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153:闇からの強襲


 薄桃色の光を纏った少女たち。二人はゆっくりこちらに向かって歩いてきた。


「能力共有スキル、だと……。一体どういう……」


 俺が瞠目した刹那、シルとコリンの姿が消えた。

 背筋にぞっと戦慄が走る。気付けば二人はまったく同時に、両側から俺に斬りかかっていた――!


「ッ、マーくん!」


「あぁッ!」


 細かく指示する時間すらない。相棒との絆を信じ、右のコリンへと拳を続き出した。

 短剣の刃とぶつかる拳。その瞬間に俺のスキルが発動する。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ・スキル【神殺しの拳】発動! 拳撃時1秒間、手首より先を『無敵化』! あらゆるダメージ・衝撃・効果を無効!


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 スキルのおかげでダメージはない。さらに追加で吹き飛ばし(ノックバック)のスキル【魔王の波動】が発動。ダメージこそ与えられないものの、コリンが大きく弾かれた。

 そして左側のシルはマーくんが対処してくれていた。反射的に【瞬動】を使ってシルへと接近。俺に刃が振り下ろされる直前で、跳び蹴りを食らわせていたのだ。

 舌打ちをしながら後退するシル。彼女の首元より、コリンと同じ『身代わりのネックレス』が崩れ落ちた。


「助かったぜマーくん、以心伝心だな」


「私たちならば当然だ。それよりも、気付いたか?」


「ああ」


 短剣を殴った拳を見つめる。

 相手から伝わる衝撃は完全に無効化した……はずが、それでもわずかに震えていた。

 

「コリンの奴、ものすごい威力の一撃を叩きこんできやがった。それにパワー特化のシルのほうも、コリンと同じくらいの速さで攻めてきたし……」


「うむ、能力共有とはそういうことだろうな」


 つまり、スキルの共有。

 それによって一人のプレイヤーに一つしか効果の適用されない『特定ステータス三倍化』のスキルを、二人とも同時に発揮してやがるんだ。

 俺は少女たちを睨みつける。最強の速度と最高の攻撃力を併せ持った、二人で一人の化け物たちを。

 

「流石はユーリさん、超高速の奇襲によく対処できましたね」


「並みの相手ならキョドって終わりだったでしょうよ。アイツ、ステータス馬鹿の教皇おっさんと密室で殺し合った経験があるから」


「どんな経験ですか……。でも、私たちの頭数はそいつの倍です。そして……!」


 片手を掲げる少女たち。すると虚空より、二振りの刃が現れた。

 巨大な大剣と鋭利な短剣だ。一体何だと思いきや、コリンが開いた片手に大剣を握り、シルのほうは短剣を手にしたのである……!


