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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
番外編:ナイン・ブライダル
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クロ

 ログハウスの玄関ドアを颯爽と開けると、廊下の向こうに人が立っていた。


 ツヴィ女の制服に、金髪のツインテールの後ろ姿……私はイヴちゃんだと思ったんだけど、なんか変だな? とも思ってしまった。


 イヴちゃんにしては身体が少し小さいような……それに、なんというか彼女独特のお姫様オーラが感じられない。

 人間であるかも怪しい、幽霊のような佇まい……。



「……もしかして、クロちゃん?」



 声をかけると、その人物はゆらりと振り向いた。


 寝ぼけ眼が、ぼんやりと私を捉える。

 喜怒哀楽のどれにも当てはまらないその表情……やっぱりクロちゃんだ。


 彼女は廊下の向こうから一歩も動こうともせず、この世に未練があるかのように私をじっと見つめている。



「あの……クロちゃん、どうしたの……?」



 しかしクロちゃんは返事をせず、ふたたび背中を向けてしまった。

 そしておもむろに金髪のウイッグを外し、別のかぶりものをする。


 再び振り向いた彼女は、ブラウンのポニーテールになっていた。

 たぶん……ミントちゃんなんだろう。



「えーっと、あの……クロちゃん?」



 クロちゃんはまたしても後ろを向くと、今度は黒髪ロングのウイッグをかぶった。

 だぶん……シロちゃんのつもりなんだろう。


 でもそのウイッグは目が隠れるほど前髪が長く、シロちゃんというよりもクロちゃん自身の幽霊っぽさを加速させてしまっている。


 私は彼女をよく知ってるからなんとも思わないけど、知らない人が見たらビックリするだろうなぁ……。


 なんてことを思っていると、ここでようやくクロちゃんは私に近寄ってきてくれた。

 衣擦れの音すら立てない彼女に向かって、当然の疑問を投げかけてみる。



「で……いったいなにをやっていたの?」



「誰に対していちばん興味を示すか、試していた」



「ああ、それでみんなのカツラをかぶってたんだ……でもなんでそんなことを?」



「嗜好調査」



 ……もしかしてクロちゃんはクロちゃんなりに、良いお嫁さんになろうとしてくれてたんだろうか。


 それにしても、嗜好調査って……。

 もしかして誰かのカツラで私が喜んだら、そのカツラのまま過ごすつもりだったんだろうか。


 そんなのありえない。

 だって……この状況であるならば、私の答えはひとつしかないからだ。


 私は彼女に近づくと、そっと黒髪のウイッグを外した。



「いまの嗜好は……やっぱりクロちゃんかな。いつも通りのクロちゃんが、やっぱりいちばん好き」



 私を見上げるクロちゃんの表情は、いつもと変わらない。

 でもなんとなくではあるけど、嬉しいと思ってくれている……ような気がする。


 クロちゃんは「来て」とだけ言うと、お茶くみ人形のように回転、背中を向けて歩きだす。

 彼女の後についていき、居間に入ると……中は不思議な煙とニオイが充満していた。



「うわっぷ!? なここれっ!?」



 私は火事にでもなったのかと、ビックリしてしまう。


 でもクロちゃんは動じる様子もない。

 もうもうとした煙の中でも勝手知ったる我が家のように歩き、奥のテーブルへと向かう。


 そこには、実験器具のようなものが所狭しと置かれていた。


 そして煙の正体も判明する。

 三脚の上、ビーカーの中でグツグツと煮立つ紫色の液体だった。


 私は部屋の外で顔をしかめてたんだけど、クロちゃんからチョイチョイと手招きされてしまったので、勇気を出して中に入ってみた。


 まとわりついてくる謎の煙に、息が詰まりそうになる。

 家の中だというのに、魔女の森をさまよっているような気分だった。


 躓き、ぶつかりそうになりながらもなんとか魔女の側まで行くと、さっきまで煮立っていた液体をビーカーごと差し出された。


 そして魔女は言う「飲んで」と。



「こ、コレを飲むの……? コレ、なあに……?」



 「飲めばわかる」と不安しか湧かない答えが返ってくる。


 私は出された食べ物や飲み物は、なんでも喜んで頂いちゃうほうだ。

 野良猫がおすそ分けしてくれる木の実なんかもモリモリいっちゃう。


 あ、でも、そのへんに落ちてるようなモノはさすがに食べないよ。

 仲良しさんがくれるものだから安心して食べれるんだ。


 イヴちゃんから「リリーを毒殺するのはネズミを殺すより簡単ね。人からもらったものなら猫いらずだってホイホイ食べちゃうだろうから」なんて呆れられるくらいなんだけど……さすがにコレには躊躇する。


