常に優雅たれ
「これは……お連れいただいてよかったと思います」
長耳族の代表ヤヤンは神妙な顔でつぶやく。
「危なかったということかね?」
「もう少し大きければ体の力が勝って持ち直すのでしょうが、この子は幼いですから……悪い状態が続くとどうなっていたか……」
レヘティ村から連れてきた親子を独身男たちが作った新居へ案内して診察が始まる。
私としては万が一も考えてヤヤンの家を提案したのだが、独身男たちは積極的に動いて準備を整えたことに笑ってしまった。
仕向けてきたのは私なのだが、この心掛けさえあれば彼らの悩みは遠からず解決をすることになるだろう。
一緒に来た母親は突然の状況と光景に面を食らったものの、真摯に子供の心配をする長耳族や避難民たちにこわばった表情が和らいでいる。
「私の見立てが正しかったようだな」
「ご慧眼感服いたしました、さすがは聖母様でいらっしゃる」
「世辞はいらん。それよりも、どうなんだ?」
「お任せください」
目配せをするとヤヤンが頷き、子供の状態を詳細に観察していく。
「おそらくは水の毒が発端でしょう。そこに土の毒が混ざり、悪くなったものと思います」
「水の毒とは?」
「長くその場にとどまっている水は悪くなっていきます。それは森の中でも家の中でも変わりません。注意が必要です」
ヤヤンの言葉に母親である女性が目を見張る。
「水瓶の中をあまり変えていなかったかもしれません。重いので運ぶのは旦那任せでしたから。でも、井戸の水だから大丈夫だと……」
「井戸の水も長く置いておけば同じです。聖母様、まずは悪い毒を外に出さねばなりません」
「わかった、やってくれ」
「承知しました。ウォルナット、湯をたくさん沸かしなさい。あとは岩塩の用意をするように。手のあいているものは薪割をたのむ」
「分かりました! マトカ、手伝ってくれ」
「はい!」
ヤヤンの指示でそれぞれが動き出す。
てきぱきと動き回る姿に女性が見入っている。
実は、長耳族や避難民たちは揃いの帽子をかぶっている。
形を平成風にいうのならば頭部をすっぽりと覆うニット帽に近い。あれほどの伸縮性もないが、紐で縛っているので髪の毛は落ちないはずだ。
衣装までは揃えられないので、まずは帽子だけではあるが印象はずいぶんと違うはずだ。手洗いもさせているので衛生的にも悪くはないだろう。この姿を頼もしいと感じない人間など恐らく居まい。
さて、私の仕事はここで終わりでもいいのだが、このままでは存在感に欠ける。
「手当て、語源は実際に手を当てることだからね」
荒い息をする子供の手を取り、目を閉じた。
傍から見れば祈りを捧げているように見えるだろう。
母親である女性は勿論、サーシャやヤヤン、ウォルナットやマトカにも神秘的に見えるはずだ。
パフォーマンスをするだけでもあれなので、申し訳程度に快復を祈ることにする。
ついでに、治ったら私に協力してくれるよう付け加えておこう。
「聖母さま!?」
「ん?」
決して寝ていたわけではない。
サーシャの呼び声で目を開ける。
すると、子どもを握っていた手が光っていた。
「こ、これは?」
はっきりと視認できるほどの光に、私自身が目を瞬かせる。
光をまじまじと見て、手に意識を集中させてみても違和感はない。
個人的にはなぜ光っているのかわからない状態にある。
「奇跡です! 聖母さまがまた奇跡を起こされました!」
サーシャが叫ぶ。
あまりに大きな声に、今まで目を閉じていた子供が起きてしまった。
「な、なんてことなの」
傍らにいた母親である女性も目を丸くしているが、これは私の、光の作用ではない。
なにせ力が抜けたり、分け与えるような感覚すらない。
本当にただ光っているだけなので始末に困る。
「これは、伝承にある聖夜の灯! まさか、伝説をこの目で見ることになろうとは……。やはり聖母様はイルタ様であられた!」
「聖夜の灯、なんて神秘的な光景でしょう! ヤヤン様、先日も聖母さまは本来の姿に戻られるという奇跡を起こされたのです!」
「なんと、そのようなことが!?」
ヤヤンとサーシャ、それに集まった面々が盛り上がっている。
類似した伝承なのか、拡大解釈なのかは分からないが、あまり騒がないでほしい。
私個人としては体が妙な現象を起こすのはいい気がしない。
ため息をついてから、私を拝む母親を手招きした。
「私にできるのはここまでだ。やはり母親の手に勝るものはないのだよ」
「聖母様、でも……」
「いいから、ほら」
握っているのが面倒になった、とはいわずに子供の手を握らせる。
子供をから離れると光は徐々に消える。この体が巨大化したことも含め、原因は後日検証する必要があるがこんなものだろう。
「ま、ママ」
「気が付いたのね。大丈夫?」
「うん、おなかいたいのなおったよ」
「そう、良かったわ」
ふ、こうした光景は悪くない。
仕事が終わった邪魔者は静かに去るとしよう。
「聖母様!」
女性に服の裾を引っ張られてすっ転び、顔面を強打してしまった。
「っ……ふぐっ!? ふぉぉぉぉぉぉ!?」
痛みに床を転がっていると女性が引っ張った裾にそのまま顔を埋めていた。
「いだっ、いたっ!?」
「わたし、これから聖母さまの、イルタ様の信徒になります! この子共々ご恩は一生忘れません!」
「わ、わかったから引っ張るのはやめてくれ」
大人とはいえ女性に抵抗もできない非力な我が身を呪いつつ、適当な相槌を打つ。
この後、女性と子供は村へ戻り、大いに喧伝してくれるだろう。
病気の治療と神秘的な体験、この二つが合わさることで噂としては広まりやすいだろう。
まぁ、一人二人を救ったからといって即座にどうこうなるとは思っていない。こうした事例を竜騎兵が来るまでにどれだけ増やせるかが重要になる。
「聖母様、我らの聖母様!」
涙を流して首を垂れる女性の傍らで、
「ありがとう、せいぼさま」
子供が穏やかに笑っていた。若さとは、それだけで守る価値がある。
今日のところはこの笑顔を見られただけで良しとしよう。
顔は痛いが、それを出すわけにもいかず精一杯の笑顔で余裕を見せる。
「ふっ、大きくなりなさい」
手を振ってその場を後にした。
この出来事が後々に大きな影響を及ぼそうとは、この時は微塵も思わない。




