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実践的聖母さま!  作者: 逆波


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なにかの予兆

「村長、いるかい?」


 レヘティ村村長の家で話をしていると入り口の戸を叩く音が聞こえる。

 蔀戸、下から開けるガラスのない窓は閉じていて、外の様子は分からない。光を取り入れるためのものが閉じているならば、その理由は明白だ。

 気絶していた時間があったにしろ感覚として夜、そこまで遅い時間ではないはずだが、街灯などないこの村で夜間の外出はあまりない。


「客かね?」

「急用かもしれない。少し待っていてくれ」


 村長にひらひらと手を振り、椅子に深く座り直して、これからについて考える。

 村人たちの予想外の反応はあったが、これから別の方法を探すには時間が足りない。

 ここは反発を意識しつつも今の方法、薬を配ることに重点を置くべきだろう。

 まぁ、またこんな騒動になるのなら考え物だが、それはそれ、これはこれだ。


「ゼラスス、客だ」

「私にか?」


 村長の声に振り向くと、そこには何人かの男女がいる。

 誰もが少し怯えたような顔をして、バツが悪そうにしていた。


「君に謝りたいそうだ」

「謝る……おお、昼間の人たちか」


 暗いのでよく見えなかったが、確かにそうだ。

 この様子だと気にしていたのだろう、そのままでもいられないので手招きをする。


「村長、いいのですか?」

「本人が手招きをしているのだから、構わないだろう」


 村長も大丈夫だ、とばかりに頷いている。

 謝罪を口実にとどめを刺しに来たわけでもない。


「夜風は冷たいからね。私の家ではないが入ってくれ」


 招き入れようとすると、奥から音と声に気付いたサーシャが顔を出し、無言のまま私と村人の間に立つ。


「おいおい、威嚇していかんよ」

「でも、また何があるか……」

「その時は守ってくれるのだろう? なに、君がいれば乱暴はしないさ」

「聖母さま……はいっ!」


 愚かしいまでの素直さが可愛らしい。

 入ってきたのは四人、顔には後悔の色がある。


「あの、俺たち謝りたくて……昼間は申し訳なかった」


 私を突き飛ばした男性が先頭に立って頭を下げ、残る三人も続く。

 まぁ、想定通りか。

 謝罪の言葉を聞いても警戒を解かないサーシャの肩を叩いて前へ出る。


「君たちの謝罪を受け入れよう。同時に、私からも君たちに謝らなければならない。竜騎兵が迫っているという情勢への配慮が欠けていた。すまなかったね」


 私が謝ると、村人たちは驚きいて互いに顔を見合わせる。

 まさか、自分たちの立場を慮られるとは考えなかったのだろう。

 交渉や話し合いにおいて、物事を優位に進めるためには相手の考えにないことをするのは有効になる。

 謝罪にきているのに、逆に謝られてしまった彼らの心境はどうだろうか。自分たちが悪かったと思っているのに、相手にも謝られたら立場がない。したがって、


「い、いや、俺たちが悪かったんだ。気が立ってたってのもあるけど、不安だったし、何かに当たりたかっただけなんだ。アンタが頭を下げる必要はないよ」

「では、私の謝罪を受け入れてくれるかね?」

「も、もちろんだ。なぁ、みんな!」


 と、さらに下手に出るしかない。

 こうなってはもはや自分の立場を守ることにしか頭になく、言いなりになってくれる。

 あまり良くない類の話術なのでよい子は使ってはいけない。


「ありがとう。丁度いいから君たちも話をしておこう。村長、いいかな?」

「……アンタにはかなわない。好きにしてくれ」

「立ち話もなんだ、中へどうぞ」


 自分の家ですらない村長の家に招き入れる。

 それほど広くない部屋に大人六人と子供一人はいささか狭いが仕方なかろう。

 全員が腰を落ち着けたところで順を追い、避難民について不都合なところはぼかしながら説明をしていく。


「君たちの懸念もわかるが、避難民たちは疲れ切っていた。彼女たちが手配書の通り、王都で人を騙し、大金を稼いだとして、私やサーシャはそれを見ていない」

「どこかに隠して、ほとぼりが冷めるのを待っていることも考えられる」


 茶々を入れたのは村長だ。

 押しかけてきた男女も同意はしないまでも似たようなリアクションをしている。


「では、自分たちの立場に置き換えてみよう。仮に、目も眩むほどの大金を手にしたとして、それを隠し、人々が忘れるまで手元から離しておけるかな?」

「そ、それは……」

「できなくはないが難しかろう? なにせ、手元にないのだ、隠している場所が誰かに見つかったら盗られてしまう。加えて、自分たちが無事逃げ切れる保証もない。絶対に安全な金の保管場所と、捕まらないという二つの困難が立ちはだかっている。なによりも彼女たちは女子供が大半だ。子供や年老いたものまでいる。動き盛りの若い男は数えるほど。そんな連中が王都の商人を騙し、金を奪えるものかね」

