足場固めは選挙の基本
「集落を救ってほしい、だと?」
「その通りです。男しかおらず、同胞を見つけることもできないこの状況では不安しかありません。どうか、どうかお願いします」
長耳族の代表ヤヤンが私に求めていることはこの集落の立て直しだった。
大災厄によって孤立し、細々と生き延びてきた彼らだが、現状は到底受け入れられるものではなかったらしい。
「いや、しかしだな、救うというのは曖昧過ぎて……」
「聖母さま?」
「ああ、いえ、でもないです」
眦を吊り上げられると反論できない。
代表に続きを促す。
「先ほどもお話ししました通り、この集落には男しかいません。皆が明るくなる希望が欲しいのです」
「希望……希望ね。そもそもだ、どうしてここは男だらけなのかね?」
「……すべては大災厄から始まってしまいました」
長くなりそうな前置きで話が始まる。
要約してほしいのだが、隣に座るサーシャが怖くてそれができない。
「あの日、私たちは薬草を採りに出かけました。歩いて半日、採取して干乾しにして、持って帰る。我々は年頃になると大人たちの手伝いとして森に入るのです」
「大災厄当日のことを覚えていらっしゃるのですね?」
「勿論です。忘れたくても、忘れられるものではありません」
「ご心痛如何ばかりとは思いますが、お話しいただけませんか? 大災厄とはなんだったのでしょう」
渋い表情で目を閉じる代表にサーシャが促す。
また余計なことを……。
「あれは夜に突然起こったんだと思います。野営をしていると見張りをしていた何人かから森に火が出たという報告を受けました。戻ろうと思ったのですが火の回りが早く、諦めて何かあったときの避難先になっていた北にある大山脈の麓を目指しました」
「大山脈! あんな奥地までですか?」
「あそこには翼のある竜人族が暮らしていました。何かあれば彼らに協力を仰ぐことになっていたのです」
「竜人族! 神話の中にも出てきます!」
「しかし、大山脈に行っても竜人族の姿はない。何日かして森の火が消えたあとで村に戻りましたが、すべてが焼け落ちた後でした」
「ご家族や村の人はどうなったのでしょうか?」
「分かりません。私たちもずいぶんと探しました。ですが、結果はご覧の通りです。それからは集落の再建を目指して今に至るのです」
「では、この集落の住人が男性だけというのも薬草を採りに行った方々だから、なのですね?」
「おっしゃる通りです」
住民の構成がおかしいのはそういう理由らしい。
代表、という言葉も全員の歳があまり離れていないからではあるまいか。
「話は分かった。約束もあるし、貴殿らに協力をしよう、しかしだな」
ちらり、と後ろを見る。
「マトカさんは、とても素敵な人です。絶対に幸せにしてみせます!」
「本当に? 信じていいのかい?」
「勿論です!」
恋は盲目、とはよく言ったものであるが、甘い言葉のやりとりをする一方でマトカはしきりにこちらを気にしている。
私たちとの約束を気にしているのか、はたまた自分の体裁を気にしているのかはわからないが、約束は約束だ。
「彼女たちもどうにかせんといかん」
「どうにかする? 彼女は、聖母様のお連れではないのですか?」
「違う。こちらも話せば長いのだが……」
魔法の先にいたのは彼女たちだったこと。
彼女たちも救わねばならないことなど、顛末を話す。
「な、なるほど、そういうご事情だったわけですか」
「きっと助けを求める声が聖母さまを呼んだのです! そうですよね!」
「そ、そうかもしれないから、少し落ち着こう。ね、いいかい?」
「私は大丈夫です!」
目が怖い。
彼女のことはひとまず置いて、話を先に進めたい。
「ここへ来たのは、彼女たちをここに住まわせてほしいというお願いのためでもある。どうかな、引き受けてはもらえないだろうか」
「わ、私だけでは決められません。盗賊を迎え入れるなど、皆が受け入れるかどうか……」
「まぁ、そうだろうね。だが、彼女たちはどうにも逃げてきたらしい。私も必死だったのでね、詳しく聞いていないんだ。事情を聴いてみてもいいだろうね」
「聖母様のお願いとあらば、無碍に断ることもできませんからな」
