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「……リリーよ、なぜそなたは、余に尋ねるのじゃ?」
思いもよらなかった言葉に、私は「へっ?」と間抜けな返事をしてしまった。
「なぜ、って……この聖剣は、ミルヴァちゃんが作ったものじゃないの?」
こくん、と深く頷き返すミルヴァちゃん。
「ああ、そうじゃ。それはたしかに余が作ったものじゃ」
「じゃあ、ミルヴァちゃんのものなんじゃない。だから、聞いてるんだけど……」
ぶるる、と首を左右に振るミルヴァちゃん。
「余が作ったからといって、なぜ余のものになるんじゃ? そもそもそれは、リリーにやるために作った剣なんじゃぞ?」
……。
…………。
………………。
私は、言葉を失った。
クルミちゃんもイヴちゃんもシロちゃんも、言葉を失っていた。
クロちゃんは変わらぬ様子で、ミントちゃんはよくわかっていない様子で。
「えっ……えええええええええええええええーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
もう何人分かもわからないような、幾重にも連なった絶叫が響きわたる。
あまりの大声に、思わずひっくり返るミルヴァちゃん。
「わあっ!? なっ……なにをそんなに驚いておるんじゃ?」
「そ、そりゃ驚くよ! どうしてクルミちゃんが、私のものなの!?」
「なんじゃ、もう忘れたのか……リリーよ、そなたは子供の頃からずっと余に申しておったではないか、『楽に木の実が取れる棒が欲しい』と」
それで、私は思い出す。
子供の頃の私は毎日のように聖堂に行って、ミルヴァちゃんの像とお話をしていたことを。
お話する内容は他愛のないものばかりだった。
昨日の夕ご飯は何だったとか、今日の夕ご飯は何がいいだとか、将来は勇者になりたいだとか、ひと振りするだけで木の実が取れるような、便利な棒が欲しいだとか……。
いま考えても、顔から火が出るような内容だ。
私のプライバシーと欲望をありのままにさらけ出した、裸どうぜんの私を、ミルヴァちゃんに話して聞かせていたんだ……!
でも……でも、しょうがないじゃない!
当時の私は、彫像に話しかけているだけのつもりだったんだ……!
そりゃ、少しは思ってたよ。
私の想いがミルヴァちゃんに伝わるといいな、って……!
で……でも、でもでも……!
まさか本当に、ホンモノに届いてただなんて……!
「た、たしかに『木の実が取れる棒が欲しい』とは言ったよ!? 言ったけど……まさか本当にくれるだなんて……! それにクルミちゃんは聖剣で、木の実を取る棒じゃないよ!? ……本当に、本当にそうなの!? 今思いついたわけじゃなくて!?」
私は羞恥のあまり、ミルヴァちゃんが私をからかってるんじゃないかと思いはじめていた。
「……まったく、神を疑うとはバチあたりな……聖剣がリリーのものであるという証拠を見せてやる。ホレ、ちょっと貸してみるのじゃ」
手を差し伸べられたので、私はその手にクルミちゃんを乗せる。
クルミちゃんは緊張していて、いつも以上にカチコチになっていた。
「ところでリリー、そなたの大好物はなんじゃ?」
藪から棒に尋ねられ、私は不思議に思いながらも考えを巡らせる。
「えっ、私の好物……? なんだろうなぁ……? いま食べたいのは、シロちゃんの作ったハンバーグかなぁ……?」
がくっ、とうなだれるミルヴァちゃん。
その背後にいるシロちゃんは「ありがとうございます。それでは寮に戻りましたら、作らせていただきますね」と嬉しそうだ。
「違う! いま食べたいものではなく、好物を聞いておるのじゃ! そなたの好物は木の実であろう!」