「それは……確かに」「言われてみればそうか」「お金を手元から離すのは、ちょっと心配よね」「俺には無理だな。すぐに使っちまう」

「私は彼女たちが王都から逃げ出せたことも怪しいと思っている。夜に動いたとしてもあんな大人数ではすぐに見つかる。わざと逃がしたと思う方が自然だ」

「わざと? どういうことですか、聖母さま!?」

「借金苦になった者たちにあらぬ罪状を着せて王都から逃がす。そんな者たちを王様直轄の竜騎兵が討伐したら、王都の民はどう思うだろうね?」

「! 王様は支持されます!」


 サーシャの目は見開き、大人たちの目も細くなる。

 筋書きとしてはありがちで陳腐、だからこそ説得力もある。


「そういえば、今の王様はお若いから人望がないって聞いたわね」「旅商人も、王都から離れると治安が悪いって言ってたな」「人望がないから自作自演しているってこと?」「ありえるな」


 男女は関係するかも分からないことを並べ始める。

 不思議なもので、人間というのは一度疑うと関係ないものからも関連性を見出そうとする。彼らは私の憶測から王都や王政への不満に結び付けることができた。

 これで彼らが敵に回ることはあるまい。

 懸念要素が一つ消えたところで彼らにも協力してもらおうと思っていると、サーシャが袖を引く。


「でも、王様は偉い方です。偉い方が、そんなことをなさるでしょうか?」

「わからない。だから、確かめる必要があるのだよ。王様の判断なのか、誰か入れ知恵をしたものがいるのか、あるいはもっと別のなにかか……」

「聖母さまはどのようになさるつもりだったのですか?」

「私が目指すのは竜騎兵に避難民たちを渡さずお引き取り願うことだ。そのためにも村の協力がいる」


 そこで押しかけてきた男女や村長を見る。

 サーシャ君は実に素直で、私の意図通りに質問をしてくれる。


「竜騎兵といえども広大な森を隅々まで探すことはできない。そうなると、村人たちを動員して山狩りをするだろう。そうなると、村の負担も大きいだろうね」

「山狩りか……」


 村長が苦々しい顔をして、男女の表情も冴えない。

 本来の仕事が止まり、報酬も出ないことをやらされるのはかなりの苦痛だ。

 無駄、一言が頭をかすめることだろう。それならば、と避難民たちを売り渡すことを考えてもおかしくはない。


「村長には繰り返しとなるが、避難民たちを全員縛って受け渡したとして、竜騎兵たちはこういうだろう。協力に感謝する。だが、まだ仲間が森に潜んでいるだろう。引き続き協力を頼む、とね」


 全員の表情が一層固くなる。

 想像には難くないが、竜騎兵の評判は地に落ちているといっても過言ではないらしい。


「私の役目は、竜騎兵を交渉のテーブルに着かせることだ。そうすれば、あとは私が何とかしよう。そのためにも、君たちの協力が不可欠だ」

「俺たちの協力が?」「私たち、何もできないわよ」「協力って言ってもなぁ」「できることなんて……」


 渋る、とまではいかないが自信がなさそうだ。

 まぁ、私も彼らにそこまでの期待はしていない。敵とならなければいい、ただそれだけ。


「昼間の君たちの言葉も、間違いではない。私たちが薬を配り続ければ出所を問う声は出てきたであろうし、色々と詮索されることもあっただろう」


 念押し、とばかりに彼らの負い目を再確認させながら話を続ける。


「避難民たちが薬は本物だ。それが安全であると周囲の人に伝えてくれさえすればそれでいい。説明が面倒なら避難民たちが手配書にある人物だと伝えてもいい。その上で、彼らが被害者であり、これからのために薬を作って村に貢献していきたいことも伝えてほしい。それでも理解に難色を示すような人がいるのならば私が直接話そう」


 真摯な声音で告げた。


「そのくらいなら、なぁ?」「お話するだけでいいのよね?」「できそうだな」「薬は本物だしな」

「私からは以上だ。まだ質問はあるかね?」


 四人は揃って頷く。

 村長に目配せをすると彼はもう肩をすくめるだけだ。


「では、私たちはこれでお暇しよう。サーシャ君、とりあえず今日は教会へ戻ろうか」

「はい、聖母さま!」


 サーシャと一緒に外へ出と、驚くほど明るい。

 街灯があるわけでもない、と思いながら空を見ると、そこには大きな月が浮かんでいた。


「大きいな。満月には少し早いか」

「聖母さま、聖母さまは月の女神でもあらせられるのですよ」

「そうなのかね? 特段変化はないと思うが……」


 少女の、期待の籠った眼差しに絆され、改めて月を見た。

 平成の世で見るよりも若干大きいような気もする。そんなことを思っていると、


「うっ!?」


 全身が強く脈打つ感覚に襲われた。


「聖母さま? どうなさったのですか?」

「うっ……ううっ!?」


 この感覚は、あの時と似ている。

 そう、国会議事堂で襲われた、あの感覚に。


「聖母さま?」


 体が光始める。

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