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まさか、この村にモンスターがいたなんて……しかもこの状況、完全に待ち伏せだ。
いったん退却してティアちゃんたちに助けを求めることも考えたが、シロちゃんミントちゃんを置いたまま逃げるわけにはいかない。
イヴちゃんを見ると、彼女の瞳は怒りに燃えていた。
先制攻撃はイヴちゃんの得意技。それをやられてしまったから悔しいんだろう。
声をかけようとしたが口封じされているせいで、もごもごなるだけだった。
目で合図を送ると、力強く頷かれた。
姫騎士を目指すイヴちゃんの辞書に逃走の二文字はなさそうだ。
こうなったら……やるしかないっ!!
私が腰の剣を抜いているうちに、すでに大剣を構えたイヴちゃんは先陣きって敵に向かっていっている。
急いで後を追うと、コボルトたちも二手にわかれて迎撃体制をとった。
1匹のコボルトが私の前に立ちはだかる。
相手は格闘で戦うつもりのようだ。木製のナックルダスターを装備しており軽快なステップを踏んでいる。まるでベルちゃんみたいに。
イヴちゃんのほうはどうだろうと横目で様子を伺う。彼女が相手をしているコボルトも同じ格闘スタイルだ。
ただ違っていたのは、背中にカゴを身に着けている点。
その大きな背負いカゴの中には色とりどりの鳥の羽根……おそらくレインボーハミングバードのものであろう羽根がいっぱい入っていた。
……アレ、なんだろう?
よそ見しているうちに目の前のコボルトが動いた。
私は視線を敵に戻して盾を構える。
素早い踏み込みの後、鋭いパンチが飛んでくる。
私はそれを盾で受ける。右、左のコンビネーションパンチ。ガツ、ガツと木どうしがぶつかり、乾いた音をたてる。
ベルちゃんは拳の威力を落とすためのグローブをしていたけど、こっちは威力をあげるナックルダスターをしている。
だからかなりパンチが重く感じる。
反射的に一歩退くと、続けざまに放たれたローキックが空振りした。
このカンジ……やっぱりベルちゃんだ。彼女の戦い方にソックリだ。
もしかしたら格闘の基本形なのかもしれないけど、よく似てる。
稽古をつけてくれたベルちゃんに心のなかで感謝しながら、攻撃パターンを思い出す。
たしか次は……。
前蹴り!
姿勢を低くして、その蹴りをガードする。
ベルちゃんと同じ、押し出すような蹴り。私は後ずさりしながら、バランスを崩すことなくそれを受けきる。
やっぱり同じだ。どれも強力な攻撃だけど対処方法がわかっていればなんとかなる。
でも防御ばっかりじゃラチがあかない……反撃しなきゃ。
ベルちゃんが言ってた。大きな技ほどカウンターを受けたときのダメージも大きくなる。
それに肉体的だけじゃなく、精神的ダメージも上乗せされてその後の戦いが有利になるらしい。
よし、それなら……次のチャンスに最大の一撃を叩きこんでやる。
私は剣の柄をしっかり握りしめた。
コボルトは次々と攻撃を放ち、私はそれらをすべて受け流した。
いなしつつバレないように、草の上から土の地面へと移動する。
放つ攻撃をことごとく受け流されたコボルトは焦っているようだった。犬顔なので表情はわからないが、舌を垂らしたままハッハッと息を荒くしている。
足元をチラリと確認したコボルトは、足を振り上げそのままボールを蹴るような動きで振りおろした。
その軌跡上には拳くらいの大きさの石が落ちている。
……来る!
いままでしっかり構えていた盾をおろし、剣を逆手側に握りなおす。
蹴りあげられ顔めがけて飛んでくる石を、振りあげる剣で弾きかえす。その勢いのまま、頭上に振りかぶった。
連携攻撃に入ったコボルトはスライディングを放とうとしている。
こっちの迎撃準備は整った。調子をあわせてスキだらけなとこに思いっきり剣を突き立ててやる!
「んごごぉぉぉぉーっ!!」
「くらえぇぇぇぇーっ!!」って叫んだつもりだったけど、口をふさがれているから変なうめき声になってしまった。
でもタイミングは完璧。コボルトが足元に滑り込んでくるところにちょうど私の剣が上から襲いかかる。
……もらった! これはもらった!!
