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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
番外編:ナイン・ブライダル
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シロ

 ログハウスの玄関ドアを颯爽と開けながら、私は予想を巡らせる。


 トップバッターのお嫁さんは、言い出しっぺのユリーちゃんか、イヴちゃんだろうと。

 次点でティアちゃんか、はたまたミントちゃんだろうと思ってた。


 しかし、全部ハズレだった。

 玄関にいたのは……床の上でひれ伏す、黒髪の女の子だったんだ……!



「……し、シロちゃん? なにやってるの?」



 土下座のお手本みたいな体勢のシロちゃん。

 私が声をかけると、ゆっくりと顔をあげた。



「おかえりなさいませ、リリーム様」



 幸せを詰め込んだようなニッコリ笑顔。


 控えめなシロちゃんにしては珍しい、まぶしいほどの全開笑顔だ。


 それに彼女は極度の恥ずかしがり屋だから、こういうシチュエーションの時って大体、かわいそうなくらいうろたえるんだけど……いまは堂々というか、楚々としている。


 私は「た、ただいま」と若干気後れしながら返す。

 しずしずと立ち上がったシロちゃんは、私のマントを外しながら言った。



「今日も一日、お疲れ様でした。お食事になさいますか? お風呂になさいますか? それともわたくしになさいますか?」



 彼女はもうすっかりお嫁さんモードのようだ。

 当たり前のように言われたけど、ひとつだけ謎の選択肢がある。



「あの……お食事とお風呂はわかるんだけど、わたくし、ってのはシロちゃんのことだよね? シロちゃんをどうするの?」



 シロちゃんは「はい」と返事をしながら再びしゃがみこみ、今度は床で横になってみせた。

 きつく目を閉じ、「ど、どうぞ……」と緊張気味だ。



「あの……それが、『シロちゃんをする』ってことなの?」



「はい。新妻の心得というものを、ものの本で勉強させていただきました。その本によりますと、妻は夫が帰ったさいに、お食事とお風呂、そして自分自身を選んでいただけるように準備せよ、と……」



 シロちゃんは焚き火に飛び込む寸前のウサギのような、決意に満ちた声で続ける。



「ですのでリリーム様、どうぞわたくしをお好きなようになさってください……!」



 私は混乱しきりだった。


 ゴハンとお風呂を選ぶならまだわかるんだけど、なんでその中にシロちゃんが入ってるんだろう。


 選択対象がおかしすぎる。

 でも、彼女がここまでハッキリ言うってことは、そんなに変なことじゃないのかも……?


 仮に無理矢理選ぶとしたら、言うまでもなくシロちゃん一択だ。


 私は「あの」と切り出す。

 なんかさっきから「あの」って言ってばかりのような気もするけど。



「あの……シロちゃんを好きなようにするって、具体的にはどうすればいいの?」



「それは……わたくしも気になって調べさせていただいたのですが、ものの本にも書かれてはおりませんでした。夫のすることに、すべて身を任せるように、とだけ……」



 なおも目を閉じたままのシロちゃんは、なんだか残念そうだった。


 それで私はようやく、彼女の奇行の意味を理解する。


 シロちゃんは真面目な女の子だから、きっとこの日のためだけに、お嫁さんになるための勉強をみっちりとしたんだろう。

 それで、教科書どおりに振る舞っているだけなんだ。


 そう思うと、少し気が楽になった。



「シロちゃん、お嫁さんになるからって、そんなに特別なことをしなくてもいいんだよ。いつもどおりのシロちゃんでいてくれれば、それでいいんだ。さっ、起きて、おなかすいちゃったから、ゴハンを食べようよ」



 私はシロちゃんに手を差し伸べて、引っ張り起こす。


 なおも残念そうにしている彼女と手を繋いだまま、リビングに行くと……ごちそうが迎えてくれた。



「うわあ……!? これ全部、シロちゃんが作ったの……!?」



 鶏の丸焼き、お頭つきの魚、色とりどりの野菜に果物、誕生日でもないのに大きなケーキまで……!

 しかも全部、私が大好きなものばかり……!



