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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
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106

 サインのノルマは500枚だったんだけど、ぜんぶ書けたのはシロちゃんとクロちゃんだけだった。

 ミントちゃんは真っ先に飽きてクルミちゃんと遊んでいたし、私とイヴちゃんは腕が疲れて半分くらいでギブアップ。


 別の撮影スケジュールがあるらしいので、サイン書きの残りは後日やることになった。


 というわけで……私たちは次の撮影現場である、海岸の見晴らし台に来ていた。


 大理石みたいな、白い石造りの広場。

 夕陽が沈む海が一望できて、なんともいえないロマンチックな場所だ。


「ここは『恋人たちの岬』っていって、沈む夕陽をふたりで見ながら愛の告白をすると、幸せになれるっていう言い伝えがあるんだ」


「どーせ観光客寄せにデッチあげただけでしょ」


 イヴちゃんからケチをつけられても、マルシェさんは気にする様子もない。


「だけどそのデッチあげも、イマイチ広まってなくてね……だからここでは『恋人たちの岬』をピーアールする撮影をしたいんだ」


 マルシェさんの説明はこうだ。


 ユリイカのリリー……つまり私が、他のユリイカであるイヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃん、クルミちゃんに対して、ひとりずつ順番に……愛の告白をするシーンを撮るらしい。


「わかりました。みんなに『愛してる』って言えばいいんですね」


 私はすぐに納得する。


「いや、もっと尺が欲しいから、リリーなりの言葉で愛を囁いてくれるかい?」


「はぁ、わかりました」


 私は追加注文についても納得したんだけど、なぜかイヴちゃんが割り込んできた。


「ちょ!? なんでアタシがアンタなんかに愛を囁やかれなきゃいけないの!?」


「あ、イヴちゃんってくすぐったがりだから、耳元で囁かれるのがイヤなんだね」


「そういうこと言ってるんじゃないわよっ! アンタがアタシに愛を囁くなんて……そっ、そんなの十年……いや百年早いわっ!」


「そう? 私はイヴちゃんが好きだから、今すぐにでも囁けるけど……じゃあさ、返事は百年後でいいから、聞くだけ聞いてよ、ねっ!」


 するとイヴちゃんはなぜか、逃げるようにどこかに行ってしまった。


「まぁ、しばらくすると戻ってくるよ。それよりも、今いるメンバーで先に撮影を始めるよ! でないと夕陽が沈んじまうからね!」


 マルシェさんに急かされ、私たちは『愛の告白』を始めることになった。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 私はミントちゃんを抱っこしながら、高台の手すりごしに沈む夕陽を眺めていた。


 海はオレンジ色の光を反射して、まるでルビーが波で洗われてるみたいにキレイだ。


「わあーっ! キラキラしてるー!」


 めいっぱい目を見開き、掴み取るように両手をパタパタさせているミントちゃん。


「でもミントちゃんのお目々のほうが、ずっとキラキラしててキレイだよ」


 するとミントちゃんはキラリンと私の方を向いて、


「リリーちゃんのおめめもキラキラしてて、きれーい!」


 私の瞳の奥を覗き込むように、顔を近づけてくるミントちゃん。

 ちょうど私も顔を近づけていたので、こっつんこ、とオデコどうしがぶつかった。


 どアップになったミントちゃんの瞳は、黄昏時の空みたい。茜色の表面の奥に、星空のような光を宿している。

 ふと帳がおりるように、瞼が閉じられたかと思うと、


「リリーちゃんのおめめ、おほしさまがいっぱーい! おもしろーい!」


 屈託のない笑顔を浮かべるミントちゃん。


「……やっぱり、ミントちゃんの笑顔がいちばんだね。冒険の途中で嫌なことや悲しいことがあっても、ミントちゃんの笑顔を見ればぜんぶ吹き飛んじゃう。この笑顔、ずっと見てたいなぁ」


 私は立ち直りが早いってよく言われるけど、その一因はミントちゃんの笑顔にあるのかもしれない。

 実際、彼女の笑顔には何度も救われてきた。


 なんていうか、うまく言えないけど……ミントちゃんの笑顔には、後光がさしてるみたいで、ピカーッとしてて……。


 ……そう、そうだ。

 ミントちゃんの笑顔はどんな暗雲をも消し飛ばす、真夏の太陽みたいなんだ……!


「……大好き。私の太陽さん」


 まぶしい笑顔の太陽に、頬ずりしてみると……まるで春の日差しみたいにあたたかかった。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 私はクロちゃんとふたり、高台の手すりごしに沈む夕陽を見送っていた。


 クロちゃんは眠たそうな半目で、何の感慨もなさそうに夕陽を浴びている。


「……キレイだねぇ、クロちゃん」


 するとクロちゃんは、ゆっくりと首を動かして私のほうを見た。


「よくわからない」


「そっか、あんまり夕陽は好きじゃないんだね」


 夕陽は夜の予兆みたいなものだから、暗いのがニガテな彼女は好きじゃないんだろう。

 でもそうなると……クロちゃんの好きなものって、一体なんなんだろう?


