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リリー、イヴ、ミント、シロ、クロ、五人で避難訓練をしました。
いちばん決まりを守れたのはだれ?
次にリリーが出した、仲間たちが登場する問題。
ヴォーパルは酸っぱいものを食べたみたいに、顔をしわくちゃにしながら考えています。
「うーん……まえに学院で避難訓練したときは、どうだったかしら……? たしか、リリーのせいでアタシたち全員叱られちゃったのよねぇ……」
イヴは相変わらず、現実と照らし合わせて考えていました。
修学旅行に出発する前、ツヴィートーク女学院でも避難訓練が行われたのです。
避難訓練といっても火事や地震のものではなく、学院にモンスターが襲来した場合の訓練でした。
その時、リリーが独自の避難ルートを行きたがったせいで、訓練用に放たれていたモンスターに襲われてしまったのです。
それを思い出したイヴは、ひとりでムカムカしはじめました。
「ああ……なんか思い出してきたら、腹がたってきたわ、なんでアンタのせいでアタシが叱られなきゃいけないのよっ!」
イヴはまたリリーに襲いかかり、頬をガッとつまみました。
リリーは口の中に親指を突っ込まれ、横にぐにーと引っ張られています。
「うにゃっ!? イヴにゃん、あ、あにょ時にゃんにゃん叱ったじゃにゃい!? 思いにゃして叱らにゃくても……!」
リリーは、「イヴちゃん、あの時さんざん叱ったじゃない!? 思い出して叱らなくても」と言っています。
でも思うように口が動かせないので、猫が人語を喋っているような変な言葉になりました。
でも、実をいうと……リリーはこうやってイヴに叱られるのが、まんざらでもなかったりします。
ツヴィートークにある女子寮にいるときでも、たまにリリーの部屋にイヴがやってきて、リリーのことを叱るのです。
最初はネチネチ、クドクドと言葉だけなのですが、だんだんイヴがヒートアップしてきてリリーを押し倒すのです。
そして馬乗りになったまま、リリーの頬を引っ張ったり、鼻をつまんだり……顔マッサージみたいにリリーの顔をいじり倒しながら叱責するのです。
リリーはお説教が大嫌いでした。
学院の先生やら、聖堂の聖堂主さまからされるお説教は、一秒だってガマンできずにソワソワしてしまいます。
でも……イヴから変顔にされながらのお説教だけは、大好きでした。
イヴにたっぷりと触ってもらえるからです。
この時だけはリリーはイヴの身体に触らず、されるがままになっていました。
しかしこのお説教、普段はツヴィートークの寮で、ふたりっきりのときしかやってくれないのですが……イヴはなぜか今、やってくれています。
それがリリーは嬉しくて、こんな時だというのに顔をほころばせていました。
変顔を加速させているとも知らずに。
「ぷっ、アンタ、なんて顔してんのよ」
ゆるみきったリリーの顔に、イヴは思わず吹いてしまいました。
「ふえっ、そんにゃに変にゃ顔ににゃってる?」
「アハハハハハ! なんだか溶けたスライムみたい! ホラ、クロも見てみなさいよ!」
呼びかける必要もなく、すでにクロは振り向いてリリーの変顔を見上げていました。
その表情は相変わらずでしたが、どことなく羨ましそうです。
リリー、イヴ、クロ……つい三人とも、悪魔と対決しているのを忘れるほど和んでいました。
しかしその様こそ、ヴォーパルにとって何よりも不快なものだったのです。
「ぐああああーーーーーーーっ!! 私の前で、イチャイチャするなぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!」
半狂乱になった悪魔から、剣のような歯の切っ先を喉元に突きつけられ、リリーは慌てて気をつけの姿勢をとりました。
イヴはチッと舌打ちをし、クロは規則正しい動きでヴォーパルに向き直ります。
「リリー、イヴ、ミント、シロ、クロ、五人での避難訓練……いちばん決まりを守れたのは……シロだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ヴォーパルは、怒りにまかせて答えをぶちまけました。
リリーはヴォーパルに怒られて、消沈していたのですが……答えを聞いた途端、懲りないいたずらっ子のように明るさを取り戻したのです。
「はっ……はずれーっ! 正解はミントちゃんでした!」
「……なぜだっ!? 理由を言ってみろっ!! 前の問題みたいに、貴様らのことをよく知らないとわからない問題だったら……この場で首を斬り落としてやるからなっ!!」
ヴォーパルは鋭い前歯を再び、リリーに向けます。
「こっ、今度は納得いく理由だと思うよ、なんでミントちゃんかというと……彼女がいちばん幼かった(押さなかった)から……!」
「ぐっふぅ!?」
ヴォーパルは理由を聞いた瞬間、どてっ腹に破城槌をくらったかように身体をくの字に曲げました。
ミントが幼いのは、外見的にすぐわかる要素……リリーの言っていたように、よく知らなくても正解を導き出すことができます……!
