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実践的聖母さま!  作者: 逆波


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幸運は我にもあり

 光の輪をくぐり、その向こうには長耳族の集落がある。

 何度見ても不思議ではあるが、魔法というのは実に便利だ。

 これが平成の世でも一般的となったら産業革命以上の歴史的な転換期となるだろう。

 ぜひこの技術を私の手で持ち帰りたい。さすれば歴史に名を残すことができる。


「長耳族がこんなにたくさん……」

「サーシャちゃんが魔法を使うなんて……」


 二人の樵も二回目とはいえ驚きを隠せない。

 ライハとリハヴァを連れ、長耳族の集落へと戻ってみると、発破をかけて半日しかたっていないにも関わらず長耳族の男たちは地面に座り込んでいた。誰の顔にも生気がない。

 が、これも想定通りといえば想定通りだ。


「せ、聖母様、お助けください~」


 元避難民の男たちも疲れ切っている。

 これもまた仕方がない。

 長耳族はもともと体力がないのに避難民の受け入れで疲れ、避難民は長い逃亡生活で疲れている。

 特に長耳族は長期にわたる隠遁生活が祟り、数日程度休んだくらいでは回復など見込めないことは明白だ。


「諸君、助っ人を連れてきたぞ」


 ライハとリハヴァを紹介する。

 代表に頼んだのは二人の受け入れ。

 専門家である二人がいなければ、この事業を成し遂げることなどできないからだ。


「聖母様、俺たちは……」

「どうやって儲けるんですか?」

「君たちに頼みたいのは彼らへの指導だ。上を見たまえ」


 樹上を指す。そこには長耳族の集落がある。


「こ、こんなところに家が……」

「驚いたっす」

「このような家を増やしたいのだが、ノウハウがなくて困っている。君たちならどうにかできるのではないかと思ってね」

「えっ、でも、これは長耳族が建てたんじゃあないんですかい?」

「そこには長い前置きが出てくるのだが、まぁ、今の彼らには新しく建てるだけの知識も体力もないということだ。どうかね、できそうかね?」


 二人は顔を見合わせた後で樹上の家も見る。

 首をひねったりはしない。


「まぁ、一回中身を見てみないとなんとも言えませんがね」

「多分、大丈夫だと思うっす」

「そうかそうか。では、よろしく頼むよ。諸君、この二人が先生だ。彼らの指示をよく聞いて無理のないように働いてくれ」


 なるべく優しい口調で諭すように話す。

 まぁ、大丈夫だろう。

 さて、次だ。


「サーシャ君、次だよ」

「はい! 何をされますか?」

「これから川へ魚を取りに行こう」

「お魚を、ですか?」

「そうだよ。長耳族と元避難民、どちらにも栄養が必要だからね。植物だけを少量食べていたら体だって回復しないさ」

「さすがです! でも、聖母さま、私たち二人で採る分だけでは何人分にもならないと思いますが……」

「分かっている。君にも知っておいてほしい。いいかね?」

「は、はい!」


 サーシャが顔を近づけてくる。

 嬉しい半面、照れてしまう。老境になって以降、こうして無邪気に接してくれるものは少ない。

 近寄ってくるものすべてが何らかの打算を腹に抱えている。しかし、この子にはそれがない。真っ直ぐな眼からは純粋なる好意と尊敬があるからだ。ついつい言葉にも熱が入ってしまう。