「っておい……ブレスキって基本、最初に選んだ武器の種類しか扱えないはずだろ。まさか……!?」


「えぇその通り。【殉愛至極のエンゲージリング】は、武器の使用権すら共有します。――さぁ、これで手数は四倍ですよぉ!」


 叫ぶのと同時に、二人の姿が掻き消えた。

 今度は単純な奇襲などではない。俺とマーくんを中心として、周囲の建物を飛び交い始めたのだ。

 薄桃色の残光が舞う。俺たちの周りに、光の檻が形成されていく。

 次第に狭くなっていくその範囲に、マーくんが呻いた。


「クソッ、目で追いきれない。まずいぞあるじよ……いつ来るかわからない超高速の四撃など、対処があまりに難しすぎる」


「ああ。【神殺しの拳】で防ごうにも、文字通り手が足りないな……」


 まぁ俺たち二人でデカい盾を二つ持つって策もあるが、あの超パワーの前には無力だろう。つくづく凶悪なコンビだよ。

 苦笑する俺に、二人の少女の声が響く。


「さぁユーリさんっ、そろそろぶっ殺しますよぉ! その後はシルをぶっ殺して、私こそが最強になるんですッ!」


「超高速の状態には慣れたわ。そっちのコピー女にはもう殺されない。手向けの花にはコリンの首を添えてあげるから、どうか大人しく死んで頂戴」


 ……お前ら相変わらず仲が悪いな。お互いを殺そうと思いながら殺しに来るコンビがいるかよ。

 そのくせ、俺とマーくん並に息ピッタリとかどうなってんだか……。


「はぁ……これはもう、矢を打ち込んでも意味がないな。弦を引いてる間に終わりだ」


 というわけで――俺はこの窮地の場面で、弓使いをやめることにした。

 弓をそのへんにポイっと捨てる。なんかさっきまで『前衛はマーくんに任せて、俺は真面目に弓兵やるぜ』とか考えていた気がするが、もういいわ。

 そんな俺に、マーくんが「えぇッ!?」と本気で混乱する。


「ゆ、弓を捨てる悪癖が再発したっ!? ぁっ、ぁっ、あるじよっ、それは何かの演技で……?」


「いや、本気で『弓使いって不遇だなぁ』って思っただけだ。だってゲーム後半であんな音速じみた敵が出てきたら弦を引く手間がめちゃくちゃネックになるじゃねえか。たとえホーミング技があろうがソコだけはどうしようもないだろ弓使い。それを考慮せずスピードに制限つけないとかマジで運営この野郎運営……」


「あるじよッ!?」


 涙目になって慌てる相棒。そんな彼を横目に、俺は拳を打ち鳴らした。

 別に戦いを諦めたわけじゃないさ。 


「よぉし愚痴ってスッキリしたぜ。――安心しろよ、マーくん。ヤケになって弓を捨てたわけじゃない。これで両手で【神殺しの拳】を使えるようになっただろ?」


「ぁ、ああっ……!」


 それに、


「マーくんは背中だけ守っててくれ。ヤツらの攻略法なら、すでに見つけた!」


 宣言と共に、足元に召喚陣を出現させる。通常のものではない禍々しいデザインのものだ。

 薄桃色の檻の中、闇色の魔力光が邪悪に輝く。

 

「コリンにシルッ! 速さを極めたお前たちだが、今のHPはたったの1! ならば、お前らに追いつける使い魔を出せばいいだけだッ!」


「「っ!?」」


 二人が息を飲んだのが分かった。

 イベントなどで知っているはずだ。一撃加えることだけに特化した、極限のスピードを持つ合成魔獣『キメラティック・ライトニングウルフ』の存在を!


「これで終わらせる! 【禁断召喚】ッ! 現れろ、キメラティックッ」


「「させないッ!」」


 かくして次瞬――前方と頭上から、超高速の二刀流が迫った。

 召喚は完全に間に合わない。そして対処すらもできない。

 人間の反射速度は約0.2秒……少女たちの攻撃の前には、あまりにも遅すぎる。

 認識してから防御するまでの間に、俺は間違いなく四つ裂きとなるだろう。


 だが、


「オラァッ!」


 すでにこの時、俺は両拳を突き出していた。

 そう。『キメラティック・ライトニングウルフ』を出せば終わる……それゆえ相手が必ず止めに来るだろうと信じ、最初から召喚中にブン殴る気マンマンだったのだ。

 まぁ、もちろん狙いまでは付けられない。本当にとりあえず拳を突き出してみましたって感じの、アホみたいなダブルパンチだが――、


「くぅッ!?」


 ――要は、どこかに当たればいいんだよ。

 前方から攻めてきた相手、シルが声を漏らした。

 身体には当たっていない、が。右の拳が大剣の一部にヒットしたのだ。それによってスキル【神殺しの拳】と【魔王の波動】が発動し、彼女は片手の短剣を振るう間もなく後方に弾き飛んでいく。


「やってくれるじゃない……でもっ!」


 しかし弾かれていく直前。その表情は勝ち誇ったものになった。

 ああ、それはそうだろうな。視界の中に現れたシルは、あくまでも陽動だろう。

 本命はコリンか。彼女ならば超高速の戦闘にも慣れているしな。それで死角となる頭上を譲ったわけだ。


「でも悪いなぁ」


「えっ」


 後ろに飛ばされる中、シルの瞳が大きく開かれた。

 なぜならこの時……俺の頭上にいたコリンが、死亡していたからだ。


 ――彼女の小さな身体には、横合いから『弓』が飛んできていた。



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