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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
番外編:ナイン・ブライダル
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ユリー

 ログハウスの玄関ドアを颯爽と開けると、そこには誰もいなかった。

 居間や浴室に続く廊下は、留守であるかのように静まりかえっている。


 最後のお嫁さんはユリーちゃんのはずなんだけど、彼女の性格からすると猛牛のように飛び出してくるはずなのに……もしかして、本当にいないのかな?


 なにかズリズリと擦るような音が、かすかに聴こえる。

 耳をすましてみると、それはどうやら裏庭のほうからしているようだった。


 ユリーちゃん、裏庭にいるのかな?

 私はいったん玄関扉を締め、外から裏庭に回り込んでみた。


 そして……悲鳴を吸い込んでしまう。



「ヒイッ!? く、クマ!?」



 岩みたいな巨大な毛むくじゃらが、ずり、ずりと這いずっていたんだ……!


 たしかにこのあたりにもクマは出るけど、山奥に行かないといないはず。

 まさか人里まで降りてくるだなんて……!


 私はすぐにでも逃げ出したい気持ちにかられた。

 でも寸前で、生存術で習った知識がブレーキをかけてくる。


 そ、そうだ……!

 たしかクマって、逃げると追いかけてくるんだっけ……!


 クマと会ったときは、大きな声を出して威嚇するか、死んだフリをするといいって聞いた……!

 大きな声はイヴちゃんくらいの声量がないとダメらしいので、死んだフリだ……!


 コッチはかなりの演技力が必要らしいけど、他に選択肢がないからやるしかないっ……!


 私は意を決して、一世一代の大勝負に出た。



「……うぐうっ! 完全にやられたぁーっ!」



 左手で心臓を押さえ、右手で宙を掻きむしる。

 精いっぱい嫌なことを思い浮かべ、苦悶の表情とともにヒザをつく。


 そのまま前のめりになって倒れようとしたんだけど、



「ううっ……!」



 クマは人間のような悲鳴をあげて、私より先に地に伏してしまったんだ……!


 そのとき私はなぜか、魚のフライだと思ってタルタルソースをつけてかぶりついたらトンカツだった時のような、妙な気持ちになってしまった。


 嬉しい気持ち半分、肩すかし半分でヒザ立ちからなおる。


 おそるおそるクマに近づいてみた。

 怖さのあまり気づかなかったけど……よく見たらクマはかなり怪我をしていて、ところどころ血が滲んでいる。


 誰かにやられたのかな……?


 それに、手首に何か赤い筒のようなモノがあって、針金でグルグル巻きに縛り付けられていた。

 赤い筒からは長い線のようなものが伸びていて、なぜか裏口から、家の中へと繋がっている。


 なんだろう、コレ……?


 もっとよく見ようと思ってしゃがみこんだ瞬間、クマと地面の間から血まみれの手がズボッと出てきて、私はまた悲鳴を飲み込んだ。



「ひゃあっ!? に、人間の手……!?」



 そのちいさな手に、私は見覚えがあった。

 幼い頃は毎日のように繋いでいた、その手……!



「ゆ、ユリーちゃん!?」



 慌ててその手を掴み、畑の株を抜くように、うんしょ、うんしょと引っ張る。

 すると、頭から血を流しているユリーちゃんの顔がずるんと引きずり出された。



「ユリーちゃん、大丈夫!? しっかりして! いま出してあげるからね!」



 彼女の脇を両手で掴んで、大きな赤ちゃんを取り出す産婆さんのように、ひと思いに取り上げる。

 ユリーちゃんはクマ以上にボロボロだった。


 だ、誰か、人を呼んでこなきゃ……!



「ま……待っててね、ユリーちゃん! 助けを呼んでくるぅわぉっ!?」



 走り出そうとしたところで足首をガッと掴まれ、私は前のめりになって、地面に叩きつけられてしまった。



 ……ずべしゃっ!



 思いっきり鼻を打っちゃったけど、今はそれどころじゃない。

 私は振り返って叫んだ。



「は、離してユリーちゃん! 人を呼んでこなきゃ!」



 しかし、ユリーちゃんは土と血にまみれた顔を、力なく振った。



「俺は大丈夫だ……このくらいの怪我、ツバつけときゃ治る……! それよりも、行くな……! 俺のそばにいてくれ……! せっかく作ったお前との時間を、他のヤツらに邪魔されてたまるかよ……!」



 いつにない彼女の執念を感じた私は、つい「わ、わかった……」と頷いてしまった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 といっても満身創痍のユリーちゃんを中庭にほっとくわけにはいかず、私は彼女に肩を貸して、裏口から家の中へと運んだ。


