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実践的聖母さま!  作者: 逆波


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言い張ることに意義がある

「帰れる!」


 空間に揺らめく波紋に飛び込んだ。

 トンネルを抜けたらそこは雪国、ではないが、光る波紋の先は平成の世界だ。

 全く関係ないが総理大臣になったら川端康成の著作は残らず教科書に乗せるよう文科省に進言してやろう。


「はぶっ!?」


 波紋にぶつかり、はじき返され、思い切り鼻を打ってしまい、尻もちをついた。

 しばらく痛みで目がちかちかしたが、さすりながらなんとか体を起こす。


「い、いたい、いたい……くそ、どうして私がこんな目に……」


 しばらく鼻をさすっていた。

 痛みが引き、顔を上げると、そこには人がいた。


「ううっ」


 腹部を抑え、膝を付いている。

 こげ茶色と緑色の斑に染められた衣服、背丈は同行した樵の二人とさして変わらない普通の男性。

 特筆すべきは耳だ。長めの髪から突き出した耳は大きく、そして尖っている。


「な、長耳族!」


 まさに耳が長い。

 それ以外で変わった部分は見えなかった。

 強いて言えば体が細いことくらいだろうか。

 元の世界に戻れるわけではなかった。

 しかし、希望がここにある。長耳族ならば、魔法ならば元に戻れる!


「ま、魔法を、魔法を使ってくれ!」

「うわぁ!?」

「頼む、金ならいくらでも払う! できることなら何でもしてやる! だから!」

「なんだ? どうして分かったんだ!?」

「どうしてもこうしても、そんなことはどうでもいい! 魔法を使えるのだろう? 使ってくれ! 私に魔法を!」

「? どうして人族が魔法のことを知っているんだ? それにアンタは……そんな……」

「聖母さま、どうかしまし……!」


 長耳族を逃がさないように袖を引っ張っていると、声を聞きつけたサーシャやライハ、リハヴァがやってくる。


「見つけたぞ、長耳族だ! 君の情報は正しかった! 」

「凄いです、本当にいたなんて……!」


 驚くサーシャ、呆気にとられる樵の二人を尻目に、私はなおも逃げようとする長耳族の裾を引っ張る。


「頼む、どうしても魔法が必要なのだ! 礼ならばいくらでもする! だから、私を元の世界に戻してくれ!」

「聖母さま、ダメですよ!」

「乱暴はアカンですって」

「やめるっすよ!」

「貴様ら、邪魔をするな! 私の、私の夢と野望がぁ!」


 三人に引き離されてしまう。

 長耳族と思しき男性は怯えた様子でこちらを見ていた。

 そこへサーシャが手を差し伸べる。


「ごめんなさい、聖母さまは少し興奮されているみたいなんです。でも、悪気はないと思いますから許してあげてください」

「すまねぇ」

「申し訳ないっす」


 三人が頭を下げると男性は落ち着きを取り戻したかのように深呼吸をしていた。

 が、納得できないのはライハとリハヴァだ。

 二人とも、昨日は自分たちが言い争いをしていたくせに今日は私を責めるなど、不届きにもほどがあろう。


「貴方たちは盗賊じゃないのか?」

「? 私たちが盗賊?」

「違いますけど……なぁ、リハヴァ」

「そうっす。オラたちは樵っす」


 サーシャや樵二人の言葉に耳長族の男性は目を瞬かせる。


「私たちはここから半日くらい南にあるレヘティという村から来たんです」

「レヘティ……?」


 男性は首を傾げる。

 どうやらこちらのことは知らないらしい。

 それよりも、大切なのは魔法。


「あー、まずは相互理解が必要だな。サーシャ君、そろそろ手を放してほしいのだがね」

「聖母さまこそ落ち着きましたか?」


 小娘に抱かれるのは不本意だ。

 年甲斐もなく焦ってしまったことを反省しながら頷いて見せると、サーシャが手を放してくれる。

 男性に近づくと身構える、が努めて平静を装う。


「先ほどはすまなかった」


 右手を差し出し、笑顔を作る。

 長耳族の男性に向かい右手を差し出す。が、彼は怯えた目のまま手を握り返してはくれない。


「ずいぶんと嫌われたものだ」

「それは、聖母さまが強引にするからです! ごめんなさい」


 サーシャが頭を下げる。

 すると落ち着きを取り戻したのか長耳族の眼ががせわしなく動き、私とサーシャを交互に見ている。


「改めてご挨拶させてください。私はレヘティ村で聖母イルタさまを祀る教会で修道士をしておりますアレクサンドラです」

「レヘティ村の樵のライハや」

「同じくリハヴァっす」


 それぞれが自己紹介をしていく。

 驚くべきはサーシャの本名がアレクサンドラであること。

 アレクサンドラの略称がサーシャというのはなかなかに納得しがたい。

 愛称について小一時間問い詰めたかったが、後回しだ。


「わ、私は……」


 長耳族は逡巡する。

 すぐに逃げ出すようなそぶりはないが、このままおいそれと話してくれそうもない。

 こういう場合は打開策が必要だ。

 先ほどの盗賊という言葉と、彼の目の動きから推察するしかない。

 手っ取り早いのはサーシャの修道服を指す。


「この服装に、なにか心当たりでもあるのかね?」

「あっ、いや、その……」

「君は、先ほど盗賊といったね? 心配せずとも私たちははそんな野蛮な連中ではない。だが、信じてもらうにはもう少し材料が必要だろうな……よし、少し待ってくれるか?」


 腰に巻いてあった紐を緩め、しゃがんで裾を持った。


「……聖母さま!? ダメです!」


 いち早く私の意図に気付いたのはサーシャが止めに入るが、抱き着かれた時には裾は腹のあたりまでめくり上がっていた。


「!!!」


 長耳族は勿論、樵二人まで目を丸くする。

 人の信用を得る、というのは並大抵ではない。

 短期間でどうっやって実現するのかといえば、相手に負い目を作ることだ。

 ここまでされたら妥協しても構わない、そんな口実が必要となる。それゆえ、やり過ぎるくらいでいい。相手の想像を越えなければ負い目は感じないからだ。

 加えてこの体は女、効果はある。


「ま、待ってください! 服を脱ぐなんて……」

「私は非武装ということを知ってほしかっただけだ。盗賊でもないし、君たちを害する存在でもない」

「わ、分かりましたから、やめてください!」


 予想通り長耳族に押しとどめられる。

 うむ、止めてくれてよかった。


「聖母さま、やり過ぎです!」


 サーシャが慌てて元の位置まで裾を下げた。

 後ろではライハとリハヴァが手で顔を隠しながらも指の隙間からこちらを見ている。

 ちょっと早まったかもしれないが、重要なのは長耳族だ。

 私が顔を向けると気恥ずかしそうにしているが、話を聞く気にはなったらしい。


「私を信用してくれるかね?」

「分かりました。貴女方が盗賊ではないと信じます。それに……」

「?」


 長耳族が私とサーシャ、そして着ている修道服を見た。


「人族もイルタさまを信仰されているのですね」

「! 勿論です!」


 サーシャが反応する。

 とても嬉しそうだ。


「……分かりました。同じイルタさまを信仰するものとして、お話しします」


 長耳族が丁寧に頭を下げた。


「ですが、この場所では危ない。安全な場所でしましょう」

「それは……願ってもないことだ」


 なんともまぁ、焦らしてくれる。

 何事もとんとん拍子にはいかないらしい。


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