「クロちゃんってさ、サインしてたときに好きなものに私の名前を書いてたけど、他に好きなものはないの?」


「コーラ」


 即答してくるクロちゃん。


「そういえばクロちゃんて、コーラ好きだったよね……コーラのどういうところが好きなの?」


「シュワシュワしてる」


「じゃあさ、シュワシュワしてるコーラと、シュワシュワしてない私……どっちが好き?」


「リリー」


 迷いが感じられなかった。


「じゃあじゃあ、すっごくシュワシュワしてるコーラと……」


「リリー」


 先に答えられちゃった。


「私のどういうところが好きなの?」


 するとクロちゃんは、重そうな瞼をわずかに持ち上げた。


「……好きなのに、理由は必要?」


「ううん。いらないけど、『好きっこ勝負』はクロちゃんの負けだね。私はクロちゃんの好きなところ、いっぱい言えるもん」


「……例えば?」


「えーっと、まずね、いつも冷静で落ち着いてるところ! こっちまで落ち着けて好きなんだ!」


「自分は、リリーが自分のことを落ち着いていると思ってくれているところが好き」


「そうなんだ……でもまだ1対1だよ。えーっと、あとね、物事をいっぱい知ってるところ! 何を聞いて必ず答えてくれるから、好きなんだ!」


「自分は、リリーが自分のことを物事をいっぱい知っていると思ってくれているところが好き」


「そうなの? じゃあ2対2か……ってずるいクロちゃん! それじゃいくつでも作れるじゃない!」


 するとクロちゃんは、ポニーテールにした頭をこっくりと上下に動かした。


「従ってこの勝負、リリーに勝ち目はない」


 いつもは勝ち負けにこだわらないクロちゃんが、なぜかムキになっているように見えて……私にとってはそれがまた愛おしかった。

 何事にも淡々としている彼女が、私のために感情を動かしてくれているのが嬉しかったんだ……!


「……クロちゃん、大好き! そういうところも……!」


 私はクロちゃんを抱き寄せる。


 いま私はクロちゃんのローブを着ているので、それでクロちゃんを抱きしめると……全身でクロちゃんを感じられて、ますます好きな気持ちが止まらなくなっちゃったんだ……!


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 私はひとり高台の手すりごしに、片鱗だけとなった夕陽を見つめていた。


 暗くなりつつある広場の中、シロちゃんは私からだいぶ離れたところに立っていて……ずっとうつむいたままだ。


「えーっと、シロちゃん……そっちに行ってもいい?」


 するとシロちゃんはビクッと肩を震わせたあと、


「はははははひっ! ふ、ふつつつつか者ですが、よよよよよよろしくお願いいたします!」


 こっちを向いて水飲み鳥みたいに、何度も頭を下げてきた。


「そんなに緊張しないで、落ち着いて、ね?」


 私はシロちゃんの手を取って、抱き寄せる。

 胸に飛び込んできた彼女の頭を、胸に当てて心臓の音を聞かせてあげた。


 今回の冒険で何度目かの「とくんと君」。

 いつもならこれで落ち着いてくれるんだけど、彼女はまだ震えている。


 私はシロちゃんのツインテールの頭を撫でながら、やさしく囁きかけた。


「シロちゃんってどんな時でも、どんな事でも一生懸命だから、緊張しちゃうんだよね?」


「すすっ……すみません……すみません……すみません……!」


 彼女はうわごとのように、震え声をたちのぼらせている。


「ゴメン、もしかしてこうされるの嫌だった?」


 するとシロちゃんは釣り上げられた魚みたいに、ビクン! と大きく震える。


「とととととっ、とんでもありませんっ! 私みたいな者が、リリーム様に愛を囁いていただくなんて……恐れ多くて……!」


 彼女は緊張のあまり、出会ったばかりの頃みたいによそよそしくなっていた。


「恐れ多いだなんて言わないで、シロちゃん……私、哀しくなっちゃう……」


「すっすみません……! ご期待に添えずに……! なんでもいたしますから、どうか、どうか、お許しを……!」


 シロちゃんは土下座しようとしたけど、私はきつく抱きしめて止める。


「お願いシロちゃん……! シロちゃんだけは、私に遠慮なんてしないで……! 私はシロちゃんとずっと一緒にいたいのに、そんなんじゃ一緒にいれないよ……!」


 するとシロちゃんはハッと顔をあげた。

 まるでこの世の終わりみたいに青ざめている。


「も……もう……ご一緒させて、いただけないのですか……!? 私のできることでしたら何でもさせていただきます。ですから……捨てないで……捨てないでください……!」


 上目遣いの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙をこぼすシロちゃん。

 こんなに次々と感情を露わにする彼女を見るのは初めてだったので、私はうろたえてしまった。


「お……落ち着いて! 落ち着いてシロちゃん! 私はシロちゃんのことを、絶対に嫌いになったりしない! 一生こうしていたいんだ! だからシロちゃんも遠慮せずにもっと、自分の気持ちを……!」


 私は彼女の肩を抱いて、ガクガクと揺さぶりながら訴えてたんだけど……その言葉は途切れてしまう。


「一生、あなた様のおそばに………いれるなんて……それも……ふたりっきりで……はふぅぅ……これは……きっと……夢……きゅうぅ……」


 腕の中にいたシロちゃんが、天に召されたみたいに気を失っていたからだ。

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