切っ先がコボルトの無防備なおへそに突き刺さる直前、私の脇腹に何かが激突した。
「むぐっ!?」
吹っ飛ばされるほどの大きな衝撃。肺が圧迫され、鼻息となって勢いよく絞り出される。
それは、もう一匹のコボルトの横からの飛び蹴りだった。
身体をくの字に曲げたままぶっ飛んだ私は地面に叩きつけられ、ゴロゴロ転がった。
渾身の一撃をくらわせるのに全神経を集中していたおかげで、横から迫る渾身の一撃に気付けなかった。
カウンターを取りに行って逆にカウンターをかまされてしまう形となってしまった。
これはキマったと思ったのに途中で邪魔されて、かなりへこむ。ベルちゃんの言うとおり精神的ダメージが大きい。
立ち上がらなきゃと身体を起こそうとするけど、動かない。
苦しい。苦しくて息をしたいけど、息を吸うだけで激しい痛みが走る。口の中に血の味が広がった。
あの蹴りで、あばらが折れたのかもしれない。
なんとか上半身だけ動かしてあたりの様子を伺う。
イヴちゃんはすでにノックアウト済で、クロちゃんと折り重なるようにして地面に大の字に倒れている。
さらなる追撃を覚悟したが、なかった。
もう勝利を確信したのかコボルトたちは私を一瞥もせず、古い巣箱の相手をはじめた。
古びた木板を拳一撃で破壊したコボルトは、中の七色蜜を見てお尻のあたりに生えているしっぽを激しくパタパタしだした。どうやら興奮しているようだ。
もしかして……狙いは七色蜜!?
コボルトたちは七色蜜が欲しかった。それでレインボーハミングバードをなんとかする方法を探してたんだろう。
目的を同じくする私たちの作戦が成功したのを見て、横取りすることを思いついたんだ。
ずる賢い二匹の犬は輝く七色蜜を見て大喜び。初めて雪を見た犬のごとくまわりを駆け回っている。
時折ペロリと舐めて味見をしてはしっぽをちぎれんばかりに振っている。
そんな、あと一歩だったのに……このままじゃ持ってかれちゃう!!
なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ……でも、どーしよう!?
玉砕覚悟でひとりで突っ込んでみる? それとも今からティアちゃんたちに助けを求める?
でも身体を起こすのもやっとなのに……到底それらが成功するとは思えない。
もう……今の私はボロボロ。
苦しい。身体の痛みはどんどん大きくなってくるし、息をするのもやっとの状態だ。
ああ……万策尽きた……か……な……。
あと一歩……あと一歩で七色蜜が手に入るところだったのに……。
シロちゃんはなおも素敵な音色を奏でている。
イヴちゃんクロちゃんは倒れたまま動かない。
ミントちゃんは……?
見ると、吊られたままの彼女は逆さまの体勢でスリングショットを構えていた。
風にあおられてブラブラ揺れて、なんだか狙いにくそうにしている。
ミントちゃん……。私は名前を呼んだが、もごもごしただけだった。
彼女はあんな状態だというのにまだあきらめず、反撃しようとしている……。
……。
…………。
シロちゃんへの言葉が、頭をよぎる。
……よし。
…………よぉしっ!
ミントちゃんがあきらめない限り、私もあきらめない……!!
最後まで、最後まであがいてやるっ……!!
意を決した私は袖をまくりあげたのち、
「むぐっ……んぐふぅっ!!」
口に張り付いたトリモチを取るべく、口の周りを激しくかきむしった。
痛い。痛いけど……負けるもんかっ!!
バリバリとひっかきまくっていると、爪先にぬるっとした感触があった。たぶん血が出たんだ。
爪も口のまわりもズキズキする。だけど、だけど、だけど……へっちゃらだっ!!!
「……ん! んむむ……!! んぉぉおおおおおおぉぉぉっ!!!」
私は声なき絶叫とともに、爪で自らの肉をえぐった。
ブチブチという音と共に、皮膚が剥がれたかと思うような感触と痛みが襲う。
後先考えない乱暴な手段を用いてようやく、口のトリモチを剥がすことができた。
やった……やっと取れた。封じられていたのはほんの数十分だったけど、なんだかすごく解放された気分になる。
だけど……痛い! 痛い!! 痛いっ!!!
