31 エピローグ
夏休みも半分を過ぎようとしていたある日、私は待ち合わせの時間より早く寮を出た。ちょっと寄り道したかったのだ。
目的地は、港の商館。今度はひとりだったので入れてもらえるか不安だったけど、門番の人は私を憶えてくれていたようで、すんなり中に通してくれた。
「あら、あなたはミントちゃんの……」
受付のお姉さんも同様で、
「聞いたわよ、大変だったんですってね」
気さくな感じで聞かれてしまった。
「あ、もう知ってるんですね……」
ちょっと照れてしまう。
「もう港中の話題よぉ、ミントちゃんたちが漂流したって」
港のアイドルのミントちゃんが大変な目に遭ったとなれば、たしかに話題になるのも頷ける……どうりで来る途中、視線を感じるなぁと思っていたが……もうみんな知っているということか。
「商館長も心配してたわ、上にいるから顔出してあげてね」
私が「いいんですか?」と聞くと、「もちろんよ」と了承してくれた。
寄り道の目的は商館長さんに話を聞くことだった。追い返されることも覚悟してたけど、そんなこともなくてホッとした。
二階にあがって豪華な扉をノックすると、
「おう!」
威勢のいい返事がかえってきた。
「失礼します……」
ゆっくりと扉を開けると、
「おっ! もう動いても大丈夫なのか?」
机から立ち上がって歓迎してくれた。
「はい、あのときは助けていただいて、本当にありがとうございました」
命の恩人に頭を下げると、
「いいってことよ!」
ガハハハと豪快に笑い飛ばされた。
「それで、あの、ちょっと聞きたいことがありまして……」
「なんだ?」
「商館長さんはどうして、あそこに……小島のそばにいたんですか?」
私の質問に待ってましたとばかりに身を乗り出し、豪華な机をとびこしつつ縁に腰かけた商館長さんは、
「そうそう、よくぞ聞いてくれたぜ!」
満面の笑みで話しはじめた。
「嬢ちゃんたちがムイースに行くときに、北の海に巨大イカが出たから退治しに行くって言ったよな?」
「はい」
「ソイツは……俺の足を持ってったヤツなんだよ」
ズボンの裾をまくって、義足を見せてくれた。
「ここで会ったが百年目、今度こそブッ殺してやろうと思って先陣きって戦ってたんだが、ヤツは強くってなぁ」
商館長さんが苦戦するようなモンスターって、どんだけ強いんだろうか。
「俺の腰にヤツの長え足が巻きついてきて、締め殺されそうになっちまったんだよ」
急に立ち上がったかとおもうと、
「こりゃもうダメだーっ! ……って思ったとき、山の向こうから、太陽みてえなでっけぇー隕石が飛んできてよ! グワッシャーって巨大イカの野郎をブッ潰しちまったんだよ!」
両手を広げて興奮気味にまくしたてる。
「ウソみてえな話だと思うだろ? でもホントなんだぜ! いやぁ、奇跡ってあるもんなんだなぁ~って思っちまったよ!」
「…………」
目が点になってしまった。そんな私のリアクションを見た商館長さんは、
「ああっ、信じてねぇな! こりゃマジなんだって!」
ずいっと顔を近づけてきた。
「あ、い、いいえ……信じてないわけじゃないんです。びっくりしただけで……」
信じてないわけじゃない。だって……その隕石を降らしたのは、他ならぬ私たちだ。
「俺ぁまったく信じてなかったが、死にそうだったところを助けられて、しかも巨大イカもブッ殺してくれちまって……神様ってやつぁいるもんなんだな、って思っちまったよ!」
神様まで話を飛躍させた商館長さんは、ひとりウンウンと頷いていた。
……商館長さんが私たちを助ける前に、私たちが商館長さんを助けていたなんて……すごい偶然だ。リザードマンの洞くつでハンドルを回さずに逃げていたら、商館長さんも私たちも今ここにはいなかったかもしれない。
「……あの、それと、どうやって私たちに気がついたんですか?」
もうひとつの疑問をぶつけてみると、「ああ、それかあ」と言った商館長さんは思いだすように斜め上を見ていた。
「巨大イカを倒すのは十日くらいかかるんじゃねえかと思ってたんだよ。でもさっき話した奇跡のおかげて、予定よりぜんぜん早く巨大イカ退治が終わっちまってなぁ。だからミントちゃんとの約束どおり、イカ獲りに行ったんだよ。時間もたっぷりあまってたから、ちょっと遠出してみようってことになってな」
ヒゲをさすりながら、言葉を続ける。
「で、イカ獲って過ごしてたら遠くの小島で狼煙みてえなのがあがってるのが見えたんだ。何かとおもって近づいてみたら、抱き合って倒れてんのがいたんだよ。それが、嬢ちゃんたちだったってわけだ」
「……狼煙?」
たしか、漂流して五日目くらいに火を見たら消えていて、点ける気力もなくてほったらかしだったけど……誰かが点けてたんだろうか。
「ああ、島に近づいたときになんか藁でできた人形が燃えながら走りまわってたんだよな。ソイツが出した煙が、狼煙に見えたんだろうな」
