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ホクホク笑顔のドミナさんに見送られ、商館をあとにした私たち。
グースカ寝ているクルミちゃんをしっかりと胸に抱いて、聖堂へと向かった。
聖堂では、聖堂主様が入口のあたりで行ったり来たりしていた。
私たちを見るなり、気が気でなかった様子で中に招き入れてくれる。
すぐさま聖堂の奥にある聖域の森に案内され、神聖界へと繋がる転送装置に乗せられた。
どうやら受け入れ体勢万全だったようで、むしろなかなかやって来ない私たちに、大人たちはヤキモキしていたらしい。
私たちは待たされるどころか急かされるようにして、神聖界にあるミルヴァちゃんの謁見室に着いた。
謁見室の門が重苦しい音をたてて開き、星に囲まれた空間が広がる。
以前は、ミルヴァちゃんは一番奥にある玉座みたいなのに座ってたんだけど、
「待ちかねたぞっ!! リリーっ!!」
今回は飼い主の帰りを待ちわびる犬みたいに、門にへばりついていた。
不意討ち気味に飛び出してくるなり、私にしがみついてくる。
「み……ミルヴァちゃんっ! 私も会いたかったよぉーっ!!」
さっそくの熱烈歓迎に嬉しくなり、お返しとして小さな女神様に親愛の頬ずりをした。
赤ちゃんみたいにぷにぷにのほっぺ……そう、これが私の大好きな、女神様なんだ……!
ミルヴァちゃんは、このバスティド島を治める神様だ。
私は小さい頃から聖堂で、ミルヴァちゃんのフレスコ画や彫像を見て育ってきた。
絵や像のミルヴァちゃんは、強さとやさしさを兼ね備えた大人の女性として描かれているんだけど……実物はミントちゃんみたいな小さな女の子。
最初会ったときは抱いていたイメージとぜんぜん違ったので、ちょっとショックを受けたんだけど……親しくなった今ではホンモノのミルヴァちゃんのほうがずっとずっと好きになった。
ミルヴァちゃんはひとしきりみんなに頬ずりをし、シロちゃんとクロちゃんのローブにイタズラをし、イヴちゃんからのゲンコツをくらったあと……私たちに言ったんだ。
「さぁて、せっかくリリーたちが会いにきてくれたんじゃ! 何の用かは知らんが、今日は心ゆくまで遊ぼう!」
私は思わずズッコケそうになる。
「ちょ、ミルヴァちゃん! 何の用かは知らんが、って……ミルヴァちゃんに頼まれてここまで来たんだよ!?」
するとミルヴァちゃんは「余が頼んだ……?」とキョトンとしていたんだけど、やがて思い出したようにポンと手を打った。
「……ああ! 『聖麗剣ウォールナッツ』のことじゃな!」
「そう! それそれ! ミルヴァちゃんの聖剣……私たちはクルミちゃんって呼んでるんだけど、持ってきてあげたよ!」
ミルヴァちゃんは喜んでくれるかと思ったんだけど、一気に不機嫌な表情になる。
まるでドミナさんの再来のように、プクーと頬を膨らませていた。
「……あれ? ど、どうしたの? ミルヴァちゃん」
そして次に飛び出した言葉も「ずるい」だった。
私は軽いデジャヴを覚える。
「えっ? ずるいって、何が……?」
「ずるいずるいずるいっ! ずるいぞっ、リリー! 余が知らぬとでも思ったのか! そなたらの旅路を! カエルを捕まえたり、パン食い競争に参加したり、ドッペルゲンガーと共に暮らしたり、悪魔とナゾナゾしたり、観光ポスターになったり、足漕ぎボートに乗ったり、山登りをしたり、オークションに参加したり……! そんな楽しい旅に、なぜ余を誘わなかったのじゃっ!?!?」
これに異を唱えたのはイヴちゃんだった。
「ムチャ言うんじゃないわよ。そんなに言うならアンタがメリーデイズまで取りにくればよかったじゃない。そしたらあんなに大変な旅、しなくてもすんだのに」
「そうじゃ、イヴ! そなたはなぜ、余を呼ばなかったのじゃ!? パン食い競争のときに、小麦粉に祝福を与えるため、余を呼び出そうとしておったではないか!? あの時そなたが余を呼び出しておれば、いっしょに旅ができたのに……!」
「メチャクチャ言ってんじゃないわよっ! どーやって呼べっていうのよ!? それにアンタが来た時点で旅が終わるの! リリーとクルミのバカに振り回されっぱなしだった旅も、しなくてもすんだのよっ!」
「イヤじゃ! そんなのイヤじゃ! 余はリリーと旅がしたいんじゃ! いっしょにカエル取りやパン作りやナゾナゾして……結婚式をしたいんじゃーっ!!」
ミルヴァちゃんはコロンと横になると、駄々っ子みたいにじたばたしはじめた。
その騒ぎを聞いたクルミちゃんが、私の腕の中で目を覚ます。