 でも、まぁ、さすがにクロちゃんが私を毒殺するとは思えないし……。

 これも彼女なりの、お嫁さんとしてのもてなしかもしれないし……。


 私は迷った挙げ句、ええい、ままよっ! と一気に飲み干した。

 焼けるような苦味が喉から胃に落ちていき、私は思わずグエッとえづいてしまう。



「……に、にがぁ~い! の、飲んだよ、クロちゃん……コレ、なんなの?」



 その答えはいたってシンプルだった「惚れ薬」と。



「惚れ薬? ってことはコレを飲んだら、私がクロちゃんのことが好きになるってこと?」



 魔女の黒いフードが、前後に揺れた。



「なんだ、それならそうと言ってくれればいいのに……惚れ薬だとわかってれば、飲むのに勇気なんていらなかったのに」



 クロちゃんのことがいま以上に好きになれるんだったら、水がわりに飲んじゃうよ。

 そんな大好きな魔女さんは、私のことをじーっと見つめるばかり。



「……どう?」



 澄んだ上目遣いが、ほんのりと期待に輝いたように見えた。



「クロちゃんを好きになったかって? うん、私はずっとクロちゃんのことが好きだよ。あっ……そういえば、忘れてた……!」



 私はクロちゃんを抱きしめ「ただいま、クロちゃん!」と頬ずりする。

 彼女は棒立ちのまま「おかえり」と返してくれた。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから煙を外に追い出してから、夕食にすることにした。

 ゴハンは意外にも準備されていて、テーブルの上にあったんだ。


 今晩のメニューは鶏のカラアゲにサラダにお味噌汁、いくつかの小鉢とゴハン。

 ひと口食べた瞬間、私は驚きに目を見開いていた。



「……すごい……寮のゴハンみたい……! でも意外だなぁ、クロちゃんが料理できるなんて知らなかったよ……!」



 クロちゃんの手料理というだけでも超貴重なのに、それもおいしいだなんて……!

 私は彼女の意外な一面を見た気がした。



「料理はしていない」



「えっ」



「もらってきた」



「もらってきたって、ツヴィ女の寮から? なんだぁ、どうりで寮のゴハンっぽいなぁと思ったら……」



 彼女は私の落胆をよそに、私の皿にあるカラアゲに謎の調味料をドバドバかけてきた。



「ちょ、なにするの、クロちゃん!?」



「惚れ薬」



「また? さっきのとは色が違うみたいだけど……?」



「製法が異なる」



 そうなんだ……と思いつつ、赤い液体にまみれたカラアゲをひとつ食べてみた。



「ん……! これ、おいしくなってる! なんだかピリ辛で!」



「南方のスパイスを使った惚れ薬」



 彼女はそう言いながら、私の味噌汁に緑色の調味料をドボドボ注いでいた。



「うん……! こっちのお味噌汁もおいしくなってる……! 風味豊かで……!」



「東方の海藻を使った惚れ薬」



「へーえ! 惚れ薬っていろいろあるんだね! それに最初のは苦かったけど、おいしいのもあるんだね!」



 クロちゃんのことが好きになれて、ゴハンまでおいしくなるだなんて、まさに一石二鳥……!

 寝てる間にレベルが10くらい上がってくれないかなぁ、なんてしょっちゅう考えてる私にはピッタリだ……!


 私は嬉しくなって、彼女のそばにあった最後の黄色い瓶に手を伸ばす。

 彼女が止めるのも聞かず、ゴハンに回しがけした。



「うん! こっちも香ばしくておいしい……! こっちのはなに?」



「聖剣を届ける旅の途中で手に入れた素材を使って作った惚れ薬」



「へぇ、そうなんだ、カエル? パン? それともイカ?」



「ヴォーパルの手首」



 私は口の中のゴハンを全部、ブバーッ! と吹き出していた。

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