135 エピローグ
新連載、はじめました!
『私立百合学園VRMMO部』
女子校のVRMMO部を舞台に、女の子たちがイチャイチャするお話です。
https://book1.adouzi.eu.org/n3371en/
※本作のあとがきの下に、小説へのリンクがあります。
「……えっ!? じゅ、10年……!? 10日とかじゃなくて!?」
「いや、10年じゃ。だいいち、元々ですらあと5年必要だったんじゃ。途中で抜いたのと、グリフォンを倒すために力を放出してしまったから、あと10年はガマンするんじゃな」
私は猛反省したはずなのに、またしても反射的にミルヴァちゃんの肩を掴んでいた。
「そ……そんなっ! そんなのないよっ!? クルミちゃんは10年も洞窟でひとりぼっちだったんだよっ!? やっと、やっと外に出られたのに……それなのにまた10年も……こんな狭くて暗い洞窟でひとりぼっちだなんて……! ダメっ……! ダメダメダメっ!! 絶対に……絶対にダメだよっ!!」
「し、しかし……! それ以外にクルミを助ける手立てはないんじゃ……! 辛抱せい、リリーっ!」
私はそんな言葉じゃぜんぜん納得いかなかった。
「い、いやだっ! そんなのイヤだっ! クルミちゃんもイヤだよねっ!?」
洞窟の前に佇むクルミちゃんのほうを見やると、彼女は背中を向けたまま、伸びをしていた。
「ふぁ~あ、ボクは別にいいよ。……だって、だってこれで、ようやくゆっくり眠れるんだもん。へっぽこ勇者のへっぽこな旅につきあわされて、もううんざりだったけど……ここまで来るために、しょうがなくつきあってあげたんだ!」
「く……クルミちゃん……?」
せいせいした様子の彼女に、私は言葉がそれ以上続かなかった。
私を押しのけて、イヴちゃんが前に出る。
「ちょっと待ちなさい、クルミ……! アンタ、アタシたちといっしょにもっと旅をしたいって言ってたじゃない! もしかして、いままでのはぜんぶ芝居だったの!?」
「えーっ、今頃気づいたの? やっぱりイヴは、どこまで行っても四流……いや、五流冒険者だねぇ! ちょっと考えればわかるじゃない! 聖剣のボクが、キミたちみたいな落ちこぼれ見習い冒険者と一緒にいたいだなんて、本気で言うわけないじゃん!」
シロちゃんが、イヴちゃんの隣に並んだ。
「そ、そんな……クルミさん……! ウソですよね……? クルミさんは、カエルさんが捕まえられなかったわたくしを、励ましてくださった……! ボクがその分、捕まえる、って……! だからまた、一緒にカエルを捕まえようね、って……! わたくしはまた、クルミさんと一緒にカエルさんを捕まえたかったのに……!」
「そんなこと言ったっけなぁ? たぶん、夢でも見たんじゃない? ボクみたいな偉大な聖剣が、なんでカエルを捕まえたいだなんて言うのさ? あ、わかった! たぶん、キミたちをその気にさせて、やる気を出させるための方便だったんだよ! それにまんまと騙されるなんて、シロもつくづく間抜けなプリーストだねぇ!」
イヴちゃんとシロちゃんの間から、ミントちゃんがひょっこりと顔を出す。
「クルミちゃん、いなくなっちゃうの? またいっしょにパン、つくりたーい!」
「ボクはいやだよ、ミント……! なんでミントみたいなお子ちゃま冒険者と、パンなんか作らなきゃいけないのさ……! ああっ、よく考えたら……いままでずっと変な冒険に振り回されてきたんだよね……もう、すっごく迷惑だった! でも、それも終わり終わり……! あーあ、せいせいするぅ! これでやっと、ひとりでゆっくりできるんだ!!」
歯噛みをするイヴちゃん、今にも泣きだしそうなシロちゃん、ポカンとしているミントちゃん、無言で佇むクロちゃん。
誰もが洞窟の奥にいる、聖剣のクルミちゃんを見ていた。
聖剣のクルミちゃんは、「ばいばーい!」と鍔の手をブンブン振っている。
でも……私は見たんだ。
閉まりゆく岩戸に背を向けていた精霊のクルミちゃんが、最後の最後に、振り向いたのを……。
「じゃあねぇーっ! ああっ、へっぽこ勇者のリリーと別れられて、すっきりしたぁ! さあっ、ねーよぉっと!」
彼女の瞳……彼女の宝石のような青い瞳は、溺れているみたいに大粒の涙を……ポロポロとこぼしていたんだ……!