「……うぅん……なぁにぃ? せっかく人が気持ちよく寝てるっていうのに、うるさいよぉ……」
地面を転がりまくるミルヴァちゃんを、冷めた様子で見下ろすクルミちゃん。
「ねぇリリー、このちびっ子だあれ? ミントの姉妹?」
「……えーっと、クルミちゃん……彼女がミルヴァちゃん……クルミちゃんを作った女神さまだよ」
するとクルミちゃんは、全く信じる様子もなく鍔の手をパタパタ振った。
「またまたぁ~! こんな子供がミルヴァルメルシルソルド様なわけないじゃん! だいいち女神様だよ? 女神様ってのは、もっと大人で、背も高くて、美人で、勇ましくて……こんな風に床をのたうちまわったりはしないの!」
馬鹿にするようなその物言いに、ミルヴァちゃんの転がりがピタッと止まる。
むくっと身体を起こすと、気難しそうな表情のままツカツカと私のところにやってきて、クルミちゃんに手を伸ばした。
ピキィィィィィーーーン……! と、耳の中を流星が流れていくような音が抜けていく。
「※■$△%★&〓¥♪〆#……!」
ミルヴァちゃんは口をパクパクさせていたんだけど、聞き取れない。
私は耳がおかしくなったのかと思ったんだけど……やがて、耳鳴りはおさまった。
「……これで、わかったじゃろう?」
不敵な笑みを浮かべるミルヴァちゃん。
私の胸の中にいるクルミちゃんは、カタカタと小刻みに震えている。
「ど……どうしたの? クルミちゃん……大丈夫?」
声をかけるなり、クルミちゃんは私にしがみついて絶叫した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーんっ! ばかぁっ! リリーのばかぁっ! なんで、なんで女神様のところにボクを連れてきたのさ!? しかも、ボクが寝ている間に……! これじゃまるで、騙し討ちじゃないかっ! ひどい! ひどいよっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁーーーんっ!!」
「え、えーっと、よくわかんないけど……ご、ごめんねクルミちゃん。憧れのミルヴァちゃんにいきなり会ったから、怖かったんだよね?」
私は戸惑いながらも、クルミちゃんを抱きしめてあげる。
その様子を見ていたイヴちゃんは、呆れたように溜息をついていた。
「……まったく……クルミってば、メチャクチャなことを言って人を困らせるヤツだと思ってたけど……それはミルヴァ譲りだったのね……」
そういえば、なんか似てるかも……と私も思ったけど、言葉には出さないでおく。
「もう女神様のところに来ちゃったから、ボクは女神様のところに戻らなくちゃいけないじゃないかぁーっ! ひどいよ、リリーっ! ボクのことが嫌いになっちゃったの!? もうボクはお払い箱なのっ!? ひどい、ひどすぎるよっ、リリーっ!!」
「お、落ち着いて、落ち着いてクルミちゃん。いまから私が、クルミちゃんと一緒にいられるように、ミルヴァちゃんに頼んであげるから……ねっ」
「ううっ……それ、何度も聞いたけど……無駄だよ……底辺勇者のリリーの言うことなんて、女神様が聞いてくれるわけが……」
ぐずるクルミちゃん。私は彼女の額を、ちょんと指先で突いた。
「大丈夫……! いまは底辺かもしれないけど……私は未来の頂点勇者なんだから……!」
クルミちゃんを落ち着かせるように、柄頭を撫でながら……ミルヴァちゃんのほうを見る。
「……お願い、ミルヴァちゃん……この聖剣が、ミルヴァちゃんのものだっていうのはわかってる。だけど、だけど……私のお友達でもあるんだ。だから、たまにでいい……たまにでいいの。クルミちゃんに会わせてほしいの。それで、いっしょに冒険したいんだ。お願い、クルミちゃん……! たまにでいいから、私にクルミちゃんを貸してほしいの……!」
私はミルヴァちゃんに向かって手を合わせた。
これは、女神に捧げる祈りのポーズじゃない。
私が、お友達におねだりするときのポーズ。
イヴちゃんにお風呂でシャンプーを分けてもらったり、ミントちゃんに高い所にある木の実を取ってもらったり、シロちゃんに湯浴みなしでお風呂に入ってもらったり、クロちゃんに宿題を見せてもらったり……。
みんなにお願い事をするときと同じ、おねだりのポーズなんだ。
だってミルヴァちゃんも、みんなと同じ……大切なお友達だから……!
私は、ミルヴァちゃんの言葉を待つ。
クルミちゃんも、彼女の言葉を待っていた。
そして……私たちの女神様は、こう言ったんだ……!




