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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
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「ばかっ! ばかっ! ばかばかばかばかばかばかばかぁ~っ!! かばかばかばかばかばかばかばぁ~っ!! 遅いよ、遅すぎるよっ、リリーっ!! へんなオジサンにつかまって、すっごく怖かったんだからぁぁぁぁ~っ!! ばかリリーっ! リリーばかっ! そんなだから、いつまで経ってもへっぽこ勇者、だめ勇者、底辺勇者なんだよぉぉぉぉ~っ!!」


 聖剣のクルミちゃんと精霊のクルミちゃんは、解放されるなり私をぽかぽかと殴ってきた。


 そしてぐずる赤ちゃんみたいに泣きやまない彼女を連れ、私たちは商館へと移動する。


 移動中もクルミちゃんは大泣きしていたんだけど、商館に着く頃には泣き疲れて眠ってしまった。


「おいおい、リリー! 水臭ぇじゃねぇか! 港のトラブルなら、なんで真っ先に俺に相談しないんだよ!?」


 商館の執務室で出迎えてくれた商館長さんは、開口一番そう言った。


 商館長さん……この港を取り仕切っている人で、海賊みたいに豪快なおじさん。

 ミントちゃんを愛娘のように溺愛していて、同じパーティメンバーである私たちに対しても、いろいろと気にかけてくれる。


 夏休みに豪華客船に乗せてくれたのも、この人の計らいなんだ。


 商館長さんには、他にもいろいろとお世話になっている。

 島亀で漂流して、餓死しかけた私たちを助けてもらったり……本当にいろいろと。


 私は、商館長さんにぺこりと頭を下げた。

 ちなみにこの時、いっしょに頭を下げてくれたのはシロちゃんだけ。


 イヴちゃんとクロちゃんは特になにもしない。

 ミントちゃんに至っては、さっそく商館長さんに抱っこをせがむ始末だった。


「……ごめんなさい。助けを求めることも考えたんですけど、どうしても自分たちだけでクルミちゃんを助けたくって……」


「そうか、自分たちの力でなんとかしようとしてたんだな。でも今回は相手が悪いぞ、なんたって極悪人なんだからな」


 商館長さんは、ミントちゃんに頬ずりしながら答える。

 「おひげ、くすぐったぁ~い」とミントちゃん。


「極悪人、って……スーフさんって、そんなに悪い人なんですか?」


「悪いなんてモンじゃねぇよ。スーフってのも偽名だ。アイツはな、悪事で金儲けするためにちょくちょくこの島に入りこんでたヤツなんだ。金のためならなんでもやるヤツでな、詐欺、強盗、殺人、人さらい、なんでもアリだ……!」


 怖いことを、あっけらかんと言う商館長さん。

 私とシロちゃんは、揃って背筋を震え上がらせる。


「今回は強盗行脚をしていたようでな、盗んだ物をツヴィートークで売りさばいて、トンズラするつもりだったらしい。拷問にかけたら白状したよ。リリーたちの聖剣だけじゃねぇ、森の中で会ったクンストゥーを襲って、描きあがったばかりの絵を奪ったってな」


「やっぱり、アイツの言ってたことは全部ウソだったのね。だからノンキに落札なんてせずに、さっさとブン殴っておけばよかったのよ」


 すべてお見通しだった、みたいに鼻息を荒くするイヴちゃん。

 それで私は思い出す。


「あっ、そうだ。お金……! 商館長さん、落札にかかったお金、払います……!」


 しかし、大きな声で笑いとばされてしまった。


「がっはっはっはっはっ! あのオークションは俺んところが主催してるんだ! だから金はいらねぇよ! 1ゴールドも損してねぇからな!」


「そ……そうなんですか? あっ、それじゃ、ウェルトさんのお金も……?」


「ああ、そうだな! 聖剣のオークションについては、盗品ということだから無効にして、全額返金した!」


「よ、よかったぁ……」


 ホッと、胸を撫で下ろす私。

 シロちゃんも、大きな胸を押さえていた。


 ……胸を撫で下ろすのって、普通は自分の胸でやるものだけど……他人の胸でやるのはダメなんだろうか?