「うっ……ぐぅぅぅ~っ!!」
嗚咽をもらすように、ヴォーパルはヒザをつきました。
腹を抱えたまま、うなだれて……死んだ胎児のように、悪魔は動かなくなります。
「や……やった!! 今度こそやったわ! あのブッサイクな悪魔に、ついに勝ったのよっ!!」
しかし……イヴの喜びは、またしてもつかの間でした。
事切れたと思われた悪魔は、ビックリ箱から飛び出した人形のように伸び上がり、
「見る人によって印象が違う問題は……ナシだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! だから、この問題も無効でぇぇぇぇぇぇぇぇっす!!」
ベロベロバァと言ってのけたのです。
「ええっ、またぁ!?」
「なによっ!? この問題はリリーの言うとおり、アタシたちのことをよく知らなくてもわかる問題じゃないっ!?」
「いいやっ! ミントが幼いなんて、お前らだけが思っていることだろう!! 私はミントのことを幼いと思ったことは一度もないっ!! むしろ命を賭けた勝負の最中に、バカ騒ぎしている貴様らのほうが……よっぽど幼く見えるわっ!!」
リリーとイヴの抗議は、かなりメチャクチャな言い分で封じ込められようとしていました。
しかし今回ばかりはふたりとも食い下がります。
「そ……そんなのズルいっ! 私たちの中でミントちゃんがいちばん幼いのは、見て明らかじゃない!」
「そうよそうよ! 往生際が悪いわよっ! いい加減、負けを認めなさいっ!! クロ、アンタも何か言ってやりなさいよっ!!」
リリーとイヴは、口論では頼りになるクロに注目します。
しかしその口から飛び出したのは、予想外の言葉でした。
「……自分は異論はない。次の問題を」
クロはこの理不尽な判定に異を唱えず、相手に攻撃権を渡してしまったのです……!
「ええっ、なんでっ!? クロちゃん!?」
「どうしたのよ、クロっ!?」
仲間たちは信じられず、クロの肩を掴んで揺さぶりました。
でも彼女は振り向きもせず、首がバネになっている人形のように揺れるばかりです。
「グフフフフ……! どうやら貴様らのなかで、いちばん大人なのはクロのようだな……! よぉし……次はこっちの番だあっ!! そろそろ、決めてやるぞぉぉぉぉっ……!! 覚悟はいいかぁぁぁぁぁぁっ!!」
ヴォーパルは気合の込もった声とともに、両手をバッと掲げました。ドレスの長い袖が羽根のように広がります。
それはまるで……逢魔が時に現れた、地獄からの使者のようでした。
ここに来てヴォーパルは、新たなる必殺の問題を思いついていたのです。
リリーの出した問題をヒントにした、内輪の問題。
ヴォーパルの出身である、魔界から持ってきたネタ……人間であるクロでは絶対に知りえない情報を使ったものでした。
それは、先程までの彼女からすれば、ありえない問題……!
リリーたちの問題はさんざん無効にしておきながら、彼女はそれをやろうとしていたのです……!
不平不満は強引に押し込めて勝利宣言をし、そのままリリーたちをウサギに変えるつもりでした。
やや流儀に反するものの、もはやなりふり構っていられないほど、悪魔は追い詰められていたのです。
「魔界で有名な、女好きのサキュバスってだーれだっ!?」
「「「メラルド」」」
……。
…………。
………………。
漂う沈黙のなか……ヴォーパルは、我が耳を疑っていました。
リリー、イヴ、クロの三人の答えが寸分たがわず、しかもハモっていたことではありません。
「なっ………!? なななななななななななななななななあああっ!? なぜ貴様らが……メラルドを知っているっ!?!?」
ヴォーパルは、親しいサキュバスである悪魔メラルドを使った問題を出しました。
メラルドは魔界では有名でしたが、人間界では知っている者のほうが少ない存在です。
なぜ知られていないかというと……それには理由がありました。
「なぜだっ!? なぜだっ!? なぜだぁっ!? メラルドの正体を知る人間は、例外なく彼女の傀儡となっているはずなのにっ!?!?」
そうなのです。サキュバスであるメラルドは人間界で暮らしていますが、彼女が悪魔であることを知る者はいません。
正体を知ったとたん……例外なく彼女に魅了され、操り人形にされてしまうからです。
ヴォーパルは驚愕のあまり、少女たちが神や上級悪魔のように見えていました。
及びもつかない存在を前にしたかのように、じりじりと後ずさります。
「……はっ!? ま……まさか……! 聞いたことがあるぞ……! かつてひとりだけ、メラルドの魅了にかからなかった勇者が存在すると……!? まさか貴様らのひとりがそうなのかっ……!?!?」
ヴォーパルはキッと、クロを睨みつけます。
ナゾナゾ勝負の最中、ただ者ではない立ちふるまいを幾度となく見せつけられ……彼女しかいないと確信していたのです。
「い……いやぁ~照れるなぁ」
しかし予想は大外れ……!
緩んだ顔の少女が、照れくさそうに後ろ頭を掻いているではありませんか……!