「はい。食材は自由に使ってもよいということでしたので、腕によりをかけさせていただきました。ささ、どうぞお座りになってください」



 椅子を引いてくれたので、さっそく腰かける。

 よく見たら、食卓には椅子がひとつしかなかった。


 シロちゃんはなぜか私の側に跪き、フォークに刺したひとくち大の肉を、両手を添えて差し出してきた。



「たくさん召し上がってくださいね。はい、あーん」



 私は釈然としないものを感じたけど、とりあえずシロちゃんの言うとおりにした。

 促されるままに口を開け、肉を食べさせてもらう。



「お味はいかがですか? 少しでもおいしくないとお思いになりましたら、このテーブルの縁を持って、上にあげてくださいね」



「……そうすると、どうなるの?」



「テーブルの上のお料理が、全て床にひっくり返ります」



 キラキラした目でとんでもないことを言うので、私はビックリしてしまった。

 もしかしてそれも、ものの本とやらに書いてあったんだろうか。



「なっ!? なんでそんなことしなくちゃいけないの!?」



「あっ、ご安心ください。テーブルの天板にはスプリングが入っておりまして、リリーム様のお手を煩わせることなくひっくり返すことができます。それにお料理はすべて奥のほうへとひっくり返りますので、リリーム様のお召し物を汚しません」



「そんなことを気にしてるんじゃないよっ!? シロちゃんの作った料理を床にぶちまけるなんて、ありえないじゃない!」



「いいえ。旦那様がお気に召さないものを出すというのは、妻としては言語道断の行為です。そのくらいの報いは受けて然るべきであると、本には書いてありました」



 ……その本、あんまり参考にしないほうがいいんじゃないかなぁ。



「え、えーっと……。とにかく、私はシロちゃんの料理をマズイだなんて思ったことは一度もないから、引っくり返したりはしないよ」



 するとシロちゃんはまた、残念そうな顔をした。



「はい……ですが、遠慮はなさらないでくださいね。リリーム様が少しでも嫌だと思うことは、この家に存在してはならないのです。わたくしのことが嫌だとおっしゃるのであれば、わたくしは笑顔で地獄へもまいりますので……」



 な、なんで大好きな子を地獄送りにしなきゃいけないの。


 シロちゃんは過保護すぎるところがあるんだけど、それがもう過剰に、しかも包み隠さず出ちゃってるみたいだ。

 そんな彼女に、私は思い当たる節がある。



「あの……シロちゃん、もしかして……いま、夢の中だと思ってる?」



 するとシロちゃんは、夢見る乙女のようにウットリと頷き返してくれた。



「はい、リリーム様。夢というのは本当に素晴らしいものですね。わたくしのような人間が、リリーム様のお側にいられるだなんて……」



 やっぱりそうか……。


 ここんとこ最近、引っ込み思案なシロちゃんが急に積極的になることがあったんだけど、それは夢だと思い込んでいるからだった。


 夢の中での彼女は急に大胆になる。

 そしてしばらくすると夢から覚めるのか、いつものシロちゃんに戻るんだ。


 そのあとは、「素敵な夢を見てしまいました……」とひとりでニヨニヨしてるんだよね。


 いつも彼女が夢見ている、私との関係は……お友達というより主人と召使いに近い。

 私はそんなのは嫌だったので、普段であればすぐに訂正するんだけど……。


 でも今日のシロちゃんは、いつも以上に気合が入っているような気がする。

 きっと今日のために一生懸命、お嫁さんの勉強をしたんだろう。


 となると、あんまり彼女の思いを無下にするのもなぁ……。


 私は少しだけ迷ったあと、覚悟を腹に据えた。


 よしっ……! 決めた……!

 今夜はシロちゃんが望んでいることに、トコトンつきあってあげよう……!


 私はキリッとした表情で、跪くシロちゃんを見下ろした。



「我が妻、シロちゃん……! お肉は合格だったけど、まだわからないよ? 次は魚を食べさせて……! でもまずかったら、ガシャーンってやっちゃうからね?」



 私の一言に、シロちゃんの顔が青空のように晴れわたる。



「は……はいっ! リリーム様っ! お魚です……! 今日はタリの姿焼きをご用意いたしました……! おいしくなかったら、がしゃーんってして……そして遠慮なく、わたくしを足蹴になさってくださいね……!」



 なんか、いつのまにか要求が増えている。



「い、いや……いくらなんでも、足蹴には……」



 シロちゃんとの夜は始まったばかりなのに……なんだかすごく先が思いやられるなぁ……。

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