「あっ、そ、そっか……でも、いまは木の実はいいかなぁ……最近しばらく木の実ばっかり食べてたから」
「……もしかしてリリー、そなたは余がごちそうするとでも思っているのか?」
「えっ、違うの?」
「違うわ! 別にごちそうするのは構わぬが、むしろ余がごちそうしてほしいくらいじゃ! 神々のごちそうより、シロのハンバーグのほうがずっと美味いんじゃからな!」
「そ、そうなの?」
「そうじゃ。シロの料理は、神々の晩餐にこそふさわしい……って、そんなことはどうでもいいんじゃ。それよりも、よく見ておれ」
ミルヴァちゃんは気を取り直すと……クルミちゃんを手にしたまま、地面に向かって手をかざした。
この謁見場は星空の中にあるように、宙に浮いているように見えるんだけど、いちおう透明な床があるみたいなんだ。
その見えない床から、にょきにょきと姫リンゴの木が生えてくる。
私たちは、わあっ!? と驚いて飛び退いた。
みるみるうちに成長し、真っ赤な実を鈴なりに実らせる姫リンゴの木。
ミルヴァちゃんはその樹冠に向かって、鞘つきのままのクルミちゃんを勢いよく振った。
バサッ! と枝が揺れ、緑々しい木の葉が舞い落ちる。
「……ほれ、見てみるのじゃ」
そう言って掲げられたクルミちゃんの鞘には、姫リンゴの実がたくさんついていた。
「たべたーい!」と言って寄ってきたミントちゃんに、リンゴのついた鞘を向けてあげるミルヴァちゃん。
「クルミは元々聖剣というよりも、木の実取り用の棒として作ったものなんじゃ。聖剣の機能はオマケじゃな」
「ええーーっ!?!?」
またしても、意外な事実が発覚……!
そしていちばん衝撃を受けていたのは、他ならぬクルミちゃんだった。
「ぼ……ボクは……女神様の聖剣じゃなくて……リリーの木の実取り用の棒……!?」
自分のことをお姫様だと思っていたら、ただの村娘だと知らされたみたいに動揺しているクルミちゃん。
「そういえばクルミって、何かをそーっと捕まえたり、木の実を見つけるのがすごく上手いと思ってたけど……」
思い出すようなイヴちゃんに、ウム、と頷き返すミルヴァちゃん。
「そうじゃ。それも余が授けたクルミの能力じゃな。このバスティド島には採ろうとすると逃げる木の実や、姿を消す木の実というのもあるからな。でもクルミがおれば、簡単に採ることができるんじゃ」
「そ……そうだったんだ……」
私はまだ実感がわかなくて、ポカンとしたままだった。
でも、よく考えたら……クルミちゃんは返さなくていいってことだよね……?
ってことは……ずっとクルミちゃんといられるってこと……?
私の中で、喜びの火山が大爆発する。
「くっ……クルミちゃん! クルミちゃんクルミちゃんクルミちゃん! クルミちゃんが私のものなんだったら、ずーっと一緒にいられるよ! これからはたまにじゃなくて、毎日でも私といっしょにいられるんだ! 寮でも、学校でも……それに、冒険でも……!」
クルミちゃんはショックのあまり茫然自失になっていたけど、私の言葉に瞳の宝石をパアッと輝かせた。
「そ、そっかぁ! ……あっ、でも……ずっと一緒はイヤだなぁ、たまにならいいけど……」
「ええーっ、そんなぁ!?」
私とクルミちゃんを、どっ、とした笑い声が包む。
クルミちゃんは笑っていた。ミルヴァちゃんも笑っていた。
イヴちゃんも、ミントちゃんも、シロちゃんも笑っていた。
でも……クロちゃんだけは、笑っていなかった。
いや、彼女が笑わないのはいつものことなんだけど……でもいつもだったら、なんとなく笑っているような雰囲気を感じるんだ。
しかし、この時に限っては……その雰囲気すらなかった。
その無味無臭の顔、薄いピンクの唇から……静かに言葉が紡ぎ出される。
そしてそれは、あらたな衝撃の事実を明らかにする、きっかけとなったんだ……!




