ、とは言わないが反感を持たれるだろうね。下手をすれば醜聞が広がりかねない」
「! 竜騎兵たちよりも偉くて、王様ではない人が叱ったのだと思います。でも、そんなことができる人……」
かわいらしく悩んでいるので助け舟を出すことにした。
ここまでわかっていれば合格だろう。
「新たに竜騎兵を統括する役職を作ったのだろうね。そして、王様の代弁として叱ったのではないかと私も考えている」
「! そこまでお考えになる聖母さまってすごいです!」
「ふっ、君の言葉なら素直に受け取ろう。さて、推論の続きだ。予想以上に速い竜騎兵の動きはまさに先に言った統率者、指揮官がいることを指している。それも強権的か、あるいは彼ら以上の実力者、王の血縁者が候補だろう。風紀の乱れた竜騎兵を従えるのならば生真面目で堅物が最有力となる」
「聖母さまは……」
「ん? どうかしたかね?」
羨望と疑問が混じった視線にしびれるような快感が走る。
純粋さは宝といっていい。
「今回は略奪をしていない、ただそれだけなのに、そこまでお分かりになるのですね」
「ふっふっふ、単純な推測の延長だよ。いいかい、サーシャ君、人の行動というのは思考の結果であると私か思っている。すなわち、考えないことは人にはできない。本能、という意見もあろうが、人は無意識であっても思考をしている、と私は考えているのだよ」
「む、無意識?」
「寝ているとき、食べているとき、何気ない日常の一ページのなかでも、そうではないのか。だとしたら、実に勿体ない。無意識で思考はまとまらず、単なる記憶の整理に近いものだが、私はそれを明確にしたい。常に考え、想像することでよりたくさんのことに目を向けることができる。今回のこともまたそうした考えの賜物なのだよ。残念ながら寝ているときに考えることは、未だできていないがね」
「つまり、聖母さまは寝ている以外の時は何かをお考えになっている」
「うむ、具体的にはどうしたら私の意の……おほん、皆が幸せになれるかを考えている」
嘘ではない。
私の意に従うことこそが世界平和への第一歩であり、日本を更なる高みへと導く契機にしたい。
「話を戻そう。堅物の実力者が隊を率いていると仮定して、彼らは私の言葉に耳を貸すと思うかね?」
「……どうでしょう、聖母さまの仮定があっているとしたら、お話はできると思います。結果がどうか、まではお答えできませんが」
「私も同じ考えだ。あとは、どれだけ仮定を作り、考えの幅を広げられるかだ。悪いようにはならんさ」
指を振り、笑ってみせる。
サーシャは嬉しそうだが、私の目的は別にあった。
私にとって重要なのは事態の解決、ではない。
元居た場所、平成の日本に戻ることにある。
今は情報を得るために長耳族と避難民を利用している状況で、竜騎兵に捕らえられでもしたら私の計画が泡と消えてしまう。
それだけは避けねばならない。
しかし、この事態は考えようによって好機ともいえる。
交渉次第では情報を得られるかもしれないからだ。
今回派遣されてきた竜騎兵が知らなくとも、王都には身分の高い人間や情報を扱う連中がいるだろう。彼らならば様々なことを見聞きしている可能性は高い。
問題はここがあまりに平成とかけ離れていること。
日本の、平成という時代は高度に発展していた、ということを改めて思わされる。便利で何でもある、まさに夢のような世界。
それに比べて、ここのなんと粗末なことか。いや、人は純朴で取り込みやすいのだが、危うくもある。
王が絶対的な権力者で、気に入らないやつは即座に斬首、というヤツだとマズイ。
このあたりを詳しく調べてみたいと思っても、レヘティ村の住人たちはほとんど知らない。
平成の世でも男子小学生や女子高生に総理大臣と政治のことを問うても詳しく知らず、ましてメディアが未発達であれば仕方がないともいえる。
王都からの避難民に聞いても、結果は芳しくない。
東京都に住み、暮らしていたとしても、都知事の性格まで知らず、興味がないことと似ているのであろう。
結局のところ庶民というのは己の生活さえ良ければ為政者のことなどどうでもいいのかもしれない、そんな否定的な考えが浮かんだのだが、振り払った。
「いかんな。私が国をより良い方向に導き、すべての日本国民を賢者にしてみせる」
「聖母さま? どうかなさったのですか?」
「い、いや、なんでもない。サーシャ君、私の目標は竜騎兵と交渉の場を持ち、マトカ君たちの無罪を証明することにある。そのためには、まだ困難が待っていることだろう。だが、私を信じ、協力してくれるかね?」
「勿論です!」
少女は間髪入れずに応えてくれる。
なんと頼もしく、嬉しいことか。
この気概を私の秘書や党の連中に見せてやりたい。
前向きな姿勢なくば改革はおろか、人の心を動かすことなどできないというのに。連中ときたら口を開けば金、金、金と信念がない。
「聖母さま?」
おっと、また文句が出てきてしまった。
いかんいかん。
「よろしく頼……」
「聖母様! 聖母様!」
サーシャと話していると、森の村の入り口から走ってくるウォルナットの姿が見えた。