「……その人形って、どうなったんですか?」
「ああ、藁だからすぐに全身に火がまわって、灰になって消えちまったよ」
……漂流して死にかけてたころ、藁人形……ストローに顔を叩かれたのを思い出した。あれはたぶん、船が通りかかったのを教えようとしてたんだろう。でも私が起きあがらなかったから、最後の手段で自分の身体に火をつけて、救助を求めたんだ。
……ストローがマッチを手にしたまま悩んでいるように見えたのは、幻覚じゃなかったんだ。
ひととおりの疑問は解消したので、私はあらためてお礼を言って、今度はみんなと来てもいいですか? と聞くと、
「あたりめぇじゃねぇか! ミントちゃんによろしくな! ってか元気になった姿が見てえから、連れてきてくれよ! ミントちゃん、気まぐれだから滅多に会えなくてなぁ!」
なんだか寂しそうだったので、次はミントちゃん連れてきますね。と約束した。
商館をあとにした私は、ちょうど待ち合わせの時間が近くなっていたのでそのまま姫亭へと向かうことにした。
まるで我が家に戻ってきたような懐かしさを感じながら、姫亭の扉をくぐる。変わらぬ店内を眺めつついつものテーブルに行ってみると、いたのはやっぱりシロちゃんだけだった。彼女は私に気づくと立ち上がって、おはようございますと頭を下げた。
ローブ姿のシロちゃんを見るのはなんだかひさしぶりな気がした。見ると、いつも首から下げているタリスマンに、五ゴールド硬貨がくっついていた。
「それ、ひょっとして……」
指さしながら聞くと、
「あ、はいっ、リリーさんから頂いた五ゴールド硬貨です!」
明るい声が返ってきた。私は分配しただけで、正確にはゴブリンを倒してもらったゴールドだけど……まぁいいか。
「大事な思い出ですので、お守りがわりに付けさせていただきました」
そう言うシロちゃんは、タリスマンと同じくらい大事そうに五ゴールド硬貨を撫でていた。
「……」
いつのまにかその横に、黒いローブに身を包んだクロちゃんが幽霊のように立っていた。いつもの無表情、いつもの無音もなんだか懐かしい。
クロちゃんがゆっくりと椅子に座ると、腰かけるときにチリリンと音がした。見てみると……いつも持っている両手杖の頭に小さなベルと、五ゴールド硬貨がついていた。
「……リザードマンのいた洞窟は、砦だった」
椅子についたクロちゃんは、開口一番そう言った。
「え? 砦?」
「ここに来る前に学院の図書館で調べた。リザードマンのいた洞窟は、戦争時代に使われていた砦だった。廃墟になっていたのを、リザードマンが棲みついたものと思われる」
「そうだったんだ……」
リザードマンにしては高い建築技術だなぁと思っていたが、そういうことだったのか。
「神々の宝玉は岩を斜面から転がして勢いをつけ、山を発射台がわりにして遠くに飛ばすという、対艦用の兵器だった」
「へいき?」
「なるほどねぇ、どーりであんなケタはずれの威力だったのね」
ミントちゃんとイヴちゃんが、いつのまにか椅子に座って話を聞いていた。
……そのふたりの肩の間には、両足を開いて立つ藁人形の姿があった。
「あれっ?」
思わず二度見してしまうと、
「シロちゃんとクロちゃんにあたらしくつくってもらったのー!」
視線を察したミントちゃんが元気に言った。
「ミントさんが、ストローさんから藁を一本いただいたそうでして、それをベースに新しく作らせていただきました」
穏やかな声で説明を追加するシロちゃん。
「いただいた、って……?」
「うん。あのしまでボーッとしてるときに、ストローちゃんがおわかれをいいにきたの。それで、わらをいっぽんくれたんだ」
いつもの幼い口調だったが、瞳にはやや大人びた、寂しそうな色が浮かんでいるように見えた。
「そう、なんだ……」
新しく命を吹き込まれたストローは、おそらくシロちゃんが作ったであろう服まで着せてもらっており、ぴかぴかの針と、五ゴールド硬貨の盾を装備していた。
ちょっと感傷に浸りそうになったが、みんなが私を見ていることに気づいたので、あわてて振りはらってから、
「……イヴちゃん、どうだった?」
来たばかりで喉がかわいているのか、水をガブ飲みしている彼女を見ながら聞いた。
コップから口を離してふぅ、とひと息ついたイヴちゃんは、
「ダメだった」
あっさりした答えをかえしてきた。
「やっぱり、石版を持って帰らなかったのがいけなかったみたい。粘ったんだけど、課題達成とは認めてもらえなかったわ」
言い終えてから、服の袖で口を拭った。
……そうなのだ。商館長さんに助けられたまではよかったが、石版を誰も持って帰らなかったのだ。というか……瀕死状態で、それどころじゃなかったというべきか。
それでも一応石版は見つけたので、課題クリアということにしてもらえないか、とイヴちゃんに学院側との交渉をお願いしていたのだ。
