ティア
ログハウスの玄関ドアを颯爽と開けると、花道が広がっていた。
いや、比喩じゃなくて本当に花の道。
壁や天井が、百合の花で隙間なくギッシリと埋め尽くされていたんだ……!
「り、リリーさぁぁぁぁぁぁぁん……!」
廊下の向こうから、夢見るような声がした。
白馬の王子様に駆け寄る乙女のような走り方で、パタパタ早足で近づいてくる人影。
「おかえりなさいませぇぇぇぇぇぇ……っ!」
クルクル巻いた植物の蔦のような髪が、声とともにはずんでいる。
花柄というか花そのものを身体じゅうにつけているドレスの裾をつまみ、滑るようなすり足。
イヴちゃんよりよっぽどお姫様っぽいその子の正体は……ティアちゃんだった。
「ん……んん~っ!」
私の前に来るなり目をきつく閉じ、タコのようにすぼめた唇を近づけてくる。
……ブバッ!
何事かと思う間もなく、私の視界は赤く染まった。
最初は何が起こったのかわからなかったけど、ティアちゃんの花……じゃなくて鼻から、とめどなく血があふれていたので理解した。
彼女はなぜか興奮していたようで、頭に血がのぼるあまり鼻血を吹き出しちゃったんだと。
「だ、大丈夫!? ティアちゃん!?」
「ああっ、なんということでしょう!? これはとんだ粗相をしてしまいましたわ……!」
ティアちゃんはわたわたしながらドレスの鼻……じゃなかった花をひとつブチッとちぎって私の顔に当ててくる。
どうやら顔にかかった血を拭こうとしているようだが、ホンモノの花だったのであまりキレイにはならなかった。
でも、そんなことはどうでもいいんだ。
「そんなことより、ティアちゃんの血を止めなきゃ。天井を見て……そう」
私は彼女を上に向かせ、首筋を軽くトントンたたいた。
それでだいぶ落ち着いたようだ。
「鼻血が止まったみたいだね。ドレスも血で汚れてるから、着替えよっか。私はその間に顔を洗ってくるから」
「そういたしましょう。でも……帰るなり早々、大変お見苦しいところをお見せいたしましたわ」
彼女は少し元気がないようだ。
私は励ます意味もこめて、ブルブル首を左右に振る。
「ううん、気にしないで! それよりもありがとう! 私が百合の花が好きなことを知って、こんなに飾り付けをしてくれたんだね!」
すると、ティアちゃんはすぐにいつもの鼻高々を取り戻した。
こういうところはイヴちゃんソックリだ。
「そ、そうでしょう? リリーさんがお好きな花で迎えてさしあげようと、せっせと花を集めてせっせとこしらえたのですわ」
「私のために、わざわざそんなことを……ありがと、ティアちゃん!」
私は嬉しくなって、思わずティアちゃんをハグッとした。
すると、肩にプシュッとなにかが吹き付けられる。
それは……彼女が噴出した鼻血だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あの……どこか身体の具合でも悪いの? そんなに鼻血が出るんだったら、無理しなくても……」
「気にすることはありませんわ。ささ、どうぞこちらへ」
着替え終えたティアちゃんは、新しい花のドレスで私を居間へと案内してくれた。
あのドレス、替えがあったんだ……。
それにティアちゃんは気にするなって言ってるけど……本当に大丈夫かなぁ……?
なんてことを思いながら部屋に入る。
なんか薄暗いな……と思った直後、私は息を飲んだ。
まるで洞窟の中で金銀財宝の宝箱を開けたかのように、食卓が光にあふれていたんだ……!
