布石を打つ
私の言葉をヤヤンが皆に伝え、集落は動き出した。
長耳族たちは揃って薬づくりに取り掛かり、避難民たちには私から別の仕事をお願いした。
まずは上腑と下腑、合わせて一〇〇人分の用意を目指し、急ピッチで作業が始まる。
長耳族たちはさすがに慣れたもので、調合で試行錯誤ということはない。
そうして出来上がったのは白と黒、芥子粒ほどの丸薬。白い方が上腑、つまり胃薬。黒い方が下腑で、整腸剤。
「いかがでしょうか」
ヤヤンやウォルナットは自信ありげだ。
しかし、薬を見た樵のライハとリハヴァは怪訝な顔をする。
「ちっさいですな」
「本当に効くんっすか?」
薬を飲んでみても首をひねるばかり。
他はどうかと避難民たちにも飲ませてみても樵二人と同じ反応をする。
「アタシは旦那や長耳族を信頼しているけど、他の人はどうかな。こんなに小さいとなおさらだね」
長耳族贔屓のマトカでもこうだ。
私からすれば小さめの錠剤のようで飲みやすくてよかったのだが、彼らからするとそうではないらしい。サーシャでさえも反応は芳しくない。
「なんだか小さすぎて飲んだ気がしませんね」
「そういうものかね? 私は飲みやすくてよいと思うのだが……」
「効果を疑うわけではありませんが、小さいと不安になります」
「小さいと不安か……ふぅむ」
どうしたものかと考えを巡らせていると、以前製薬会社の連中と話した時のことを思い出す。
『先生、薬は飲んだという満足感も案外大事なものです。ですから、ある程度の量も必要ですよ』
粉薬、錠剤は賦形剤、添加物が入っているらしい。
彼らの言い分からすると、薬というのは少量でも効果を発揮するものの、それが理解できない人間も一定数存在する。薬を飲んだという満足感のために粒を大きくしているものもあるらしい。私からすれば眉唾なのだが、この世にはプラシーボ効果なるものもあることを考慮すると言い分は分からなくもない。
しかし、今となってはどのくらいの賦形剤を入れるのか聞いておけばよかったと思ってしまう。
悩んだところで私一人ではどうにもできず、ヤヤンに相談するべく家を訪ねた。
快く迎えてくれ、囲炉裏の前に案内されると薬を取り出し、懸念を伝える。
「飲んだ気にさせる……ですか」
「樵たちやサーシャは小さすぎて飲んだ気がしないといっていたな」
「聖母様は違うのですか?」
「私からすれば小さい方が飲みやすくていい。喉に引っかからなくていいからな」
「私も小さい方がよいと思いましたが……そのような意見があるのですね」
「気持ちは分からなくもないがね」
二人で話し合いが続く。
「小さくてどうこう言うのであれば丸薬を大きくしてみるのはどうかね。カサを増やす混ぜ物……麦の粉はどうかね?」
「植物も種類によっては薬の効き目を弱らせるものがあります。麦の粉を使うとなると色々と試す必要があり、時間がかかります。それに、麦は高うございますよ」
「それは得策ではないな。我々には金もなければ時間もない。知恵だけでなんとかならんものかね」
「……少し前に身近なものを使えないものかと検証した時期があります。その中から薬効に影響を与えないものを探してみましょう」
「ほう、検証とな。そんなことをしていたのかね。少し前というと……」
「五〇年ほど前です。なにせ時間だけはありましたから」
「ごっ……」
ヤヤンの自嘲にこちらは苦笑いをするしかない。
五〇年前、という時間もそうだがそうした検証をした心内はどのようなものだったのだろうか。
先細りという心細さ、食糧難という問題以上の不安を想像せざるを得ない。
「聖母様、少し時間をいただきます」
「か、構わないよ」
ヤヤンは部屋の奥から紙束を引っ張り出して読み始める。
薬学の心得のない私は手伝いもできないので問題が解決しなかった場合を想定しながら手遊びに囲炉裏の灰に文字を書いていく。
