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私たちの全財産……クルミちゃんを取り戻すためにかき集めた、最後の希望……。
額はともかく、私たちの想いがパンパンに詰まった麻袋が、魔法の秤の皿に置かれてしまった……!
……ガッ、シャァァァァァァァァァーーーーーンッ!!
牢獄の柵が閉じるような音とともに、秤の皿が揺れる。
私は最後の悪あがきとして、溺れる人のように手を伸ばしてもがきまくってたんだけど……屈強な警備員さんに羽交い締めにされていたので、むなしく空を切るばかり。
魔法の秤の真ん中には、皿の上の金額を示すリールの数字がある。
それが高速回転し、加算されていくのを……終末へのカウントダウンのように見つめる以外、何もできずにいた。
世界を滅亡させる隕石が、空から落ちてくるのを……ただただ見上げるだけの、民衆のように……!
私と同じように、この世の終わりのような顔をしているイヴちゃん。
見る勇気がないのか、顔をおさえてイヤイヤをしているシロちゃん。
こんな時でもクロちゃんだけは、悟りきった仙人のような表情。
アイオライトの宝石と見紛う、変わらぬ輝きをたたえる瞳に世界を映していた。
クロちゃんの動じなさは、すごいなぁ……。
きっとこのまま牢屋に直行させられても、彼女だけはツヴィ女の寮にいるのと同じように振る舞うことだろう。
私の頭のなかに、彼女の平坦な言葉が響く。
……この世のすべてのものには、精霊が宿るといわれている。
バスティド島の硬貨『ゴールド』は、額面が大きくなるほど純度の高い鉱物が使われていて、より多くの精霊が宿るとされている。
『魔法の秤』は硬貨の重量ではなく、内に宿した精霊の重さを計測し、金額をはじきだすもの。
……これは、私が『魔法の秤』の原理について、クロちゃんに尋ねたときに教えてもらった知識だ。
私は祈った。
おねがいっ……! どうか、どうか、どうか……!
硬貨のなかに、ふとっちょの精霊さんがいっぱいいてください……!
魔法の秤が示す金額は、じょじょに現実に近づきつつあった。
5万……10万……15万……20万……。
ああっ、もう、3分の1も数え終わった……!
そ、そんなにあわてないで……!
も、もっともっと、もっと、ゆっくりでいいよ……!?
25万……30万……35万……40万……。
なんて言ってる間に、もう半分を超えちゃった……!
なにか……なにか……なにかっ……!
なにか手はないのっ……!?
最後の最後、本当に最後の最後なんだから……!
これを逃すと、もう後がないんだよ……!?
大逆転の妙手を、ここで……ここで捻り出すんだっ、リリーっ!
ここでムギューって絞り出さなくて、一体いつ出すっていうのっ!
でっ、でもぉ……なっ……なにも出てこない……!
もう……もうなにも出てこないよぉ……!
頭の中は、かつてないくらいに空っぽ……!
シロちゃんのローブみたいに真っ白だよぉっ!
45万……50万……55万……60万っ……!
ああっ、もう……ダメだあっ!
このままじゃ……クルミちゃんと……離れ離れになっちゃう……!
そんなのイヤだ……! 絶対にイヤだっ……!!
お願い! お願いお願いお願いっ!!
おこづかい、全部、全部あげるから……! 未来のぶんまで、全部……!!
ううん、それだけじゃない……!
私の持ってるもの、全部、全部あげる……!!
だから、だからだからだから、だからっ……!!
「クルミちゃんを……連れていかないでぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
私はいつの間にか、頭の中の思いを声に出してしまっていた。
魂の叫びに、会場じゅうの声がすべて消え去る。
その、私ひとりだけになってしまったかのような空間で……ついに……奇跡は起こったんだ……!
65万……80万……160万……320万……640万……。
麻袋には、60万ゴールドちょっとしか入ってないはずなのに……秤の数値は、あっという間にそれを通り過ぎ……元々の10倍もの価値を、示していたんだ……!
私は目を何度もこすって、なおもスロットマシンのように勢いよく回転する数値を、幾度となく見返していた。
1280万……2560万……5120万……10240万……!
ガッ……チャァァァァァァーーーンッ!!