今までとは違う豪華なダイニングテーブルの上に、キラキラの食器たち。
その上には贅を尽くしたようなごちそうが並んでいる。
ロウソクを灯す金の燭台に、なにかのお祝いみたいな大きなアレンジフラワーもあって、ロマンチックかつゴージャスなムードをこれでもかと醸し出していた。
「す……すごい……! これ全部、ティアちゃんが作ったの……!?」
「ええ、もちろんですわ。愛しの旦那様のために、腕によりをかけましたの」
感心しきりの私に気をよくしたのか、いななくゾウのように鼻を高くするティアちゃん。
ロウソクの明かりきらめく瞳でウインクしながら、いたずらっぽく笑った。
「ふふっ、リリーさんがそんなに驚くなんて……さては、アタクシが料理ができないと思っていたんですのね?」
「う……うん、実をいうと、そうなんだ……ティアちゃんってお嬢様だから、そういうのはてっきり使用人さんにやらせてるんだと思って……」
「アタクシがその気になれば、このくらい朝飯前のハミガキ前ですわ。アタクシが『天上の花嫁』と呼ばれているゆえん……これでおわかりになって?」
「うん……すごいすごい、ティアちゃん! ティアちゃんってなんでもできるんだね!」
ふふん、と気取った様子で髪をかきあげるティアちゃん。
その背後には台所が見えたんだけど、なぜか大きな布で覆われていた。
もしかしたら雰囲気を壊さないために布をかけてあるのかな、と思ったんだけど違うようだ。
だって、他のところには布がかけてなかったから。
「……ねぇ、なんでここだけ布がかけてあるの?」
私が近づいた途端、ティアちゃんが血相をかえて飛んできた。
「あっ……!? それに近づいていはいけませんっ!? きゃあっ!?」
床に落ちていた花で足を滑らせ、豪快に転倒してしまうティアちゃん。
何かにつかまろうとして布を引きずり降ろしてしまった。
そこには……もうひとつの料理があった。
食卓と同じような皿に乗せられているんだけど、シルエットはなんだかイビツなやつ。
薄暗くてよく見えなかったので、私はさらに近付こうとしたんだけど……不意に足首がガッと掴まれた。
「そっ……そそそそそそそれは呪われた料理ですわ! 見る者を不幸にするのです! だからすぐに離れて……! 離れてくださいましぃぃぃっ!」
地獄の淵から這い上がるような形相で、必死にすがりついてくるティアちゃん。
その反応で、私は理解した。
しゃがみこんで、彼女をそっと抱き起こす。
「……ティアちゃん、私、こっちの料理が食べたい。……ダメ?」
「な……なりませんっ! その料理を食べたら、一生祟られてしまいますわよっ!?」
「うん、祟られてもいい。祟られてもいいから、こっちの料理が食べたい……! だってこっちも、ティアちゃんが作ってくれた料理なんでしょ?」
食卓にあるほうの料理は、以前ティアちゃんのお屋敷でメイドをしたときに、同じものを食べたことがある。
だから多分だけど……お屋敷のコックさんが作ったんじゃないかな。
ティアちゃんも最初は自力で作ろうとしたんだけど、思うようなのができなかったんだ。
だからこうして布で隠して、大急ぎでコックさんに頼んだんだろう。
でも……そんなこと、しなくていいのに。
私はティアちゃんが作ってくれた料理でじゅうぶん……いや、むしろそれがいいんだ。
ティアちゃんが私のために作ってくれた料理のほうが、ずっといい……!
私は彼女に向かって微笑んだ。
「ふふっ、今日の晩ゴハンは、いっぱい食べれるね……!」
私はさっそくティアちゃんの料理を台所から食卓に運んで、豪華な料理の隣に並べた。
それぞれ二人前にしたあと席につき、「いただきまーす!」とパクパク食べる。
形は変だし、正直、味も微妙……というかマズかったけど、彼女が作った料理だと思うと食が進む進む。
食べ盛りのワンパク坊主のような私を、ティアちゃんは頬杖をついて見つめている。
その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
……見るのはいいけど、涙まで浮かべられると不安になってくる。
なんだか最後の晩餐みたいじゃないか。
「そっ、そんなに見ないでよ、ティアちゃん。まさかこの料理、本当に呪われてるわけじゃないよね?」
すると、彼女はふるふる首を左右に振った。
「いいえ、私の愛がたっぷり詰まっている料理ですわ……!」
感極まった様子のティアちゃん。
「そっか! やっぱり呪われてなんかなかったんじゃない! 安心した! 見てないで、ティアちゃんも一緒に食べようよ!」
「そうですわね、いただきますわ。……グッフゥーッ!?」
ティアちゃんは自分で作った料理を口にした途端、なにかに取り憑かれたような勢いで流し台に向かってダッシュした。
途中、床に落ちていた花で再びすっ転びながら。