芥子粒大のまま配ったとして、薬効は本物だ。飲んでくれさえすればなんとかなる。
問題はどうやって飲ませるか、自分たちが、口にして見せることは勿論、安全であること薬の素性が明らかであった方がいいだろう。
長耳族という神秘、それに薬そのものに物語があったほうが受け入れやすい。
「やはり、当初のプランを継続しよう。そのうえで事情を説く方向にしたい。難しいのは最初だ。薬効が受け入れられさえすれば、長耳族という名前を使う必要もなくなる」
思案を重ねながらヤヤンを待つ。
どのくらいの時間が経っただろうか、暗かった空が白み始めたころヤヤンの目が見開く。
「! そうか、炭があった」
「な、何かね急に? 年寄りをびっくりさせるものでは……」
「聖母様、炭です! 炭ならば大丈夫です!」
「炭?」
ヤヤンは囲炉裏の中からまだ燃えている木を突いて見せた。
「炭ならば薬に影響は出ません。それに、炭そのものにも下腑の毒を流す効果があるのです」
「ほほう、そんなうまい手があるのか」
「はい! こちらにその記載があります!」
手記を見せられても読めはしない。
任せるとばかりに手を振るとヤヤンは寝ていないのに立ち上がる。
「さっそく作ってみましょう!」
「あ、時間はないが、あまり無理をしないでおくれ。体を壊されても困るからね」
「なんの、この程度はなんでもありません」
制止も聞かずヤヤンはウォルナットを呼び、早朝から薬の調合を始めた。
炭を細かく砕き、ふるいにかけてから薬と混ぜる。水を加えながら丹念に練り上げ、出来上がったのは黒々とした、親指の爪ほどもある丸薬だ。
「どれ、私が試しに飲んでみよう」
だいぶ大きい気もする、とは思いながらも真っ黒い塊を口に入れた。
すると唾液で簡単にふやけて広がる。味はほとんどしない。炭ということで抵抗もあったが、丁寧に砕いたためか舌に触ることなく追いかける水と一緒に飲み込めた。
「味もせず、うむ……飲んだ気にもなるか」
「薬が大きくなったことで一緒にたくさんの水を飲みます。そうすることで均一に広がり、効きもよくなるでしょう。薬は両方とも黒くなりますが、別に目印を付けることにいたします」
「一石二鳥、いや三鳥だ。さて、皆にも飲んでもらうか」
個人的には大丈夫だと思えたのだが、私だけ感覚なのでサーシャや二人の樵、避難民たちも飲ませる。
「聖母さま、これを飲むと元気になった気がします!」
「これはエエですな。飲んだ気になりますわ」
「効く気がするっす!」
反応もいい。
なにより、私自身としてもよい教訓となった。
「たくさん飲めばよりよく効く、と思うのが人の常ということかもしれん。しかし、だ。私はやはり小さい方がいいな。飲みやすさが違う」
「水に溶かしてもいいとは思いますが、器の底に残ってしまうことも考えられます。年配者や子供が飲むことを考えると小さい方がいいとも思いますが……」
「小さい方も作るとなると、君たちの苦労が増えるよ?」
「仕方ありません」
ヤヤンの言葉にウォルナットも頷いている。
手間はかかるが二種類用意しても良いだろう。
こうして薬は完成するに至った。
「最初はどうなることかと思いましたが……」
「良い結果になった。礼を言おう」
「いえ、聖母様のお導き合っての結果です。皆の意見も柔軟に取り入れる、というのはなかなかできるものではありません」
ヤヤンの世辞に心が疼き、饒舌になりそうな自分を諫める。
「聖母様、どうかなさいましたか?」
「ふっ、悪い癖だよ。気にしないでくれ」
受け売りをひけらかして悦に入ることの愚かさを感じながらも、悪くないと思ってしまうというのは、我が身の至らなさ故だ。
「さて、最後の仕上げといこうか」
「仕上げ……ですか?」
「さぁ、行こうか」
ヤヤンとウォルナットを手招きし、避難民たちのもとへと向かう。