 居間の中は木組みのレールやらワイヤーやらが張り巡らされていて、それをよけて運ぶのにひと苦労。

 緊急なので壊しちゃおうかと思ったんだけど「やめろ、せっかく作ったんだ……!」とユリーちゃんから止められてしまった。


 それでもなんとか彼女を居間のソファに寝かせて、応急処置をしようとしたんだけど……今度は手首をガッと掴まれる。



「行くなっていってんだろ……! 今は、俺のそばにいろ……!」



 ちょっと救急箱を取ってくるだけだから、と言ってもユリーちゃんは納得してくれなかった。

 すごい力で手首を握って離してくれなかったので、私はとうとう根負けする。


 せめてと思って、私が使える唯一の治癒魔法……『いたいのいたいのとんでいけ』をかけようとしたんだけど、やめておいた。


 『いたいのいたいのとんでいけ』は治癒魔法のなかでも一番初歩のやつで、一時的に痛みを和らげてくれる。

 でも、ケガは一切治らない。


 ユリーちゃんの性格からいって、痛みがなくなったとわかれば絶対ムチャをするに決まってる。

 そうなるとさらにケガがひどくなっちゃうから、痛いままでいてもらったほうが大人しくなるんじゃないかと思ったんだ。


 そんな私の思惑も知らず、ユリーちゃんは血と土で汚れた顔を、ヘヘッと少年のようにほころばせた。



「……お前、クマの手が食いたいって言ってただろ」



「……!? もしかしてそれで、クマを!?」



 私はハッとなる。


 幼い頃の私は、未知なる食べ物に憧れる女の子だった。

 まぁ、今もそうなんだけど……当時、聖堂主様に読み聞かせてもらった絵本の中に『熊の手の煮込みステーキ』という食べ物が出てきたんだ


 クマを食べるという発想がもともとなかったうえに、しかも手を食べるだなんて……! と幼い私はカルチャーショックを受けた。


 そしてユリーちゃんに「熊の手が食べたい!」と言ったことがあるんだ。

 すると彼女は「なら、狩りに行こう!」と言って私を引き連れ、山に向かったんだ。


 目的のクマは見つけられたんだけど、ミントちゃんより幼かった私たちが狩れるはずもなく……当然のように追われた。


 逃げる最中何度も転んで、崖を落ちたりして……いまのユリーちゃんみたいに私たちは大怪我をしたんだ。


 それでも逃げ切れなくて、袋小路の岩山に追い詰められたんだけど……その時ユリーちゃんは、私が持っていた木刀を奪って二刀流にして、



「さぁ来い、クマ公! リリーに手出しはさせねぇ! この俺が相手だっ!!」



 って勇ましく守ってくれたんだよね……。

 いま思えば、それがユリーちゃんの初めての二刀流だったかもしれない。


 それで、私たちが結局どうなったかというと……意外な人物に助けられた。


 いつもは街にいるはずの聖堂主様が、狂ったような雄叫びとともに茂みから飛び出してきて……ふとん叩きを武器に、クマをボコボコにしちゃったんだ。


 あの時の聖堂主様、すごかったなぁ……いつも厳しくて怖い人なんだけど、あんなに恐ろしい聖堂主様を見たのは初めてだった。


 神の使いというより、地獄の使いみたいな迫力だったんだよね……。


 クマですら一歩も退かなかったユリーちゃんが腰を抜かして、私といっしょに抱き合って泣き出すくらいだったから……彼女にとっても相当なものだったんだろう。


 クマを撲殺した聖堂主様は、私たちの傷を治癒魔法であっという間に治してくれて、それから力いっぱい抱きしめてくれた。


 そして無事に街まで戻ったあとは、げっちょげちょに叱られちゃったんだよね……。



「……ガキの頃、邪魔が入ったせいで食わせそこねちまったのが心残りだったんだよな……」



 どうやら、ユリーちゃんも同じことを思い出していたようだ。



「だが、それも今日で終わりだ……! リリー……! コイツをあの台に乗せてくれ……!」



 ユリーちゃんは小さな玉を私に握らせたあと、食卓を指さす。

 テーブルの上には木組の台……おもちゃの滑り台みたいなのがセッティングされていた。


 彼女の思惑が、なんとなくわかった。

 私がウンと頷き返すと手首を離してくれたので、食卓へと向かう。


 血に汚れた玉を、滑り台の上にコトンと置くと……勢いよく滑り出した。


 玉は部屋中にあるレールの上を移動し、あっちに転がり、こっちに転がりして、仕掛けを作動させる。


 振り子を使って別の玉をレールに乗せたり、重りを使って高いところに移動したり……。


 こういうカラクリは、私も遊びで作ったことはある。

 でもここまで大掛かりで凝った仕掛けは初めてだ……!