 許されるなら、シロちゃんの胸でやりたいなぁ……なんて思ってしまった。


 あ……そんなことはどうでもいいんだった。


「あの、商館長さん……オークションをメチャクチャにしちゃってごめんなさい」


 私は改めて、商館長さんに頭を下げる。


「なぁに、いいってことよ。どうせ最後の品物だったしな」


「……それで、あの……お願いがあるんですけど……」


「ん? なんだ? 言ってみな?」


「オークション会場の入口を警備していた隊長さんが、私たちにチケットをくれて、入場させてくれたんですけど……隊長さんたちを、叱らないであげてほしいんです……」


 するとまた、商館長さんは爆笑した。


「どわっはっはっはっ! ああ、それとは逆のことを、さっきレディに指示したよ!」


 つけたばかりのアダ名がさっそくよそでも使われていたので、私はちょっとビックリしてしまう。


「えっ……? レディさんって、レッドデイリーさんのことですよね? 逆のこと、って何ですか?」


「リリーたちを入場させた判断をほめてやれ、ってな! もし追い出したりなんかしてたら、タダじゃすまさなかったところだ!」


「そ……そうですか……」


「そういえば、その指示を出したとき……レディのヤツから聞いたぜ!? アイツ、すげー喜んでたなぁ!」


「えっ? な……なんでですか……?」


「リリーにアダ名をつけてもらえた、ってな! レッドデイリーだから、レディか……! いい名前じゃねぇか! リリーはアダ名づけの天才だな!」


「い……いやぁ……それほどでも……」


 私が照れて頭を掻いていると、イヴちゃんからヒジで突かれた。


「リリー、アンタ、レッドデイリーの名前を知ってたの? どこで知ったのよ?」


「い、いや……ちょっと、小耳に挟んだんだ」


 私はごまかした。


 レディさんの名前が『レッドデイリー』っていうのはついさっき知った。

 レディさんとアダ名を付けたのは、彼女が貴婦人(レディ)にふさわしい立ち振舞いをしていたからだ。


 『レッドデイリー』だから『レディ』ではない。

 ようは、ただの偶然なんだけど……正直には言わないほうがいいだろうなぁと思ったんだ。


 言葉を濁す私に、イヴちゃんは私のウソを見抜く時にするジト目で睨んでいたけど、


「ま、いいわ。アンタがどこで誰のことを、小耳だか小鼻だかに挟んでも……アタシにはどーでもいいことだし」


 それ以上の追求はしてこなかった。


 でも、どうでもいいなら聞かなきゃいいのに……それになんで、そんなに面白くなさそうにしてるんだろう……と私は理不尽なものを感じずにはおれなかった。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 私たちは商館長さんにお礼を言って、商館をあとにしようとしたんだけど……入口の受付のところで、後ろからガシッ! と腕を掴まれてしまった。


 イヴちゃんかな? と思って振り向いたんだけど……イヴちゃんじゃなかった。


 そこには、受付カウンターから身を乗り出す、受付嬢さんがいた。


 彼女はなぜか、頬をこれでもかと膨らませてぶんむくれている。


「あ、あの……ど、どうしたんですか?」


 私が尋ねると、受付嬢さんは「ずるい」とだけつぶやいた。


「えっ? ずるいって、何が……?」


「……ずるいずるいずるい! レッドデイリーにだけアダ名をつけて! しかも『レディ』だなんて素敵な……! 私もリリーとは仲良しのつもりなのに、なんでレッドデイリーだけなのぉ!? ずるいずるいずるい! ずるーいっ!!」


 私よりずっと年上のお姉さんから、子供みたいにダダをこねられてしまったので……私はドン引きしてしまった。


 受付嬢さんは長い髪をキッチリと編み上げて眼鏡をかけている、理知的で清潔感あふれるお姉さんなんだけど……まさかこんな一面があっただなんて……!


 私はとっさに取り繕った。


「わっ、わかりました……! じゃ、じゃあアナタにも、アダ名をつけてあげます! えーっと……」


 しかし、途中で言葉に詰まってしまう。


 受付嬢さんの名前なんて、知らないよ……!?


 受付嬢さんは私の名前を呼んでるから、受付嬢さんは私が名前を知っていると思っているハズ……!

 だからここで、「名前はなんですか?」なんて聞いちゃったら……彼女は暴れだすかもしれない……!


 レディさんのアダ名は偶然だったから、いちかばちかで……!

 いや、でも……さすがに……二度も偶然でうまくいくとは思えないし……!


 ふと、肩をチョンチョンと突つかれた。

 そこには、クロちゃんが立っていて……自分の胸のあたりを、指でさしていたんだ。


 最初はそのジェスチャーの意味がわかなかったけど、途中でハッと気づく。

 私は受付嬢さんに注意を戻し、視線を悟られないように胸のあたりを見た。


 レディさんに負けないくらいの、大きな膨らみに……『ドールミクナス』という名札がついている。


 それだけで、すぐに思い浮かんだ。

 なんたって私は、アダ名をつける天才だからだ。


「え、えーっと、じゃあ……『ドミナ』さん! ドミナさんでどうですか!?」


 できたてのアダ名を口にすると……いまにも破裂しそうだったドミナさんの頬は、ぷしゅぅぅ~と音をたてて、しぼんでいった。

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