上手くいくとは限らない
「最も重要なことは生き残ることである!」
長耳族の集落、そのほぼ中央にある巨木の根元に住民を集め、その一言を発した。
六〇余名となった長耳族と王都からの元避難民たちを前に弁をふるう。
「誇りや心意気で飯は食えず、自尊心や威厳だけでは子孫を残せない。それは皆が最もよく知っていることだろう。時には妥協し、悔やみながらも己を変えることが生き延びる道となる。しかし、それができずに滅んだものは多い!」
サーシャが用意してくれた箱の上に立てば彼らを見渡せば、一人一人の顔がよく見えた。
集落の代表であり最も憂いているヤヤン、魔法が使え、リーダー格のウォルナットが真剣な顔で頷けば同じ顔になる。
後ろの方でサーシャが小さく拍手をしていた。
強いて気になるとしたら、何人かの独り身が尋常ではない眼差しを向けてくることか。
背筋がぞわぞわして仕方ない、この体はともかく、私個人としては悪くない。
「生き残り、足跡を残し、後世に伝えることこそが生物としての使命に他ならない。過程を問うことは苦しくもあろう。だが、未来への戒めとして残すのが先人の宿命だと私は考える。諸君らがこの苦境を乗り越えたとき、過去が懐かしく思えるようあってほしい!」
住民たちに訴えながらも今後を考える。
現実的な問題として、今の私は無力に等しい。
ここで日本の政治家である畔村進という人間を知っているものは一人としていない。
権力はおろか、金もない。パトロンを得ようにも森と川だらけの辺境にあってはそれもできない。この状況で、何ができるだろうか。
「これから私が話すことは、諸君らに変化を強いるものである。変わるということは容易ではなく、必要に迫られ、どうにもならなくなった時にするものであると私は考えている。今が諸君らにとってのその時であると捉えてもらいたい!」
私には叶いかけた夢がある。
総理大臣という椅子を目の前に、このような事態になり、あまつさえ元の姿さえ失った。ここで諦めては私のプライドが許さない。どんな手を使ってでも日本に戻り、総理大臣となって理想の国家を作らねばならない。
そのためには彼らの力が必要だ。
「無論、諸君だけに変化を強いるつもりはない! 私も持てる知識のすべてを使おう。このような姿では力仕事はできないが、培ってきた知識と経験はある。分からないことがあれば遠慮なく聞いてほしい!」
「ど、どうして、そこまでしてくださるのですか? 聖母様だから、ですか? 私たちがイルタ教の信徒だからでしょうか?」
演説の途中でウォルナットが挙手をする。
なんと絶妙なタイミングか。だが、こうしたアクシデントも悪くない。
「……私は少し前、諸君らもよく知るサーシャ君によって助けられたのだが、それまでの記憶がない。彼女はよく私に聞かせてくれた、貴女は夜の女神にして万物の聖母イルタの生き写しである、と」
「その通りです! 聖母さまは聖母さまです!」
後ろからサーシャの声がする。
意味の通らない説明だが、うん、良い演出ということにしよう。
「最初は彼女の主張を受け入れることができなかった。だが、長耳族に会い、ヤヤン殿も同じようなことをおっしゃられた」
「! その通りです! 青紫の髪に燃え立つような赤い瞳、あらゆる美を内包したお姿はまさに夜の女神、万物の聖母様であらせられます!」
なぜか手にしていた金属の鏡を振り回し、アピールする。
それでは見えないだろうが、まぁいい。
「私自身の記憶はまだ戻らない。だが、胸の奥が疼く。諸君らを導き、光の下へとたどり着かんという強い決意が湧き上がってくる。私がどういう存在であるのか、こうすることで答えが見えそうな気がするのだ。いわば、存在証明であることを分かってほしい」
両手を広げ、いわゆる抱擁ポーズをする。
ここらへんの件はどうでもいい。ただ、彼らが納得して協力させるためのポーズだ。
さて、最後の一押しといこう。
「諸君、この先には困難が待っているだろう。しかし、私と来てくれれば輝かしい未来を約束する。どうだろうか?」
問いかける。
見渡す顔には戸惑いも迷いもあった。だが、
「私は聖母様のお考えに賛同したします!」
「代表、ボクもです!」
「アタシもさ」
代表であるヤヤンがしきりに頷き、拍手をすれば、隣にいたウォルナットとマトカは互いに頷き合い、拍手に混ざる。そこに、二人と同じくカップルとなったものと、嫉妬の眼差しで睨む独身の長耳族や元避難民が我も我もと続いた。
「私も応援します! 聖母さまや皆さんのお力になりたいです!」
サーシャも後ろから拍手をすれば、もはやダメ押しだ。
大半の支持を得て、残る保留や否定的な連中も同調圧力によって全員が拍手をするまで時間はかからない。
久しく見ることのなかった熱が目の前にあることを嬉しく思いつつ、彼らが日本国民でないことを少しばかり嘆く自分がいた。が、この際それは忘れよう。
今、私の言葉を聞くものこそが国民であり、これからの礎となる。そのことを喜びたい。そして、彼らと同じように日本国民の総意が私に集まることを望むばかりである。
「ありがとう、ありがとう」
拍手を静め、再び視線を集める。
いい演説だったと自画自賛していると、集落の入り口から走ってくる二人の樵が見えた。
「大変だ、大変なことになった!」
「落ち着きなさい。サーシャ君」
「はい、聖母さま!」
何も言わなくても呼べば水を用意している。
この察しの良さは素晴らしい。
「まずは喉を潤して、落ち着いてから話しなさい」
「どうぞ」
木の椀に入った水を受け取り、二人の樵はがぶがぶと呷る。
深呼吸をすると口元を袖で拭い、険しい表情で私と、後ろにいる長耳族、避難民を見た。
「竜騎兵が来るっす」
「りゅうきへい?」
妙なネーミングに首をひねったのは私と長耳族、避難民とサーシャは目を大きく見開き、絶句していた。