そこで、カウントアップは止まった。
10240万ゴールド、ってことは……。
『いっ……!? 1億240万ゴールドっ!?』
会場中の声が、一斉にハモる。
私は「奇跡にしても、やりすぎじゃない!?」なんて思っていた。
精霊さんに太ってとはお願いしたけど……ちょっとこれは太りすぎ……!
薄い床板だと、踏み割ってズボッてはまっちゃうレベル……!
狭い隙間だとはさまって、動けなくなっちゃうレベルだよ……!?
なんてどうでもいい例えを頭に思い浮かべていると……ふと、秤の皿の上……麻袋の横にデンと置かれたアタッシュケースに気づいた。
……あれ? あんなのあったっけ?
アタッシュケースの側には、スーツを着た女の人が立っている。
その女の人に、私は見覚えがあった。
ミントちゃんを抱っこする、その女の人……!
「れっ……レディさんっ!?」
レディさん……今年の夏休みに私たちは豪華客船に乗ったんだけど、そこで身の回りの世話をしてくれた女の人……!
いつもピシッと背筋を伸ばして立っていて、てきぱきと仕事をする、デキる女の人、ってカンジの美人さん……!
船旅の間は言い尽くせないくらいお世話になったんだけど、私は本名は知らない。
『レディさん』っていうのは、私が心の中だけで呼んでいたアダ名だ。
心に秘めていたアダ名をつい叫んじゃうくらい、私は我を忘れていた。
レディさんは私に、返事のかわりのウインクしたあと……ステージ上のイヴちゃんのほうを向いて、頭を下げた。
「イヴォンヌお嬢様。大変お待たせいたしました。お嬢様からご依頼いただいた、1億ゴールドをお持ちいたしました。遅くなって、大変申し訳ありません」
レディさんはすっと顔を上げたあと、オークショニアさんを睨んだ。
あたりを全て極寒に包むような、氷の魔女みたいな表情で……!
「……これは一体、何事ですか? 王都の名門、ラヴィエ家のお嬢様と、その召使いの方々を拘束するとは……無礼にも程がありますよ?」
それは静かな声だったけど、恐ろしいほどの迫力があった。
あの冷静沈着なオークショニアさんも、震え上がるほどに。
「れっ……レッドデイリー様っ! もっ、申し訳ありません! こちらのスーフ様から、イヴォンヌお嬢様の所持金チェックをするようにと、申しつかりまして……!」
「こちらのお嬢様がたの身元は、この商館秘書である、レッドデイリーが保証いたします。さぁ、今すぐお嬢様がたの拘束を解きなさい」
「しっ……失礼いたしましたぁ!!」
警備員さんが一斉に直立不動になり、私たちを押さえつけていた力がほどけた。
同じく解放されたスーフさんは、ぬき足さし足でステージからはけようとしている。
鷹の目のようなレディさんが、それを見逃すはずもない。
「警備員、その者を逃してはなりません。ただちに再拘束するのです」
わあっ! と一斉に取り押さえられるスーフさん。
あっという間にロープでグルグル巻きにされ、どこかに連れて行かれてしまった。
私は、命の恩人の元へと駆けていく。
「あっ……ありがとうございます、レディさん! あっ、いや、違う、えっと……レッドデイリーさんっ!」
私は慌てて訂正したんだけど、レディさんは怖い顔をふっとゆるめ、
「ふふっ、レディで結構ですよ、リリーお嬢様。これからもレディとお呼びください」
アダ名で呼んだことを許してくれたばかりか、すんなり公認してくれた。
とはいえ、私は恐縮してしまう。
「えっ、いや、でも……」
「レディちゃん、ありがとー!」
しかしレディさんに抱っこされていたミントちゃんは、さっそくそのアダ名を採用していた。
しかもそれだけじゃなくて、レディさんのほっぺにチューまでする始末。
レディさんはそれすらも嫌がる様子はなく、むしろ天使のキスを受けたかのように嬉しそうだ。
「うふふ、どういたしまして」
さっきまでの恐さはなにかの間違いなんじゃないかと思うほどに、顔をほころばせるレディさん。
その表情は、極寒の吹雪どころか……あたたかい春の日差しのように、やさしかった。




