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実践的聖母さま!  作者: 逆波


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講釈を垂れるのは請われた時が良い


「聖母さま、起床の時間です!」


 早朝、まだ日が出て間もないというのにサーシャがベッドを揺り動かす。

 さして重たくもない体を起こせば、湯が満たされた木桶を差し出された。


「どうぞ」

「あ、ああ、ありがとう」


 顔を洗い、布をもらう。

 支度をして食事を済ませると一日が始まる。

 長耳族に用意してもらった新居はなかなか居心地が良いのだが、サーシャと同居というのが難点だ。


「さぁ、今日も張り切って参りましょう、聖母さま!」

「君は今日も元気がいい。そう、押し寄せるブンヤのようだ」

「ブンヤ?」

「気にしなくていい。誉め言葉だよ。私なりのね」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 家を出て集落の広場に行くと、もう人が集まって働いていた。

 薬草を乾かし粉にする者、植物の繊維で布を作る者、樵に倣って椅子や箪笥を作る者、それぞれが自分の仕事をしている。


「聖母様、おはようございます!」

「おはようございます、聖母様」

「昨晩はよく休みになれましたか?」

「今日もお美しいですね!」


 私を目にすれば手を止め、挨拶をしてくる。

 この頃は挨拶をされることが増えた。

 先日の大きくなった件や、ここ何日か患者を連れてくるようになってから、皆が私を見る目が一段と輝いているようにも思える。実に良い兆候だ。


「うん、おはよう」


 手を振りながらヤヤンの家に行くと、彼はすでに待っていた。


「おはようございます聖母様、サーシャさん。ご用意できています」

「すまないね」

「ありがとうございます!」


 薬の入った包みを受け取る。

 向かい合った彼の顔にわずかな疲労が浮いているのを見つけた。

 数日前は腹痛の子供とその母親を集落へと案内した。

 一昨日も二人、年老いた母親とその娘を招き、病に伏した娘を長耳族たちが診察、投薬して元避難民たちが介抱している。

 治療や介抱の指示を出したのはヤヤンだ。隠れ住んでいた日々からすれば心労も緊張もあるだろう。それだけに気がかりだった。


「疲れているようだが大丈夫かね?」


 そう尋ねると困ったような、それでいて嬉しそうな顔をする。


「聖母様にはお分かりになりますか?」

「私の目は節穴ではない」


 指を振って見せると観念したように後ろ頭をかく。


「正直申し上げて、疲れてはいます。でも、ご覧ください」


 彼の目は力を合わせ、働く集落の人々を見ている。

 つい数日前まで、集落の衰退を目の当たりにしていた時とは明らかに違う。


「こんなにも活気がある。聖母様がいらしてくださらなければ、私たちは誰にも知られず消えゆくだけでした。それが……今は、こんなにも生気に満ちている。なんと嬉しいことか」

「しかし、だ。その聖母のせいで、危機にも瀕している。竜騎兵を説得できなければ以前よりももっとひどい状態になるかもしれない」

「構いません。あのままではこんなにも喜びを得ることはできなかった。それに、私たちには聖母様がついているのですから、心配はしておりません」


 試すようなことを言ったというのに、こちらの意図を看破されてしまった。

 これならば大丈夫だろう。


「期待しておいてくれ」


 肩を叩き、薬を配るべく村へと向かおうとすると、


「聖母様! ちょっと待ってや!」

「知らせたいことがあるっす!」


 樵の声に足を止める。

 この二人も、もう立派なこの村の住人になっていた。


「なにかあったのかね?」

「思ったよりも竜騎兵の動きが早いみたいなんや」

「いつもなら街道沿いの町や村に泊まりながらくるのに、五日でエドワまで来ているみたいで。この速さだと明後日には隣村まで到着してしまいそうっす」

「いつもなら街道沿いを荒らしながら来るという話だったが?」

「それが今回は真っ直ぐ来ているみたいなんや。ちょっとおかしいで」

「商店や宿を荒らしたと噂もないっす」

「ふぅむ」


 すっかり騒ぎ役が板についたライハとリハヴァの報告に顎を撫でて思案する。

 予想以上に速い、それに騒ぎを起こしていない、ということはなにか原因があると考えたい。


「情報の出所と確度は確かなのかね?」

「隣村の馬車組合から昨日の夜聞いたんや。間違いないで」

「心配無用っす。あの人たちは信用第一、嘘はいわないっすよ」

「分かった。ありがとう。礼の件はもう少し待ってくれ。立て込んでいてすぐに、というわけにはいかないんだ」

「ああ、いや、大丈夫や。なぁ、リハヴァ」

「聖母様は約束を守る人っすから」

「ふっ、信用貸しにしておいてくれ。損はさせない」

「じゃあワシらはこれで。みんなの手伝いをしてくるわ」

「聖母様、行ってくるっす!」


 二人は元気に走っていく。

 協力をとりつけるためにと砂金をダシには使ったが、彼らも砂金がそれほど採れず、採算に合わないものだとわかったのだろう。

 集落に呼び、樵としての本業をやらせてからはずいぶんと穏やかになったといっていい。

 サーシャ曰く、本来の二人はこうであったようだ。

 樵というのも立派な技術者であり専門家、長耳族や元避難民からすれば頼もしく見えたのだろう。やはり、人は期待される方が力を発揮出ると証明した一例でもある。


「聖母さま、竜騎兵はどうしたのでしょうか?」

「私の勝手な想像になるが、聞くかね?」


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