そよ風に触れただけだというのに、口のまわりにとんでもない激痛が走る。
額からぶわっと脂汗が溢れ、口のまわりから流れ出た血と混ざり、ボタボタとアゴから滴り落ちる。
きっとひどい顔になってるよね……意識も朦朧としてる。……このまま痛みに任せて気を失えたら、どんなに楽だろうか。
でもっ……! まだまだ……!! まだまだ終われないんだっ……!!!
血まみれになった拳でこめかみを殴り、気合いを入れなおす。
少しだけハッキリした意識と、ようやく自由になった口。大きく息を吸い込む。
「……スィーラ・サティル・リブレ……」
続けざまに私は唱えた。静電気の呪文とともに、私が使えるたったふたつの呪文のひとつを。
ママが教えてくれた、秘密の『勇者の呪文』。
直後、私の身体が落雷が落ちたようにビクッと跳ねる。
脳が痺れるような感覚が走り、背筋がゾクゾクっとした。
そして内側からチカラが、やる気が、勇気ががわいてくる。
もう動かないかと思っていた身体が……動くっ!!
新たに生まれた力を得た私は一気に立ち上がり、ミントちゃんの元へと走った。
「ミントちゃんっ!」
揺れる彼女の背後に回り、両手で支える。
ミントちゃんの身体に触れると、ますます力がわいてくるような気がした。
彼女は引き絞ったスリングショットをコボルトに向けている。
コボルトたちはなぜか睨みあい、ウーウー唸っている。
おそらく分け前でモメてるんだろう。お互いを七色蜜に近づけないように威嚇しあっているようだ。
ミントちゃんの構えるスリングショットには見覚えのある弾が装填されていた。穴の中でさんざん見たドングリだ。
このドングリ……ミントちゃんいわくよく当たるそうだけど、威力のほうはどうなんだろうか。
だが今は……ミントちゃんを信じるしかない!
私は彼女の狙いが安定するように身体をしっかりと押さえた。
ついにミントちゃんの手から、運命の一撃が放たれる。
ゴムの力で勢いよく撃ちだされたドングリは、いがみあうコボルトたちめがけてまっすぐに飛んでいく。
しかし、風切音とともにコボルトたちのちょうど真ん中を通過してしまった。
あ……あれっ……? ハズレ……ちゃった?
標的の遥か向こうに飛び去ったドングリは斜面の下に消えていく。
少ししてパァンと破裂するような音が響いた。
破裂するなんてなかなか威力のありそうなドングリだけど……当たらなければ意味はない。
それにミントちゃんは次弾を撃つことはせず、スリングショットをポイとよそに投げ捨ててしまった。
まるで自分がやったのを誤魔化そうとしているようだったが、コボルトたちには通用しなかった。
撃った主は誰だかすぐにバレて、ふたつの犬顔が私たちを見る。
内輪モメが一時中断され、ふたつのスリングショットがこちらに向けられた。
慌ててミントちゃんを庇うために前に出て、盾を構える。
普段の彼女ならスリングショットの弾くらいなら涼しい顔してかわしそうだけど……今それを期待するのは厳しそうだ。
だから……私が守らなきゃ!
コボルトたちが装填している弾はトリモチではなさそう。なんだか殺傷能力の高そうなトゲトゲしい鉛弾だ。
当たったら……すっごく痛そうだなぁ……。
でもミントちゃんがいるから避けるわけにはいかない……全部受け止めてやる。
私はいよいよ覚悟を決めて、盾をしっかり構えた。
突如、コボルトたちの背後から虹色の間欠泉が湧き上がる。
「……ええっ!?」
私は思わず声をあげてしまった。
傾斜の向こうから極彩色の鳥たちが大挙として出現。
噴き出した泉のようなそれは……虹色渦巻く嵐へと形を変えた。
なぜここにきて、レインボーハミングバードが……?
