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イカのかぶりものをした私たちは、町長さんを筆頭とした屋台の人たちと共に街の市場へと繰り出した。
写真を撮る『真写師』さんが呼ばれ、市場のなかで撮影の準備が進められる。
私は写真を撮られたことがあまりなくて、子供の頃……王城に行ったときに女王様とママと、イヴちゃんと私、そして貴族の人たちといっしょに記念撮影をしたのが唯一の記憶だ。
写真というのは、カブトみたいな眼鏡型の魔法触媒をかぶった真写師さんがいて、被術者のまわりを魔力を増幅させる銀色の板を持った人たちが取り囲んで、ようやく撮れるんだ。
写真をとるための魔術は専門的なやつらしく、難しい呪文を唱えないといけないらしい。
呪文を習得できるようになるまでかなり時間がかかるらしいので、なり手も少ない。
だから『真写師』さんというのは、写真を撮る呪文だけで一生暮らしていけるという。
今回、私たちを撮ってくれる真写師はおじいさんで、気難しそうな人だった。
なんだか怖いなぁ、と思ってたんだけど……ミントちゃんはおかまいなしに「おじいちゃん、そのかぶりもの、へんー!」と、絡んでいく。
私はちょっとヒヤッとしたんだけど、おじいさんはいかつい顔をほころばせてミントちゃんの頭を撫でていた。
さすが……ミントちゃん……!
準備が終わるのを待っていると、屋台で私たちにイカ焼きをくれたお姉さんが、私たちの所にやってきた。
「私はマルシェ、よろしくね。いつもは屋台で商売してるんだけど、今日は撮影のアシスタントに駆り出されたんだ。私が撮る内容を説明するから、その通りにしとくれよ」
「は……はい! お願いします、マルシェさん!」
私とシロちゃんは揃って頭を下げる。
イヴちゃんとクロちゃんは会釈もしない。ミントちゃんは「はぁーい!」と元気に手を挙げた。
「じゃあまず、リリーだけを撮影させてもらうよ」
「えっ、私だけですか?」
「そう、ユリイカのリリーはイカの剣以外に友達がいないっていう設定だからね。その剣と仲良くしてるところを撮りたいんだ」
「は……はぁ……」
「イカの剣にはイカの精霊が宿っているという設定なんだけど、イカの精霊は女の子なんだ。その精霊の子と仲良くしてるイメージだね。精霊役の女の子は、別撮りでモデルさんを合成するから」
ちょうど本職の精霊であるクルミちゃんがいるので、彼女でいいんじゃ……と思ったけど、私以外には見えてないんだった。
でも、あとから合成なんてできるんだ……写真って、思ったよりスゴイものかもしれない。
「はぁ、わかりました」
「後から合成だから、何もないところで演技してもらうことになるけど……できる?」
「まぁ、やってみます」
「おっ、いいねぇ、なんでもやってみようとするその心意気! 私は好きだよ! じゃあ、さっそくいってみようか! ……真写師さん、お願いします!」
手で合図を送りながら、離れていくマルシェさん。
いつの間にか私のまわりには、遠まきに人が集まってきていた。
何事かと足を止める人で、どんどん人だかりができつつある。
こ……こんなに大勢の人が見てる中で、演技しなきゃいけないのか……!
心のハードルがグンとあがった気がしたけど、もう撮影は始まっちゃってる。
も……もう……やるしかないっ……!
私は精霊の姿をしたクルミちゃんの手を取って、市場を一緒に歩きだす。
取り囲む撮影の人たちが、私たちにあわせてじりじりと移動する。
「あっ……見てみてクルミちゃん、イカがいっぱいだよ」
私はぎこちない動きで、市場の上のほうにかかっているイカの風船を指さす。
観光のポスターってよく、上のほうを指さしてるのが多いなぁと思ってのことだ。
「ほんとだー! きれーい!」
手をひさしにして空を仰ぐクルミちゃん。彼女は彼女なりに演技してくれている。
ふと私たちの目の前にいるマルシェさんが、小さなチョークボードを掲げた。
『もっと精霊に密着するような感じで、愛でるように!』
私は指示されるがままに、クルミちゃんの腰を抱き寄せる。
クルミちゃんは私より頭ひとつ分くらい背が高いので、彼女の胸がぽよんと頬に当たった。
「え……えーっと……あんなイカよりも、クルミちゃんのほうがずっとキレイだよ」
『そこで頬ずり!』
さすがに胸に頬ずりするわけにはいかなかったので、クルミちゃんにしゃがんでもらって、頬にスリスリした。
「うふふふ! くすぐったいよ、リリー!」
身をよじらせるクルミちゃん。
私は気持ちよかったんだけど、まわりではひとりで頬ずりしてるように見えてるんだろう。
外野のイヴちゃんとミントちゃんが指さして笑っている。
「アハハハハハハ! 何もないところで頬ずりしてる! バカみたい!」
「リリーちゃんのかお、おもしろーい!」
くっ……!
