神秘を知れば敬虔になる
「お薬を配りに来ました。今日は息切れや気分の悪さに効くものと、夜によく眠れるものを持ってきました!」
サーシャの声に人が集まり、瞬く間に人だかりができる。竜騎兵が北上する前に、こうして薬を作っては配ることを繰り返す。
先日の騒動と、私の演説以来、薬の配布や王都からの元避難民たちのこと、薬のことも村の中で理解が広まっていた。
思いのほか順調にいったのには複数の要因があっただろう。
決め手なったのは薬の効果が本物であったこと。長耳族たちの知識の豊富さは私にも予想外だった。
彼らは樹木や植物を中心に、さまざまな原料を組み合わせて多様な薬を作り出す。リクエストをすれば動悸胸焼け気つけ胃腸薬に頭痛、倦怠感の改善まであらゆるものを揃えてくれた。どのようにしてこんな処方箋を考えたのかと問えば、ヤヤンは少し寂しそうに「大災厄の後、色々なことが起こった」と語るだけだった。
何もかもが乏しい中で周りにあるものを使い、何とか生きながらえてきたことが今につながっている。追い詰められるなかで体得した知識と経験は凄まじいものがある。
彼らには敬意を示さなければならない。
無事、私が平成の世に戻れたのならば記念碑と銅像を建ててやりたいくらいだ。
「この薬、本当によく効くよ」
「ありがとう、サーシャちゃん」
「ありがとうございます。でも、お礼は私ではなく避難してきた方々にお願いします」
サーシャの返しの実にいい。
配り始めてから四日、そろそろ長耳族と避難民を混ぜて何人か連れてきてもいいかもしれない。
これからの予定を組んでいると何人かの男女が恐る恐るといった様子でやってくる。
「あの……薬を配っているって聞いたのですが……」
「ああ、その通りだよ」
そう答えると彼らは顔を見合わせて喜んでいた。
評判が良ければ噂は急激に広まる。
それでも不安に思うものはいるし、野次馬根性丸出しで冷やかしに来るやつもいる。
レヘティ村の人口は約五〇〇人、全員が好意的であるとは考えていない。
そんな時に役立つのが私の容姿、見目麗しというのは実に便利だ。
「今日は二種類ある。呼吸を助けるものと、眠りを深くするものだ。どちらが欲しいのかね?」
「呼吸を助けるものをください」「私は眠りの方を……」「私は両方、あとどうやって使えばいいですか?」
「薬そのものは黒いが違う葉を巻いているから間違うことはないはずだ。呼吸の方は細長いもの、睡眠の方は丸い葉がついている。どちらも多めの水で飲めばいい」
薬包から丸薬を取り出し、口に放り込む。
真っ黒い、少し大きめの飴玉くらいの薬を水で飲み下して見せると、男女は驚いた顔をしてからいそいそと帰っていく。
自分でいうのもなんだが、飲んで見せるという行為は効果的だ。
こればかりは元の姿、政治家畔村進ではなし得なかっただろう。
若く、美しいからのカリスマというのはある。
老人には老獪というイメージも付きまとうことを教えてくれた。私の輝かしい未来のためにも覚えておきたい。
「聖母さま、今日の分は配り終わりました」
「もうないのか。少し早すぎる気もするが、順調な結果だと思おう」
「もう少し数があればよいのですけど……」
「仕方あるまい」
もっと、とせがむ声に頭を下げ、村道を歩いていると何人かから声を掛けられる。
「ねぇ、下腑に効く薬はいつ配るの?」
「手に塗れるものはないかしら? 草の繊維を編むと手が切れてしまうのよ」
こうしたリクエストも多くなってきた。
人間というのは痛みにとても敏感にできている。
これまでなら我慢できていても、一度知ってしまうと手が伸びてしかるべきだろう。
だが、おいそれとは渡せない。
