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実践的聖母さま!  作者: 逆波


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物事の本質を見極めろ


「キラキラして綺麗です。これが砂金ですか?」


 まだ水滴のついた状態で布地の上に広げられた砂金をサーシャが触る。

 魚を長耳族の集落へ置きに戻り、それから食器を借りて川へ戻り小一時間、採取できたのは一握りほど。砂粒ほどから指先ほどもある大きなものまであった。


「喜ぶ前に本物か確かめてみよう」

「確かめる?」

「実に簡単な方法があるのだよ」


 大きめの金の粒を石で叩く。

 衝撃が加わったとき、雲母や黄銅鉱ならば砕け、金なら高い展延性から砕けずに伸びる。

 いくつかに試すといずれも本物の金だった。


「間違いなさそうだね」

「……」


 サーシャが瞳を大きくして私を見ていた。

 その中に純粋な尊敬の念がある気がして気分が高まる。


「聖母さまは何でもご存じなのですね!」

「ふっ、間違えてはいけないよ。これは私が聖母だからではなく、貯え、磨いた知識の結晶だ。そして、君にも同じことができる」

「! 私にも聖母さまと同じことができるのですか?」

「勿論だ。自らを卑下してはいけない。自信を持ちなさい」

「はい!」


 若い子を鼓舞するのはいいものだ。

 この調子で私の言うことをもっと積極的に聞いてほしい。


「聖母さま、この砂金はどうなさるのですか?」

「これで皆の食料を買おう。そろそろ次の問題として浮上してくるころだろうからね。サーシャ君、このあたりでたくさん、それも安く買える食べ物は何かな?」

「たくさん、それも安いものだと燕麦や黒麦があります!でも聖母さま、長耳族の方はカラムスの根を食べると……」

「知っているよ。しかし、生活様式が変わり、これまでにないほど長耳族は働いている。このままでは消耗が激しく倒れてしまうだろう。そうならないためにも栄養が必要だ。それに、麦類も植物、体にも馴染みやすいはずだよ」

「! そのようなことまでお考えだったのですね!」

「ふっふっふ、当然じゃないか。では、早速麦の調達に行こう」

「はい!」


 まぁ、栄養不足で倒れられたら困る、というのは本当だが、狙いは味にある。

 あんなマズイものに食べ慣れていれば、疲れ切った体に麦類の味は沁みるだろう。

 燕麦や黒麦のような美味しくないとされているものでもカラムスよりは美味い。

 そうやって味覚を誘導できれば計画の第二段階も大詰めとなる。


「っふっふっふ」


 思わず笑いがこみ上げる。


「聖母さま、涎が垂れています。心配しなくても聖母さまの分の麦粥はサーシャが作ってあげます!」

「えっ、いや、私はパンが食べたいんだが……」

「ダメです! 皆で同じものを食べよ、と聖典にもお書きになったのは聖母さまです!」

「いや、それは私では……」

「聖母さまです!」

「あっ、あの…………はい」


 この圧力には勝てないらしい。



    ◇



 一握りの砂金は両手ほどの硬貨に化け、すぐさま燕麦の麻袋に姿を変えた。

 燕麦を手に嬉しそうな顔をするサーシャ。

 彼女の横顔を見ていると、私と出会うまでどんな生活をしていたのか、推し量れようというものだ。ずいぶんと苦労をしたのだろう。

 屈託のない笑顔の理由はもう一つある。

 それが余った金で買った、麻袋の上に乗る小箱だ。中身は豚の脂、より正確に記すとすれば、生の脂を一度過熱し、冷やしたもの、いわゆるラードというものになる。

 私からすれば、そんな一度火を通しただけの脂が美味いのか、と思ってしまう。だが、サーシャの喜びようからすると、私が想像するものではないのだろう。


「これを麦粥に入れるととっても美味しいんです!」

「そ、そうかね」


 ギトギトと脂の浮いた粥を想像したくはないのだが、折角の喜びに水を差せるわけもなく、笑顔で応じる。 

 砂金という幸運の産物、無から生じた有なのだから私としては上出来なのだが、隣を歩く少女はわずかに不満を覗かせる。


「でも、本当なら麦も脂も、もっと買えたはずです。両替商のおじさんによくわからないことをされました」


 こう口にするのはレヘティ村で唯一の両替を商う老人のこと。

 不満の理由は、一握りの砂金はこのあたりで流通する金貨一枚とほぼ同じ重さがあったにも関わらず、実際に手元にきた金額はかなり少なかったからだ。

 多分に足元を見られた換金であったことは言うまでもないが、これはこれで仕方がない。

 理由を問うた少女に、老人は手数料、自分の取り分などかなり上乗せをしたと臆面もなく言い放った。

 一〇代半ばの少女に、これを理解しろというのはかなり難しい。


「サーシャ君、彼は間違ったことは言っていない。これは商売だ。善意ではないことを忘れてはいけないよ」

「でも、納得できません!」


 ぷりぷりと怒っている。

 まぁ、無理からぬことだがあまり突っかかっては心証を悪くするだけ。

 下手をすれば断られてしまう。こんな辺鄙な場所でそれは望ましくない。無用なトラブルを呼ぶだけだ。


「いいかい、実際彼の言い分は正しい。金が硬貨となって、価値が生まれるまではかなりの時間がかかる。それまでにはたくさんの人の手を経なければならない。ここまではわかるかね?」

「聖母さま……」


 噛んで含めるように諭す。

 今のままでは平成の世でいう原価ばかりを指摘する連中と同じだ。

 物事が成り立つ背景を理解し、人やモノ、行動にまで価値があり、その上でやり取りをしなければならないことを知る必要がある。


「確かに砂金と金貨は同じ重さかもしれない。しかし、砂金のままでは売り買いをしてくれないところもある。砂金一粒でパンを買ってもおつりはどうなるのかね? 用意する方も大変だ」

「……はい」

「勘違いしないでほしいのだが、私は君を責めているわけではない。期待をするからこそ、君に話すのだよ。私に心から尊敬の念を抱いてくれる君だからだ。分かるね?」

「……! 聖母さま、私が間違っていました! 許してください!」

「許すも何も、責めているわけではいといっているだろう。いいかい、これからはもっと思慮深……」

「聖母さま!!」


 腹部に強い衝撃を受けて、地面に仰向けに倒れた。

 燕麦の入った麻袋を持っていなければやられていたかもしれない。


「嬉しいです! 私、もっともっと聖母さまのために頑張ります!」

「い、いや、その前にもっと、つつ、しみあるこうどう……を……」


 サーシャが麻袋越しに、私の腹部に頭をこすりつけている。

 遠のく意識に逆らえるだけの気力は持ち合わせていなかった。


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