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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
240/315

70

 『リリー』『リリー』『リリー』『リリー』『リリー』……今度は、ぜんぶリリーでした。


 貴婦人は今度こそ、と大きく息を吸い込みます。


「んまぁぁぁ~!? リリーさんだったら、縛られて動けないところに、トロッコで突っ込んでいいと考えたのねぇ! 首と胴体と脚が三つにわかれてもいいと考えたのねぇ! かわいそうなリリーさん!」


「ええーっ、そんなぁ!?」


 リリーは泣き出しはしませんでしたが、それなりにショックだったようです。


 そんなリリーを、イヴは軽くあしらいます。

 まるでカスリ傷を大げさに痛がる子供をたしなめるように。


「いつもなんとかしてるでしょ。アンタがトロッコに轢かれて死ぬんだったら、もうとっくの昔よ」


 イヴに同調し、シロは申し訳なさそうに手を挙げます。


「あのっ……すみません……私も、リリーさんでしたら、なんとかしていただける気がして……」


 ずっと前を見ていたクロは、ここで初めて貴婦人のほうを見ます。


「根拠はないが、絶対にリリーは轢かれない」


 そして静かな彼女にしては珍しく、力強くつぶやきました。


 貴婦人は戸惑っていました。

 ミントを選んだ時と同じく、選んだ理由が一致していたからです。


 示し合わせたわけでもないのに……!


 しかも提示したシチュエーションは絶望的だというのに、みんなリリーなら死なないと思っているところが驚きでした。

 長年連れ添ってきた老夫婦のように、信頼しきっているのが貴婦人には信じられませんでした。


 貴婦人は完全に、リリーたちを見くびっているようです。

 見た目は新米冒険者な彼女たちなのですが、くぐり抜けてきた修羅場だけはベテラン冒険者なみであるということを知りませんでした。


 一歩間違えれば死んでいたようなピンチをいくつも、リリーは独自のアイデアでくぐり抜けているのです。

 そのおかげで、根拠はないけどリリーなら大丈夫、というへんな信頼を仲間から勝ち得ていました。


「ねぇねぇ、これなんて書いてあるんだっけー?」


 ミントだけは、適当に出したようです。


 貴婦人は人しれず、長い爪を拳に食い込ませていました。


「そ……そう。リリーさんだったら、よくわからないけどトロッコに轢かれても死なないのね。リリーさんは不死身なのかしら?」


 別に褒めたつもりもなかったのですが、リリーは褒められたと勘違いして照れています。

 もちろん不死身なんてこともなくて、リリーは両手の指が十倍になっても数え切れないくらい死んでいます。


「じゃあ、道徳の授業はここまでにしましょう」


 悔しさをにじませながら、貴婦人は二時限目の授業の終了を告げます。


「授業の最後は……『投票』よ」


 ステッキをスッとひと振りすると、『きまりごと』の書かれた立て札がクルリと回転しました。

 裏には、なにか書いてあります。



 投票の『きまりごと』


 一、投票は、生徒のだれかのなまえのふだをえらんで、先生にわたしましょう。


 二、投票で、二票よりおおくはいった生徒は、ウサギになってしまいます。


 三、投票は、できれば自分のふだを投票しましょう。



 新たに現れた『きまりごと』。文字を目で追っていたリリーたちは、ざわめきはじめました。

 貴婦人はみんなが読み終えるのを待って、言葉を続けます。


「みんなの中にある『わだかまり』……それはこの投票によって、キレイすることができるの」


 しかし、この教室きっての不良(ワル)であるイヴが、すぐに食ってかかりました。


「そんな言葉に騙されると思ったら、大間違いよ! でも、よーやくわかったわ! アンタの目的は、アタシたちをウサギにすることだったのね!!」


 びしっと指をさされても、貴婦人は動じる様子もありません。

 首をゆっくりと左右に振りました。


「うぅん、それは違うわぁ。『できれば自分のふだを投票しましょう』って書いてあるわよねぇ? みんながみんな、自分の札を投票すれば、誰もウサギにはならないわよぉ? 先生はそうなることを望んでいるの」