「まずは長耳族だ。彼らは植物の根塊を主食としている。あとは薬草とお茶。つまり、いきなり魚そのものを食べてしまうと体が受け付けないことが考えられる」

「そうなのですか?」

「彼らの場合はとても長い時間そうやって過ごしてきた。大災厄以前には食べていたことも考えられるがね」


 リフィーディング症候群、というものがある。

 長期間低栄養状態にあった体に、いきなり栄養を与えると体調を崩すというものだ。最悪の場合はそれが原因で死に至ることもあるほどだ。

 食糧が豊富な日本では稀な症状だが、災害などに巻き込まれると起こりうるということで秘書に覚えさせられた。

 私としても些細な理由で長耳族を失うことは避けたい。


「聖母さま、そういうことでしたら魚をとっても食べられません。長耳族だけ可哀そうです!」

「そうだね。だから、彼らにはまず魚を煮た汁だけを飲んでもらう」

「煮汁?」

「そう、煮汁だ。液体ならば固形物よりも消化がしやすい。少しずつ飲んでもらいながら様子をみよう。元避難民たちにはそのまま身を食べてもらえばいい」

「凄いです! そのようなお考えをお持ちだなんて!」

「ふっふっふ、伊達に歳を食ってはいないのだよ。サーシャ君も食べ物で困っている人がいたらよく話を聞いてから施しをするようにね」

「はい! わかりました!」


 いい返事だ。

 今の若い子にもこのくらいの素直さが欲しい。


「でもでも、聖母さま、お魚はどうやって取るのですか? 道具は何も持っていません」

「そこも、たぶん問題ないだろう。道具はまた後で作ろう」


 話しながら歩くこと数分、着いたのは川幅が人の背丈ほどの狭く、そこそこの流れのある小川。

 水深はそこまで深くない。せいぜいが私の腰丈くらい。


「あっ、聖母さま、あそこにいます! ムイックです!」


 サーシャの指す先には魚影が見え、それがすっ、と岩陰や水底へ消える。


「あ、そこにもいます! たくさんです!」

「サーシャ君、そんなに大きな声を出しては逃げてしまうよ」

「ご、ごめんなさい」


 しゅん、となる姿もまた可愛らしい。

 見たところ魚影はかなり濃い、手つかずともなればかなりの数がいると考えていいだろう。


「あの魚はムイックというのかね?」

「はい! 流れの早い川にいて、とてもおいしいんですけれど動きが早くて採るのが難しいんです。隣の村では燻製にして売られています!」

「うんうん、ありがとう。では、さっそく採ろう」


 川原にあった手近で、なるべく大きめの石を持ち上げ、持ち上げ、


「うぬぬぬぬ」


 上がらない。

 せいぜい人の頭ほどという楕円形の石なのに、


「ふぬぬぬぬぬ!!」


 上がらない。

 くっ、せっかく女児の体というものを意識しなくなってきたと思ったらこれだ。

 まったく力が入らず、元の体ならできていたことが難しい。


「聖母さま、この石をどうなさるのですか?」


 肩で息をする私を差し置き、サーシャが石をヒョイと持ち上げる。

 それも何の苦も無く、だ。この子は案外力がある。

 同時に、己の無力さに寂莫たるものを抱いてしまった。


「…………それ、重くないのかね?」

「大丈夫です! 私、こう見えても力持ちなんですよ!」


 石を持ったまま揺すって見せる姿が頼もしくも恐ろしい。

 もし、以前のように彼女を怒らせてしまったら、この小さな体躯では逆らえないのではなかろうか……。

 脳裏を過った一抹の不安を振り合払い、咳払いをする。


「その石を川の真ん中あたりにある岩に勢いよくぶつけるんだ。少し難しいよ」

「これを、あれに、ですか?」

「うん、そうだね」

「よーし、えい!」


 ほとんど迷うこともなく少女は石を思った以上の力と勢いで投げる。

 すると、見事に岩に当たり、大きな音を立てたが、水面に変化はない。


「聖母さま、何も起こりませんよ?」

「あの岩には魚がいなかったようだね。場所を変えて再挑戦だ」

「石が当たると魚が取れるのですか?」

「そうだね。何回かやってみると分かると思うよ」


 半信半疑というサーシャを促し、何回か試す。

 すると、水底から手のひらよりも少し大きいくらいの川魚が浮いてきた。


「凄い! 本当に採れました!」


 喜ぶサーシャに見せるべく、浮かんだ魚を掴み、彼女へ見せる。

 注目すべきは魚体の真横、鰓から尾まで伸びる点線。


「みたまえ、魚の体表にあるこれは側線というものだ。この魚は音を振動として感じることができる。人間でいうなら耳にあたる器官だよ」

「これが魚の耳……」


 サーシャが手でなぞる。

 このムイックという魚の場合だと体表の真横、中骨の上を通っていることが分かる。


「サーシャ君が投げた石が岩にぶつかり、水中で衝撃波が生まれる。まぁ、魚からすれば近くで大声を出されたようなものだね。そうすると、どうなるかね?」

「驚きます!」

「そうだね。もっと大きければ気絶するだろう。この魚は今そういった状態にある」

「! 聖母さま凄いです!」


 もはや凄いといわれ過ぎてどうでもよくなってくるが、これは古くから世界各地でみられる伝統的な漁法といっていい。

 日本でもかつて山村で行われていたようだが、やりすぎると漁業資源の枯渇を原因となるためほとんどの自治体で禁止されている。

 かくいう私も母の田舎で教えてもらったものだ。自分の知恵ではないからなおのこと面映い。


「この方法ではあまり数は取れないんだが、今日の分くらいはあるだろう。サーシャ君、頑張ってくれるかな?」

「はい、勿論です!」


 原理が分かったサーシャは手当たり次第で石を投げ、魚を取っていく。

 魚影が濃いせいもあって苦労らしい苦労もない。


「えい、えい!」

「サーシャ君、あまりやり過ぎると魚がいなくなってしまうよ。適度に、必要分でいいんだ」

「は、はい。ごめんなさい聖母さま」

「分かってくれたらそれでいいんだ」


 素直さに癒されながら水面に浮かんだ魚を捕まえていく。二〇匹はいるだろう。

 大漁だ。


「うん?」


 魚を捕まえる最中、大きな岩陰に光るものを見つけた。

 降り注ぐ太陽光がなければ見逃してしまうほどのわずかな輝きは水底、砂で埋もれていた。


「これは……」


 手を伸ばし、肩まで水に浸かりながら砂の中を探る。

 感触も分からずそのまま持ち上げれば、手の中に金色の輝きがあった。


「い、いや、まさか……」


 手の中で揉む。

 類似する黄銅鉱は多角形の結晶体、間違いやすい雲母は柔らかく、すぐに形を変えてしまう。

 しかし、手の中にあるものはそうではない。


「砂金だ!」


 なんということか、私まで砂金を見つけてしまった。


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