表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
実践的聖母さま!  作者: 逆波


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/46

通過儀礼は必要だ


「サーシャちゃんを騙して何をさせようっていうんだ?」

「アンタが現れた時から怪しいと思っていたんだ!」


 先ほどまでの懐疑的な表情を憤怒に変え、人々が迫ってくる。


「聖母さ……もがもが」


 サーシャにいたっては可哀そうに、と中年の女性に抱きしめられて身動きが取れない。

 集まる民衆、敵意、いや殺意の籠った視線が殺到する。


「捕まえろ!」

「こいつもきっとお尋ね者に違いない!」

「竜騎兵に突き出してやる!」


 声が殺到し、手や足が伸びてきた。


「ダメです! 逃げて、聖母さま!」


 サーシャの声に、私はひるむことなく一層強く村人たちを見た。


「こいつ、チビのくせに生意気な眼をしがって!」


 荒々しく伸ばされた手に、か弱い体が抗えるはずもない。

 感情に任せた手に付き飛ばされ、吹っ飛んで後ろに木に頭からぶつかる。

 背中、最後は尻に衝撃が走った。相手にとっても計算外だったのはこの体が想像以上に軽く非力なことだろう。

 こんなにも飛んだ経験は七〇年生きてきて初めてだ。


「聖母さま!」


 サーシャの悲鳴が聞こえ、視界は揺れて赤く染まった。

 意識を保てたのは、私が政治家だからだろう。


「聖母さま! 大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ」

「今すぐ手当を……血、血がこんなに!」

「落ち着きなさい。それに……彼らの用事は済んでいないよ」


 心配するサーシャを押しのけ、足元がおぼつかないが立てはした。


「さぁ……来なさい。私を捕まえたいのだろう?」

「えっ、いや、あの……」


 私を突き飛ばしたであろう男性や、周りの連中が互いに顔を見合わせる。

 そんな彼らに向かって歩き出した。


「聖母さま、いけません! お怪我が、お体が……!」

「彼らは私に用があるのだ。それに……私の近くにいては、君にま、で害が及ぶ。なにせ、自分たち、の身勝手な、憶測だけの正、義で人を突き飛ばし、怪我をさせる連中だよ」


 痛いのなど久しぶりだ。

 こうした荒事は若いころ以来、元の体は多少の無理にも耐えてくれた。

 この体ではどうかと心配したが、まんざらヤワでもないらしい。


「さぁ……どうしたのかね?」


 足が重い。

 まったく、人間とはどうしてこうも愚かなのだろうか。

 話し合えば理解できることも、他人のことなど意に介さず自分の理屈だけを並べる。

 自らを省みることもなく、被害者であるかのように振舞い、悲劇を演じたがる。なんと浅ましいことか。

 徐々に痛くなってきた頭をさすることもせず、歩を進める。

 すると、私の前にサーシャが立った。


「あなたたち、聖母さまにこれ以上のことがあったら許しません!」

「小さな子に手を上げるなんて、大人のすることやないで!」

「謝るっす!」


 樵二人も加わり、事態がややこしくなる。

 まったく、これでは体を張った意味がないというのに。


「何の騒ぎだ?」


 どうしようかと思っていると聞き覚えのある声がした。

 騒動を聞きつけたのか、やってきたのは村長、私を見て苦々しい顔をした。

 大勢の視線が集まる中で私とサーシャ、興奮冷めやらぬ面々を前にため息をついた。


「そ、村長、こいつら、怪しい薬を……!」

「そうだ、王都から手配されて逃げている奴らと組んで、俺たちを騙そうとしたんだ!」

「捕まえて竜騎兵に突き出そう!」

「手配書の連中も一緒に捕まえれば竜騎兵もすぐに帰ってくれる!」


 火勢のように再び声が上がる。

 だが、村長は冷静だった。


「子供に怪我を負わせて突き出すのか? そんなことをしたら偽物を用意したと私たちが疑われる」

「そ、それは……」


 互いに顔を見わせる。

 竜騎兵がどんなに横柄であれ、子供一人を突き出したところではいそうですか、と納得して帰るはずがないのは冷静になればわかること。

 村長が平静を促すのだが、一度付いた火はなかなか消えない。

 このままでは焼け石に水だろう。鎮める必要がある。


「構わないよ……私を捕まえ、竜騎兵に差し出すといい」

「なにを!」

「言わせておけば!