「くっ……クルミちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
私は声をかぎりに叫んだ。
「やだっ……! やだっやだっやだあっ! いやだあああああああーーーーーーーーーーーっ!! いやだっ! いやだよぉっ!! クルミちゃんとお別れだなんて……あと10年も会えないだんて……いやだいやだいやだっ!! いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」
重苦しい音ともに閉じた岩戸に駆け寄ると、ダンダンと拳を打ちつける。
「クルミちゃんっ! クルミちゃんっ! クルミちゃぁぁぁぁぁぁぁーーーんっ!! ミルヴァちゃんっ! お願いっ!! ここを開けてっ!! こんな所にクルミちゃんを閉じ込めないでっ!! クルミちゃんを、ひとりぼっちにしないでっ!! お願いお願いお願いっ!! お願いだぁらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!!」
「り、リリー! も、もう無理じゃ……! 10年の封印を施してしまったから、もうこの岩戸は、何があっても開けられん……!」
「そっ……そんな……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」
私は泣いた。
岩戸にすがりつき、殴りつけ、爪を立て……いつまでもいつまでも泣いた。
しばらくして、洞窟の中からくぐもった声が聞こえてきた。
「もっ、もう……いい加減にして、リリー! ぼ、ボクは早いとこ、へっぽこ勇者リリーのことを忘れたいと思ってるのに……! だっ……だからリリーもさっさと忘れて、どこへでも行っちゃいなよ……!」
「イヤだっ! 行かない! ずっと、ここにいる……!! この岩戸が開くまで……!!」
私はテコでも動かない覚悟を決める。
誰に何を言われても、ここから動くもんか……!
たとえ聖堂主様に叱られようとも、絶対にここから動かない……!
クルミちゃんをひとりになんか、させてたまるか……!
「……なぁ、リリー? ちょっと、聞きたいんじゃが……」
さっそくミルヴァちゃんが説得に来たのかと、私は岩戸にしがみついた。
「なっ……なに? ミルヴァちゃん……!?」
「なぜ、そなたは岩戸にへばりついておるんじゃ?」
「それは……! クルミちゃんがひとりぼっちになって、かわいそうだから……! だからここで、岩戸が開くまで、話し相手になってあげるんだ……!」
「なんじゃ、そういうことか」
「そういうことか、って、そんな……!」
私はちょっとムッとしてしまう。
しかしミルヴァちゃんは気にする様子もなく、洞窟に向かって呼びかけていた。
「おぉーい! クルミ! そなたの本体は精霊であろう!? 精霊なのになぜ、律儀に閉じこもっておるんじゃ!?」
少しして……精霊のクルミちゃんの顔が、岩戸を突き抜けるようにしてひょっこりと出てきた。
そして一言、
「そ……そういえば……ボクってば、壁を抜けられるんだった……!」
「やれやれ、そんなことも忘れてしまうとは……そなたも聖剣としてはまだまだのようじゃな。この『聖域の森』は精霊が過ごしやすい場所じゃから、森の中なら自由に動きまわれるはずじゃ。この森なら精霊だけでなく、動物もたくさんおるから寂しくないじゃろ?」
「くっ……!? くくく……クルミちゃぁぁぁぁぁーーーーーんっ!?!?」
私はクルミちゃんの頭をガシッとハグする。
前のめりになったクルミちゃんに押し倒されて、勢い余ってふたりしてコロンと転がってしまった。
「く……クルミちゃんクルミちゃんクルミちゃん……! クルミちゃぁぁぁんっ!!」
「リリーっ! リリーっリリーっリリーっリリぃっ……! リリぃぃぃぃぃぃっ!!」
私たちはひしと抱き合って、大声で泣いた。
森の動物たちもびっくりして、何事かと集まってくるほどに、わんわん泣いた。
「あら……クルミって、こんな姿だったのね……」
「すごく、お美しいです……!」
「わぁ! クルミちゃん、かわいーいっ!」
「……」
「おや、リリー以外にも精霊のクルミの姿が見えるとは……どうやら、さっそく森の効果が現れたようじゃな。……さぁて、ではそろそろ、本来の目的を果たそうではないか!」
「本来の目的ってなによ?」
「みんなであそぶー!」
「その通り! ミントは察しが良いな! 余はそなたらと遊びたくて、呼び出したのじゃ!」
「よぉーし、遊ぼう遊ぼう! なにして遊ぶ!?」
「いぇーいっ! あそぼぉーっ!」
「り、リリーさん、クルミさん……」
「泣いたカラスがもう笑って……。まったく、アンタらって本当にお調子者なんだから」
「……泳ぎたい」
「ああっ! それいい! クロちゃん、ナイスアイデア!」
「おお、それはよいな! ちょうどすぐ池もあるし、泳ぐとしよう!」
「わぁーい! およぐーっ!」
「あっ、あの……この池は、聖なる池で、ミルヴァさ……ミルヴァさんのために、身体をお清めする池で……」
「まぁまぁ、堅いことを言うでない、シロ!」
「いうでない~!」
「ちょ、もうすぐ冬よ!? なんで池で泳がなきゃいけないのよっ!?」
「この聖域の森は常春じゃ! 水もぬくいから、泳ぐこともできるんじゃぞ!」
「だってさ! さぁさぁ、イヴちゃんも泳ごっ!」
「イヴ、おそ~い! そんなだから、へっぽこ勇者の仲間なんだよ!」
「やーい、イヴちゃんのへっぽこ仲間~!」
「言ったわねぇ!? ……ってリリー! アンタがその筆頭でしょうが! ふたりとも、そこを動くんじゃないわよぉっ!」
「きゃあー! イヴが怒ったぁ!?」「イヴちゃんが怒ったぁーっ!?」
……。
…………。
………………。
子供を成長させるには百の言葉よりも、一振りの剣を与えよ。
リリーはその言葉をどこで知ったのか、いまだに思い出せずにいる。
でも、少女たちに与えられた、一振りの剣……。
それは彼女らを、確実に成長させた。