 こんな時だというのに、私ははしゃいでしまった。



「すごいすごい、ユリーちゃん! よくこんなの作ったね……! ユリーちゃんがこんなに器用だなんて、知らなかった……!」



「へへん、そうだろう!? 細かいところは村のヤツらにやらせたんだけどな!」



「……えっ、村の人たちに手伝ってもらったの?」



「こっちを向くなって! いい所なんだから、よっく見てろ!」



 私は慌ててボールに注意を戻す。

 するとちょうどいいタイミングで、台所に敷き詰められていたドミノが一斉に倒れた。


 浮かび上がった文字には、



『結婚! 結婚! 俺と結婚!』



 と実にストレートなプロポーズが。


 ……原始人のような語彙の少なさはともかく、私は嬉しくて胸がいっぱいになる。


 カラクリ仕掛けは佳境へと入った。

 カタンとロウソクが傾いて、ヒモのようなものに火が灯る。


 それはチリチリチリチリと火花を散らし、どんどん短くなっていくので、導火線であるというのがわかった。


 行き先を目で追ってみると、裏口から外の庭へと繋がっているようだ。



「クライマックスだ、リリー! 窓から外を見てみな!」



 ……なんだろう!?

 クライマックスというからには、すごい仕掛けがあるんだろうか!?


 それに外にまで飛び出したということは、相当な大仕掛けに違いない……!


 私はときめきで弾む胸を抑え、窓に駆け寄ろうとしたんだけど、



「ゴアァァァァァァァァァァッ!!」



 突如の裏口からの乱入者に、三度(みたび)悲鳴を飲み込んでしまった。



「……ヒャアッ!? またクマっ!?」



 他でもない、裏庭に放置しておいたクマが息を吹き返して、仕返しに来たんだ……!

 ソファから「チッ!」と鋭い舌打ちが聞こえる。



「最後に発破でアイツの手をブッ飛ばして、窓際にいるリリーに新鮮な熊の手をプレゼントするつもりだったのに……! クソッ、こんなことならトドメを刺しておくんだった……!」



 私は想像する。

 爆音とともに、ちぎれた熊の手が窓ガラスを破って飛び込んでくる様を。


 そして戦慄した。

 ……そ、そんなプレゼント、ホラーでしかないよっ!?


 私は悲鳴を飲み込みすぎるあまり、呼吸困難になりそうだった。

 もう引きつけを起こしそうだったけど、それどころじゃない……!



「発破……ってことは爆発するってこと!? に、逃げなきゃ!!」



 私は心臓が止まりそうな思いでユリーちゃんに肩を貸して、家から逃げ出す。

 さっきまでのときめきを返してほしい気持ちでいっぱいで。


 壁をひっかくようにして廊下を走り、蹴破るようにして玄関扉を開け、転がるようにして階段を降りる。

 なんとか起き上がって、背後も振り返らず走り出そうとした直後、



 ……ドッガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 爆風に背中を突き飛ばされ、ふたりして吹っ飛んでしまった。


 見ると、屋根どころか壁まで吹き飛び、燃えさかる土台だけとなったログハウスが。


 やっぱり……!

 ユリーちゃんのことだから、発破の火薬(ひぐすり)の量を絶対多くしてあるだろうと思ったけど、まさか家まで吹き飛ばすほどだったとは……! 逃げてよかった……!


 しかしホッとひと息つくヒマもなかった。

 なぜならば……燃える家をバックに、背中をメラメラさせるクマが立っていたから……!



「チッ! あのクマ公、発破を手から外しやがったのか……! なんてヤツだ……! どいてろっ、リリーっ!」



 私の前にいたユリーちゃんは、クマを睨みつけながら立ち上がった。

 ソファで休んだせいか身体に力は戻っているようだけど、そのケガでクマと戦うのはムチャだ。


 ……私をかばうようにして立つ、その背中……。

 少し大きくなってはいるけど、ちっとも変わってない……!


 無謀で、向こう見ずで……不器用すぎるほどまっすぐな、子供の頃のユリーちゃん、そのまんま……!


 彼女はなにかを探すように背中をさすったあと「しまった!」と叫んだ。



「おい、リリー、剣かせ! 俺のヤツは、家に置いてきちまった……!」



 そう言って差し出された後ろ手を、私はギュッと握りしめる。



「じゃあ、逃げよっ! 私も剣、置いてきちゃった!」



「なんだとぉ!? ……くそっ、しょうがねぇな……!」



 ユリーちゃんはもうだいぶ回復していたので、私は彼女の手を引いて駆け出した。


 そのまま、どこまでもどこまでも走る。

 背後から迫ってくる獣の咆哮に追い立てられながら。


 やがてそれも聞こえなくなったんだけど、走るのをやめなかった。


 そのまま、いつまでもいつまでも走る。

 なんだか、小さい頃に戻ったような気分で。


 私たちの指は、自然と絡み合っていた。

 そして、いつの間にか……絶対にほどけないくらいに、固く固く結ばれていた。

番外編「ナイン・ブライダル」はこれで終わりとなります。


最初は、帰宅⇒夕食⇒入浴⇒就寝までを全員分描こうと思っていたのですが、1話では足りなかったのであきらめました。

結局、リリーが誰を選んだのかは想像にお任せいたします。


それでは、拙い文章を最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。

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