私はちょっと悔しくて、恥ずかしかったんだけど……なんとかマルシェさんのオッケーをもらった。
次のシーンは、私とみんなの出会いのシーンだった。
「ユリイカのイヴ、ミント、シロ、クロはひもじくて、お互いの足を食べあっているシーン。そこにリリーが通りかかって、屋台の料理を食べさせてあげて仲裁するんだ」
マルシェさんの説明を聞くかぎり、私よりもみんながメインようだ。
「足って、このヒラヒラを食べあうってこと?」
かぶりものの下からさがっている、イカの足をヒラヒラさせて尋ねるイヴちゃん。
「それは正確には腕」とボソリと突っ込んでくるクロちゃん。
「うーん、それじゃインパクトがないから……お互いの指を食べあうことにしようか」
「ええっ、指を!?」
「あ、実際に食べろってことじゃないよ、口に含むだけでいいから」
「そんなのわかってるわよっ! 人の指を口に入れるだなんて……!」
潔癖なイヴちゃんは、明らかに嫌がっている。
私だったらみんなの指が口に入れられるなんて、喜んでするんだけどなぁ……。
私はちょっと意地悪したくなって、横から口を挟んだ。
「あの、マルシェさん、手よりも足の指を食べるってことにしたらどうですか? そのほうがダイナミックな絵になるかも……」
「ちょ!? 何言ってんのよリリーっ!?」
豆鉄砲を浴びたような顔になるイヴちゃん。
しかしマルシェさんの顔は、天啓を受けたように明るくなっていた。
「い……いいっ! いーねそれ! いただき!」
……結局、撮影陣の満場一致の賛成を受け、食べあう手の指は足の指へと変更される。
イヴちゃんは逃げ出さんばかりに嫌がったけど、後で見せ場を用意するという交換条件で、渋々承諾してくれた。
「いいことっ? アンタたち! しっかりキレイにしておきなさいよっ!?」
いったん私たちが泊まっている宿に戻り、イヴちゃん指導のもと足をキレイに洗うみんな。
なぜか私もいっしょになって洗わされた。
そして撮影が再開される。
市場の大通りのど真ん中で、くんずほぐれつを始める私の仲間たち。
いちおう床敷きはしいてあるんだけど……私がよく知る女の子たちが泥レスリングのように転がりながら、お互いの足を舐めあっている様はかなり異様だ。
逆エビにするみたいにクロちゃんを動けなくして、足にぱくっと噛み付くイヴちゃん。
クロちゃんはクロちゃんで、ゾンビみたいに手を伸ばしてシロちゃんの足を噛んでいる。
シロちゃんはアワアワとなっている。
本来なら足を払って跳ね除けるべきなのだが、やさしい彼女はそんなことはしない。
ローブから覗く白い太ももをよじらせながら、されるがままになっている。
そこにミントちゃんが混ざった。
蝶のように舞い、ハチのように刺す動きの彼女は、無防備なイヴちゃんの足をペロリと舐める。
くすぐったがりのイヴちゃんは、それだけで悶絶していた。
「す……すご……」
外野の私は、彼女たちのキャットファイトに見とれてしまっていた。
私たちがふざけあってる時って、ハタからはこんな風に見えてるのかなぁ……こりゃ目立つわ……。
そんな感想を抱きつつ、イカ焼きそばを持ったまま立ち尽くしていると……檄が飛んできた。
「り……リリーっ!! アンタが仲裁にこないと、終わらないでしょーがっ!! さっさと入ってきなさいよっ!!」
イヴちゃんから厳しく言われて、あ、そっか……と自分の役割を思い出す。
でも、私がリングインしようとした途端……なぜかみんなはパタッと争いをやめた。
じゃれあっている途中、ゴハンを与えられた仔ライオンのように……。
怪しく光る、みんなの瞳……それで私は気づいたんだ……!
きっとみんなは、私も同じ目にあわせてやろうと思っているんだと……!




