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実践的聖母さま!  作者: 逆波


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思案に耽る


「竜騎兵、か」


 聞きなれない名称に想像が膨らむ。

 平成の日本なら恥ずかしいくらいのネーミングセンスだ。


「どうしましょう!」


 私の前をサーシャがウロウロしていた。

 竜騎兵と聞いてから彼女はこんな調子だ。

 私の演説の後、絶妙なタイミングで水を差したのは樵の二人が持ってきた一報だった。

 竜騎兵が王都からの逃亡者を探すために派兵される。

 その逃亡者たちは凶悪で何人もの人を殺め、財貨を盗み出し、今も隠し持っている。そして、被害は拡大を続ける一方である、と。


 事実であれば由々しきものだが、そうではないことは一目瞭然だ。

 彼らは、金はおろか、食べることにも事欠いていた。徹底して民家を避け、どうしてもというときは家禽を盗み、何とか飢えをしのいでいたという。

 その証拠に、長耳族の集落に来た避難民たちは持ち物などないに等しかった。

 そんな急場をしのぐことしかできなかった避難民たちが、大金を持っていようはずがない。追われる身であるならばなおさら。


 情報の伝達が遅かった時代、犯罪は容易であるように思われるが、逆だ。

 村社会は監視されている。どこで、いつ、だれが、何を買ったか、同じ村にいればわかってしまう。

 余所者が大金をチラつかせればあっという間に知れ渡り、下手をすれば村人に襲われる。上手く、堂々と交渉すればいいと思っても、逃げる者の心理は必ず行動に現れてしまうものだ。

 故に、この手配書には違和感を覚えざるを得なかった。


「どうしましょう! どうしたらよいのでしょう!」


 一人慌てるサーシャを清涼剤代わりに愛でながら思案する。

 いつの世も権力者とはいるものだ。

 こんな辺境でも、どこかの国の一部だということになる。

 正確な地図と、国境線が引かれているかどうかは分からないが、一定の規則、枠組みがあれば、そこには統治者の存在が見え隠れする。


「羊皮紙だな。本物を見るのは初めてだ」


 王都からの逃げてきた避難民たちの手配書を手にする。

 異国の字なので詳細には分からないが、サーシャによると借りた金を踏み倒して逃げた極悪人と書いてあるらしい。しかも、その額が一万レク。王都に庭付きの豪邸が建つらしい。

 罪状はそれだけではない。金を着服して逃げる際に、何人かに怪我をさせ、癒えない傷を負わせたともある。当然、マトカたち避難民は否定した。

 罪状と彼女たちの言い分、どちらか真実であるのか、私にはわからず、それに重要ではない。この局面をどう切り抜けるのか、あるいは利用できるのかが大事だ。


 

「どうしましょう、どうしましょう!」


 これまでは急いでいたこともあり、そうした統治のことまでは考えなかった。しかし、帰るために情報が必要になった今、面倒ではあるが国と枠組みのことも知らなければならない。