少し考えて、私はハッとなった。
「もしかしてミントちゃん……下の巣箱を狙ったの……?」
尋ねると、逆さになったままのミントちゃんは頷き、悪戯っぽく微笑んだ。
なんだかこんなに無口なミントちゃんは新鮮だ。
でも……なんというミラクルショット。
彼女の狙いはコボルトたちじゃなく、レインボーハミングバードをこっちに呼び寄せることだっだったのか!
ちょうどスリングショットを構えていたコボルトたちに、怒れる蜂鳥の大群は一斉に襲いかかった。
完全に濡れ衣だけど……一気に形勢逆転だ!!
ブオンブオンと燃え盛るような羽音をたて、あっという間に2匹の犬を飲み込む。
犬たちは反撃を試みるが、全くムダだった。言うなればそれは炎を相手にしているようだった。
色でこそカラフルだが、中にいるコボルトたちは悲鳴をあげながらのたうち回っている。
が、いくら暴れても、その火は消えることはない。
やがて、虹色の炎に黒い霧がまざる。それはちょうど人型をしていて、まるでコボルトの全身が焦げたようにも見えた。
人の形をしたそれはゆっくりと型崩れしたあと煙のように立ち上り、狼煙のごとく天に昇っていった。
コボルトがいた所には……何枚かのゴールドが残されていた。
私たちを奇襲し、全滅寸前まで追いやったモンスターたちはレインボーハミングバードによって倒されたのだ。
「や、やったぁ!!」
私は両手を高らかにあげる。私たちが倒したわけじゃないし脇腹もズキンと痛んだが、それ以上に嬉しかった。
ミントちゃんも逆さになったままバンザイしている。
でも……その喜びも束の間。
コボルトを葬った七色の嵐は勢いも衰えず、今度は私たちのいる方向に進路変更した。
あ……ひょ……ひょっとして……次は私たちの番!?
そっか……でも……やっぱり……そうだよ……ね。
着ぐるみを着てない私たちはコボルトたちと同じ、テリトリーを荒らすただの敵に見えてるんだろう。
今度こそ私は覚悟を決めた。
とてもあの群に立ち向かえるだけの力はない。
だけど……あきらめてたまるか。絶対に。
……そうだ! 鎖を切ればミントちゃんだけでも……!!
そう思った次の瞬間、群れから飛び出した一匹のレインボーハミングバードがまるで放たれた矢のような勢いで飛来し、クチバシで鎖を切っていった。
鉄でできてる鎖をあっさり切るなんて……魔法の鎧を貫通するだけのことはある。
拘束を解かれたミントちゃんが落ちてきて、私はそれを受け止めようとして一緒に地面に倒れてしまった。
震えるような羽音に囲まれる。倒れた私とミントちゃんは虹の輪に完全包囲されていた。
くっ……間に合わなかったか。これじゃ、逃げれない……!!
ああっ……とうとう本気で覚悟を決める時がきたようだ。
そっ……そうだ! せめてミントちゃんを守れれば……!
私は小さな彼女に覆いかぶさり抱きしめる。
鎖をあんなにあっさり切るクチバシに突かれまくるのは、いったいどんなカンジなんだろう……。
目を閉じて、身を固くすると……だんだん羽音が迫ってきた。
……。
…………。
………………。
あ、あれ……? 痛く、ない?
鋭い切っ先のかわりに感じたのは、まるで羽毛布団をかけられたみたいな……やさしい感触。
なんだかふわっとしてて、あたたかい。これと同じ肌触りを、私は一度経験している。
も……もしかして……?
おそるおそる目をあけると、まわりには羽根を広げたレインボーハミングバードたちがつぶらな瞳で私を見ていた。
顔をあげると、倒れているイヴちゃんクロちゃんにも七色の鳥たちが覆いかぶさっていた。
さらに遠くには、傾斜を駆け上がって来るシロちゃんが見えた。
シロちゃんは泣きそうな顔でこっちに走ってきていたが途中でヘッドスライディングするような勢いで転んで、私たちと同じくレインボー布団のお世話になっていた。
ああ、よかった……私は胸をなでおろす。
なぜかはわからないけど、レインボーハミングバードたちは私たちを仲間だと思ってくれたようだ。
……ひと安心した私は、心地よい羽毛の感触をもうちょっとだけ味わうことにした。