「ただし、私は拷問をされても王都から逃れてきた人たちのことは喋らない。私が戻らなければ彼らは森の奥深くへ逃げ込み、準備を整え……いずこかの地へ去るだろう。そうなったら、竜騎兵はどうするだろうね?」


 努めて冷静に言葉を並べる。

 感情は理論も理性も、すべてを塗り替えてしまう。

 だが、その先に待っているのは後悔だ。

 重要なのはいかに彼らの思考を取り戻させるかにある。


「い、今すぐ捕まえてやる!」

「北の森だ! 急げばまだいるはずだ! みんな、行こう、山狩りだ!」


 何人かが呼びかけるが、応じる声は少ない。

 皆の目が私に向いている。

 今の私はか細い子供、それも女の子だ。話し方がこれでも、見た目はそこ辺にいるのと変わらない。そんな子供を突き飛ばし、怪我を負わせて山狩りを叫ぶ、というのは周囲からどう映るのだろうか。

 時間が経過するごとに勢いは失われていく。


「そ、村長……」

「アンタから何か言ってくれ。俺たちはどうしたらいいんだ?」


 最後は権力者に意見を求めることになる。

 自分で振り上げた拳を下ろす先が決まっていないと結果は見えていた。


「私は彼女から話を聞いていた」

「えっ?」


 村人の間で動揺が走る。

 顔を見合わせ、驚きを隠せずにいた。

 村長は私に向き直るとため息をつく。


「厄介事は止してくれと頼んだはずだ」

「私は穏やかに呼びかけた。だが、分かってもらえなかったのは残念でならない」


 肩を竦めてみせようと思ったが、思うように動かない。

 村長には前もって説明をしておいた。

 字が書けるというマトカに頼み避難民の現状、私が見聞きした長耳族のこと、そして竜騎兵への考え。

 諸々を踏まえた上で、こちらが願うのは共存である、と。

 村長はしばらく考えた後に了承してくれた。


「聖母さま、村長さんにお話しされたのですか?」

「村の中で薬を配ろうというのだから、当然だよ。段取りというのは細やかにしておくものだ」

「で、でも、そんな話、一言も……」


 おぼつかないながらも指を振って見せる。


「そ、そうやったんや。わしらはてっきり無許可やと……」

「そうっすよ!」

「だから、心配ないといっただろう。聞いていなかったのかね?」

「大丈夫の一言だけでは説明になっていません!」

「そうかね?」


 サーシャが肩を貸してくれる。


「村長、どういうことだ?」

「こいつらに許可を出すなんて……」

「何を言っている、そこの少女を除いて、サーシャもライハも、リハヴァも村の人間だ」

「うっ……」


 至極真っ当な意見に口を噤む。

 まぁ、この場にいる異分子は私だけなのは確かだ。


「だが、出所も分からない怪しいものを配っていたんだぞ。毒でも入っていたらどうするんだ?」

「それで、サーシャやライハ、リハヴァが薬に毒を入れて、村のみんなに何かあったとしたら、得をするのか?」

「えっ?」

「いや、それは……」


 村長の言葉に反論が続かない。

 なにせ、サーシャは善良な、悪意の欠片もない存在であることは村の誰しもが知っている。だいぶお人よしではあるものの、村人に害をなしたところで得るものなどないことは明白だ。


「でも、その小さいのに騙されて……」

「そいつも手配書の一人かもしれないだろう」

「村を乗っ取るつもりかもしれない!」


 私に敵愾心が向く。

 真っ赤に染まった視界のままで指を立てた。


「では……私が乗っ取ったとして、何が手に入るのだろうね。まぁ、せいぜいが、小金だろう。それを持って逃げる……のもいいが、どこで使う? 何に使う? 私に益はない」

「じゃあ、どうして……」

「言っただろう。薬を……配りに来たんだ、私が、現状を憂い、ている。善意が信じられないと、いうのなら、そう……だね、私にも目的はある。だが、それは君たちを害するものではないということだ」

「目的?」


 このまま感情論だけに囚われては愚かな歴史を繰り返すばかりになる。

 それをさせないことが私の願い、私の望み。


「私は政治家だよ。常に願うのは人々の安寧……」

「聖母さまですから!」


 崩れそうになった膝をサーシャが抱きとめてくれる。

 こうされるのもまんざら悪いものではない。


「あとは私から説明する。アンタにいられるとみんな興奮してしまう」

「任せ……たよ」


 後のことを村長に任せ、サーシャに体を預ける。

 こんなこと、秘書にもしたことはないというのに。


「動かないでください! 今手当をしますから!」

「だ、大丈夫だよ。ただ頭を打っただけだ。心配するほどのものではない」

「それで死ぬ人もいるんです!」


 布を切り、頭に巻いてくれる。


「ライハさん、リハヴァさん! ヤヤンさんに頼んでお薬を作ってもらってください!」

「わかったで!!」

「じ、事情を説明して来るっす!」


 二人は一目散に走って行ってしまう。

 あの二人にも魔法が使えるのだから不公平といわざるを得ない。


「少し……疲れたね」

「聖母さま!? 聖母さま!」


 サーシャの声を聴きながら意識は遠のいていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