「どうしましょう、聖母さま!?」

「少し落ち着きなさい。君が心配しても何も解決しないよ」

「でも、でもでもでもでも!!」

「サーシャ君、お座りだ」

「……」


 目の前に座らせる。

 まったく、彼女がこの調子では私が落ち着かない。


「いいかね、解決策は私が考える。だから、安心なさい。それとも、私では不満かな?」

「いいえ、そのようなことはありません。でも……」


 彼女がこんなにも不安を訴えるのは初めてだ。よほどの事情があるとみていい。

 しかし、こんな状態の彼女が一緒では考えに集中できない。


「分かった。君の懸念を最初に汲み取ろう。何が心配なのかね?」

「竜騎兵です」

「ああ、そんな連中が来るのだったね。竜騎兵というのは……」

「ご説明します」


 サーシャ曰く、竜騎兵は軍の精鋭から選抜された、国王直轄の騎士たちをそう呼ぶらしい。

 竜騎兵、といっても私たちが想像するような西洋の竜に乗っているわけではなく、普通の騎馬兵。

 竜を従えられるくらい強い、というところからきているネーミングのようだ。

 なんとも中学生が好きそうで、国王の程度が知れそうだが、権力誇示という意味では理にかなっているのかもしれない。

 成り立ちを聞くだけで強権的なのは分かるが、この子が心配する理由は別にあった。


「お世話を、しなくてはならないのです」

「世話? 竜騎兵のか?」

「……はい」


 竜騎兵が滞在すると村が傾く、というのが彼女の懸念だ。

 彼らが出向くと、滞在先の村は食事や寝床の世話をしなければいけない。

 それもかなりの厚遇を強いてくる。


「以前、街道沿いの村々が熊に襲われたことがありました。大きな熊で、商店を襲って売り物を食べたり、人を食べたりということもあったそうです。被害が大きくなり、村々から王様へ嘆願を出しました。そこで来たのが竜騎兵だったのです。この村からも手伝いとして何人かが遣わされました。私もその一人だったのですが……」

「察するに、かなり横暴だったのかな?」

「……それだけではありません」

「ふぅむ」


 その竜騎兵というのは熊を狩るために村の住民たちを王の名の下に連れ出し、山狩りの手伝いをさせた。

 しかし、なかなか熊は見つからない。

 日を追うごとに食費はかさみ、酒を出せと暴れ、風呂を沸かすために付近の木を切らせるなどしたらしい。


「住民たちも最初は我慢をしたそうです。これで熊害がなくなるなら、と。ですが、竜騎兵たちはわざと熊のいない山を探していたようです」

「……ひどい話だな」

「続きがあります。それだけ騒げば、熊は異変を察知して逃げてしまいます。いくら竜騎兵でも、成果がなければ王都へは戻れません。そこで山に火を放って、焼け死んだ別の熊を持ち帰り、成果として王様に届け出た、と聞きました」

「焼き討ち、か。下手をすれば一帯が無くなってしまうな」

「……長耳族の人たちがいれば、避難民は見つからなくてすむかもしれません。ですが……」

「村は関係なく搾取され、成果がなければ、レヘティ村や近隣の人間たちが犠牲になる、ことも考えられるわけだね」

「おっしゃる通りです」


 サーシャの懸念は分かった。

 こういっては何だが、絶対王政の下ではよくあった話だろうが、それだけに厄介でもある。

 竜騎兵に来られては、私の計画が台無しだ。早々にお引き取り願わねばなるまい。


「ふむ」


 無意識に顎を撫でる。

 権力構造が腐敗していることは間違いなさそうだ。

 情報のためにも接触も視野に入れたいが、何をされるかわからない。今は現状のプランを優先し、接触したときの想定くらいはしておこう。


「竜騎兵はどのくらいで来るか、サーシャ君の見立てで構わないから教えてくれないかね?」

「こうして御触れがでた、ということはそう遠くないと思います。一〇日もしないうちに出発するでしょう。王都からここまでは駆け足の馬で五日ですが……」

「それだけ横暴な連中だとかなりゆっくりだろうね。村々に居座って贅沢三昧、金を巻き上げながら来るはずだ」

「そう……だと思います」

「君の心配を受け取った。あとは私に任せなさい」

「大丈夫、ですか?」


 心配そうな顔をされる。

 不安を訴える目であり、それが信頼の証でもある。

 どんな苦境でも、このような眼を歴代の秘書たちはしてくれなかった。


「勿論だ。任せなさい。君は君のできることをすればいい」

「私のできること、ですか?」

「さしあたって、落ち着いてよく食べ、よく眠り、よく笑うことだ。君が暗くては皆が不安がる」

「ありがとうございます! 私もなにかお手伝いができないか、考えてみます!」

「期待しないで待っているよ」


 ひらひらと手を振る。


「あの……聖母さまは、不安ではないのですか? 危機が迫っていることや、ご自身のことについて……」

「私にだって不安はある。だが、知恵と勇気さえあれば人間は困難に打ち勝つことができるのだよ。そうやってこれまで歩んできたのだ。今回もまた乗り越えられるだろう」


 指を振って見せれば、サーシャの顔は大輪の花を咲かせたようになる。


「聖母さまはやっぱりすごいです!」

「ちょっと、抱き着かんでくれないか? 私に年下趣味は……」

「年下? 私よりも聖母さまのほうが小さいです!」

「いや、私の実年齢はだね……」


 ノックの音がする。

 抱き着いてこようとしたサーシャを制し、落ちつくように目配せをした。


「開いているよ、どうぞ」


 入室を促す。


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