私たちのなかでは一番優等生なイヴちゃんがお願いすれば、もしかしたら……と思ったのだが、ダメだったようだ。
「やっぱり、ダメだったかぁ~」
みんなでがっくりと肩を落としていると、イヴちゃんは一枚の封筒をテーブルの中央に置いた。
「……なに、その封筒」
「パーティ課題。私たちがやってた課題はもう達成不可能だから、新しいのをやりなさい、って手渡されたわ」
「その封筒のなかに、新しい課題が入ってるってこと?」
「そういうこと。……本来はパーティ課題って、やるって宣言したら途中のリタイヤは認められないそうなんだけど……今回は特例で新しいのをやるか、やらないか、選びなおしていいそうよ」
「……でも、やらない、って言ったら、夏休みの宿題をやらなきゃダメなんだよね?」
「まあ、そうでしょうね」
「ふぅーん……」
私はみんなの顔をひとりづつ見ながら、
「ねえ、どうする? 夏休みはまだ半分あるけど……挑戦する?」
自分なりに神妙なカンジを出して聞いてみた。
……元はといえば、私がパーティ課題をやりたい、って言いだしたのが全てのはじまりだった。いくつかの偶然がなかったら、私たちは復活もできずに……白骨死体になっていた可能性だってあったのだ。
「するー!」
真っ先に封筒に手を置いたのはミントちゃんだった。
「いいの? ミントちゃん。もっと大変かもしれないんだよ? モンスターにつかまって、牢屋に入れられて、ひどい目にあわされるかもしれないんだよ?」
「そのときはミントがカギあけるからへいきだよー!」
怖がらせたつもりだったが、満点笑顔で返された。
「…………」
次に封筒に手を伸ばしたのは、クロちゃんだった。先に置かれていたミントちゃんの手の上に、そっと手を重ねた。
「クロちゃんも、やりたいんだ。行き先は洞窟かもしれないんだよ? 松明も呪文もなんにもなくって、真っ暗な中さまよい歩くことになるかもしれないんだよ?」
「みんな『ずっと一緒にいる』って言った」
苦手なものを強調してみたが、洞窟の中で彼女に言った言葉をちゃんと覚えているようだった。
「……私は、皆様の判断に従います」
そう言いながら、封筒に手を伸ばすシロちゃん。ミントちゃんとクロちゃんの手に添えるような形で控えめに手を置いた。
「ホントにいいの? もっと恥ずかしい目にあわされちゃうかもしれないんだよ? 着替えを覗かれちゃうかもしれないし、ブラシでいろんなとこゴシゴシされちゃうかもしれないんだよ?」
「み……皆様にでしたら、へ、平気ですっ! ぜっ……是非!」
羞恥心をあおってみたが、むしろ承諾されてしまった。
「んー……」
頬杖をついて考えていたイヴちゃんは、おもむろに五ゴールド硬貨を取り出した。それを指でピンとはじいてテーブルで回転させて……倒れた硬貨の面を見て、
「オモテね、ならいいわよ」
封筒に手を伸ばして、三人の一番上に手をポンと置いた。
「い、イヴちゃん……そんな決め方していいの? えーっと、くすぐりが得意なモンスターの群れとかが現れるかもしれないんだよ?」
「そんなのいるわけないでしょ。いてもアタシがまっぷたつにしてやるわよ」
やや強引な私の脅しはあっさり論破された。
ひとりでも反対したら、やめようと思っていたが……全員が賛成してくれた。
「で、アンタはどーなのよ?」
イヴちゃんが挑発するような視線を向けてきた。
「……私? 私はもちろん……!」
決意した私は高く掲げた両手を、テーブルの中央に集まるみんなの手を包み込むように乗せた。ギュッと握りしめると、みんなはもう片方の手もテーブルに乗せて、握りかえしてくれた。
みんなの視線が私に注がれていたので、
「こんな面白そうなものの前から逃げだすなんて、冒険者じゃないでしょ!」
誰かさんのマネをしながら、セリフを決めてみた。ついでにウインクをすると……正面に座っていたイヴちゃんがぷっと吹き出した。
「なにそれ、ウインクのつもり? 全然できてないじゃない」
「えー? うそ。こうでしょ?」
「こーお?」
「……こう」
「こう、でしょうか?」
「ダメダメ、みんなまったくウインクになってないわよ」
「じゃあやりかた教えてよ、イヴちゃん」
「しょうがないわねぇ……特別に教えてあげるから、よーく見てなさいよ!」
「うん!」
「おーっ!」
「はいっ」
「……」
私たちは手を握りあったまま目をパチパチさせて……ウインクの練習をはじめた。
……イヴちゃんがいないと断言した『くすぐりが得意なモンスター』は、この後の冒険で遭うことになるんだけど……それはまた、ね。
「リリーファンタジー」ひとまずの完結です。
五人の冒険はまだまだ続きますが、それはまたいつか書きたいと思います。
それでは、拙い文章を最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。