 そしてまたしても、イヴに向かってウインクします。


「あ……それとも……イヴさんがそう考えちゃったのは、ウサギにしたい誰かがいるからなのかなぁ?」


「そんなわけないでしょ!!」


「じゃあ、何も心配しなくてもいいわぁ。他の人に投票しない限り、誰もウサギにはならない……そうでしょぉ?」


 イヴはくっ、と唇を噛みました。

 言葉に詰まった仲間にかわり、リリーが挙手します。


「はい、先生! なんでこの投票で『わだかまり』がなくなるんですか?」


 その質問に、貴婦人は「良い質問ねぇ」と大きく頷きます。

 蝶のようなアイシャドウが、羽ばたいたように見えました。


「自分で自分に一票入れるということは、他の誰かに一票でも入れられたウサギになっちゃうということなの。それって、みんなを信用していないとできないことじゃない? 授業のたびに投票をやって、誰もウサギにならなければ、信用が積み重なってるってことなの。信用がいっぱい積み上がっていけば、自然とわだかまりもなくなっちゃうわぁ」


 「なるほどぉ……」とリリーは納得してしまいました。

 言いくるめられた仲間にかわり、イヴがまた文句をつけます。


「ちょっと待ちなさいよ! 何かの間違いで二票入っちゃったらどうするのよ!? ウサギになるなんてまっぴらよ!」


「誰かがウサギになってしまったら……その時点でウサギになった人が『わだかまり』の原因だというのがわかるわぁ。それと安心して、ウサギになっても元に戻す方法はちゃあんとあるの。ウサギになった子は、真心のキスを受けると人間に戻れるわぁ」


 イヴは、貴婦人の言葉が本当かどうか疑っていました。

 そんなの、アンタのでまかせかもしれないでしょ……! と。


 しかし貴婦人はイヴが口を挟むより先に、立て札に書き加えます。



 投票の『きまりごと』


 一、投票は、生徒のだれかのなまえのふだをえらんでおこないます。


 二、投票で、二票よりおおくはいった生徒は、ウサギになってしまいます。


 三、投票は、できれば自分のふだを投票しましょう。


 四、ウサギになった生徒は、こころのこもったくちづけでもとにもどすことができます。



 新たに加えられた『きまりごと』。それはウサギにされた仲間を元に戻す方法でした。


 元に戻す方法まであるのであれば、もう文句のつけようがありません。リリーとイヴは何も言えなくなってしまいました。

 シロは不安そうにミントを抱きしめています。ミントは投票の意味がわからず「ウサギさん、ウサギさん!」と嬉しそうです。


 クロは我関せずといった感じで、教室の外で跳ね回っているウサギたちを、じーっと見つめていました。


 貴婦人はあらためて、横一列に並んでいる生徒たちを見渡します。


「わかってもらえたかしらぁ? じゃあ、さっそく投票といきましょう。『きまりごと』にもあるように、できるだけ、できるだけ自分に投票してねぇ。それと安心して、投票する名前の札は、先生が机の下からこっそり受け取るから、誰が誰に投票したかは自分以外はわからないわぁ」


 そう言って、一番右に座っているシロの席に歩いていきました。


「じゃあ、シロさん、それと、膝の上のミントさん。投票したい人の名前の札を、先生にこっそり渡してちょうだいな」


 シロは緊張に身体をこわばらせながら、ミントは何も考えてない能天気さで、投票します。


 次はリリーの番です。ちょっと緊張しつつ、札を渡します。

 先生から自分に投票するようにと言われているし、みんなもきっと自分に投票するだろうと思っていたのですが、なんとなく落ち着きませんでした。


 そしてクロの番です。

 クロは音もなく、ローブの袖の下から札を渡しました。


 最後はイヴです。イヴは隠すこともせず、ひとさし指と中指に挟んだ「イヴ」という名前の札をピッと渡そうとします。

 しかし貴婦人にとがめられ、渋々机の下から渡しました。


 貴婦人はみんなから札を集め終えると、黒板の前へと戻っていきます。

 そしてまた生徒たちを見渡してから、言いました。


「それでは……開票しましょうか。ウサギになっちゃうのは、誰かしらねぇ……?」

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