「すまないが、材料に限りがある。すぐにというわけにはいかないな。だが、希望は聞いておこう。声が多くあれば作ったり配れる数も調整するよ」
薬も無限ではない、どうしても取捨選択を迫られる。
気の優しい長耳族には酷であることが予想されることは私が引き受けていた。
「そうなんだ、じゃあ、配れるようになったら前の日でも教えて。毎日ここへ来るから」
「塗り薬を欲しがる人はたくさんいるの。みんなに聞いておくから、お願いね!」
まぁ、だいたいはこんな反応になる。
もっと症状が深刻であったり、重症が予想された場合に限って村へ案内し、患者に合わせた処方箋を作っていた。
すれ違う多くの人たちに声をかけてもらいながら歩いていると、村外れで一人の女性が私たちを待っていた。
「こんにちは! お子さん元気ですか?」
顔見知りなのか、サーシャがはつらつとした声であいさつをする。
しかし、女性の顔色は優れない。
「あの、薬はまだありますか?」
「ごめんなさい、今日の分はもう配ってしまったんです。ご入用でしたか?」
「そう……ですか。では、明日はいつ頃来ますか? 今日は出遅れてしまって、でも明日は必ず間に合うようにしますから」
食い下がる女性を観察する。
表情は暗く、歳もそこまでいっていそうもないのに疲れが滲んでいた。これは話を聞いた方がよさそうだ。
「明日はお昼ごろに……」
「サーシャ君、私の出番らしい。奥さん、どうして薬が必要なのですか?」
サーシャの肩を叩くと、彼女は気付き、丁寧に頭を下げて入れ替わってくれる。
こうした気遣いをうちの秘書連中にも徹底させたいものだ。
「子供が……ずっとお腹を下していてなかなか治らないんです。なにを食べても、飲んでもダメで、体が弱るばかりなんです。遠くの町まで行って薬を買うようなお金もなくて……」
そこでサーシャに目配せをすると、そっと耳打ちをしてくれる。
「旦那さんはお酒が好きで、稼いでもすぐに使ってしまうみたいです。少し前に村長さんに相談しているのを見たことがあります」
なるほど、言葉に嘘はなさそうだ。
まぁ、こんな純朴な村の連中は転売とは無縁とも思えるが、用心するに越したことはない。
「お導くださる聖母様だと伺いました。なんとか、あの子を助けられませんか?」
「私からもお願いします。お子さんも可哀そうです」
二人の懇願に、私の心は決まっていた。
これは長耳族のもとへ案内する必要があるだろう。
「その願い、聞き届けよう。何ものも子供の命には代えられない。ただし、目隠しをしてもらうことになるがね。サーシャ君」
「はい! わかりました!」
「目隠し? サーシャちゃん、大丈夫なの?」
「勿論です! 聖母さまの言葉に嘘はありません」
自分のことでもないのに自信満々なサーシャと、目隠しに不思議そうにする女性の肩を叩く。
「悪いようにはしない。さぁ、お子さんのところへ行こうか」
「は、はい」
女性と一緒に家までいくと、ベッドに寝かされた三歳ぐらいの子供が青い顔をしていた。
瑞々しいはずの肌は白く乾燥し、唇も同じ。これは思ったよりも良くない状態かもしれない。
「サーシャ君、少し急ごう」
「わかりました!」
サーシャが持っていたハンカチで女性に目隠しをする。
青い顔をした子供を抱きかかえさせると、その子の目が薄く開いた。
「この子にもしますか?」
「必要ないさ」
この子には神秘的な体験をしたという証人になってもらおう。
それに、どうせ具合が悪い状態ならばさして覚えていないだろう。
「あっ……だれ……?」
「待っていなさい、もうすぐ楽になる」
頭を撫でる。
サーシャが祝詞を唱え、中空に円を描くと、白く輝く輪になる。
その向こうに長耳族の集落が見えた。
「さぁ、行こうか」
女性の手を取り、光の輪へと誘った。