彼女たちは隠れる場所を求めている。
長耳族は閉塞感を打破したい。
この二点を両立させ、解決に導くことができれば私にも益がある。
身の安全が保障されれば、私は長耳族が切り捨てたという魔法を探さねばならない。
彼らを掌握できていれば手駒として使うことができるからだ。
よし、方針は決まった。
「私に任せなさい!」
私が元の世界に戻るには魔法が必要だ。
手に入れるためには探す必要がある。
加えて私は本来の姿ではない。
幼くか弱い少女となってしまっている。これらを解決するのは困難を極めるだろう。
では、どうすればいいか。
簡単だ、手駒を増やせばいい。
それも忠誠心が高く、尽くしてくれる存在でなければならない。
そのための仕込みが始めよう。
「ヒト族の受け入れ?」
私の要望を受け、長耳族代表であるヤヤンの提案に集落の連中は顔を見合わせる。
「盗賊と一緒に暮らすことなんてできない」
「野蛮な連中とは一緒にいたくない」
「ここが乗っ取られてしまう」
当然のように反対意見がでる。
ごもっともな主張だが、これにはマトカが反論した。
「アタシたちは盗賊じゃない。王都を追われてきたんだ。途中で町や宿場に入れなくて、食べるための盗みはしたけど、誰も傷つけてないよ」
「事情があったんです!」
なぜかウォルナットも加勢する。
聞けば彼女たちは騙され、悪い借金取りに追われているという。
しかし、にわかに信じられるものではない。
長耳族たちは危機感から拒否をする。
マトカは、どうにかしろ、とばかりに私を見る。サーシャも同じような目で、なぜかウォルナットもすがるような目をしていた。
この状況をどうにかしろ、と言われても普通ならお手上げだろう。
だが、敏腕政治家である私ならば造作もない。
「諸君、一つ言い忘れていたことがあった。避難民の大半はか弱い女子供だよ」
「!!」
先ほどまで危機感を募らせていた長耳族たちが一斉に互いの顔を見あう。
当然だ、拒否感を示しながらも彼らの視線がマトカの体に集中していた。
女旱、いや田舎の男子高校生同然の彼らは飢えている。喉から手が出るほどに欲しいはずだ。
極めつけは、
「ウォルナット君、マトカ君、異種族であろうとも手を取り合えること、共存できることの可能性を彼らに見せてあげてほしい」
「勿論です!」
「可能性って……なにさせるのさ」
「ふっふっふ、別になんでもいいよ。まぁ、ベッドの用意でもさせようか?」
「聖母さま!」
顔を真っ赤にするサーシャを宥めながら二人に目配せをする。
すると、前のめりなウォルナットとわずかな冷静さを残すマトカが見つめあう。
雰囲気はまんざらでもない。
「くっ!!」
「なんであいつだけ!?」
「羨ましい、羨ましいぞ!」
口々に叫び始めた。
なんと清々しいまでに正直なのだろう、好感が持てる。
「代表、受け入れましょう!」
「俺も彼女が欲しいです!」
「あいつだけ……あいつだけに美味しい想いをさせたくありません!」
長耳族の若人たちは代表に泣きつきはじめた。
まぁ、こんなものである。童貞男子の心を操ることなど赤子の手をひねるよりも簡単だ。
「さぁ諸君、方針が決まった。受け入れのための具体的な話をしようではないか」
森に雄叫びが響き渡る。
話し合いは急ピッチで進み、その中で判明したのは長耳族が恐れていた盗賊が、実はマトカたちであったということ。
彼女たちは追手が来た時のことを考え、さらに北へと逃亡を計画するなかで長耳族が活動する範囲に迫っていたらしい。追われるものと隠れるものの気持ちは同じということだろう。
つまり、彼女たちを引き入れてしまえば長耳族の問題は一気に好転する。なにせ、怯えなくて済むのだから、精神的にはずいぶんと楽になる。
ダメ押しとなったのが長身で体格の良い、言い変えるのなら肉感的なマトカと、それに寄り添うウォルナットの存在。
見せつけられれば否が応でも目が追い、想像力を刺激して盛り上がる。
避難民を受け入れ、あわよくば自分も同じ思いができるかもしれないと想像してしかるべきだ。
「聖母様、どうかよろしくお願いします!」
話し合いが終わるころには長耳族たちは揃って頭を下げていた。
ふっ、造作ない。




