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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
226/315

56

 イヴちゃんも、クロちゃんも、ミントちゃんもシロちゃんも、私という名の蜘蛛の糸に絡め取られた蝶のようにもがいていた。もちろん私も。


 私は、四肢に絡みつく私の感触を感じながら、自分自身の寝相を恨んでいた。

 なんでこんなに力いっぱい抱きしめて離さないの……!?


 少しは飽きてどこかに行ってくれればいいのに、抱きつきモードの時に何かにしがみついたら離れない。

 まるでやさしいベアトラップみたいなタチの悪さだ。


 でも、ずっとこうしてるわけにはいかない。

 朝日が登り、どんどん部屋は明るくなってきている。


 私は自分の部屋ではカーテンをしない。陽の光を顔に浴びて目覚めるんだ。

 この調子だと目覚めの時を迎えるのもそう遠くない。


 ひとりでも私が起床してしまったら最後、パニックになるのは火を見るよりも、氷水に浸かって風邪をひくよりも明らかだ。


 私は蠢く肉布団に絡みつかれながら、高速で思考を働かせる。


 うーん……どうすれば、このリリーム・ルベルムの檻から脱出できるんだろう?

 好きなモノで一箇所におびき寄せたりできないだろうか?


 無意識であっても、私が惹かれるモノ……なんだろう?

 まず、みんなの身体ってのは間違いないだろう。現に熱烈なハグを受けてるし。


 それ以外だったら……そうだ、朝ゴハンのニオイなんてどうかな?

 パンとかベーコンが焼けるニオイ、炊きたてのごはんや味噌汁がたてる湯気のニオイって大好きなんだよね。

 嗅ぐと夢のなかに出てきて、思わずヨダレが出ちゃうんだ。


 なんて思っていたら、私の頬に冷たい滴が垂れてきた。

 見やると、私の上にのしかかった私が、外れたアゴみたいに開けた口からヨダレをダラダラと垂らしていた。


 ……どうやら、ニオイを嗅がなくても夢のなかに出てくるようだ。


「うぅ~ん……朝ゴハンがこんなにいっぱいのクリームだなんて……喜ぶのはイヴちゃんだけだよぉ……」


 寝言を言いながら、私の顔をガッと掴んで、ペロペロ舐めはじめた。


「うわっぷ!? ちょ、やめ……!」


 突き飛ばしたくなったが、起こしたらマズイと思ってガマンする。


 み……みんなに舐められるんだったら大歓迎なんだけど……自分自身に舐められるなんて嫌すぎる……!!


 まるで毛づくろいをするように顔を舐められまくりながら、私は一刻も早くこの地獄から抜け出す方法を模索する。


 ……あ、そうだ! 私って木の実が好きだから、木の実を撒いたらそっちに行ったりしないかなぁ?

 なんかスズメみたいだけど、試してみる価値はある。


 木の実を取り出すために腰のポーチをまさぐってみたけど、無かった。全部食べたあとだった。


 ……ダメか……!


 ……あっ! そ、そうだ、イヴちゃんが言ってた。寝ぼけた私をベッドの下に蹴り飛ばしてたって。

 私は教えてもらうまでそのことを知らなかった。ということは、少々のことをしても起きないってことだ……!


 いちかばちかになっちゃうけど……こうしてても時間ばっかり過ぎていくだけだ……!


「よぉし……やってみよう……!」


 覚悟を決めると、つぶやいてやる気を奮い立たせる。

 力を込め、私の腕を振りほどいた。


「うぅん……」


 思いっきりやっても私は起きることはなく、呻きながらゴロンと転がるだけだった。


 ……よし……いける……!


 顔に、首に、腕に、胸に、腰に、太ももに……くっついた拘束具のようなものたちをベリッと引き剥がし、ドンと突き飛ばしてよそへ追いやった。


 そうしてようやく解放された私は、脱皮したみたいに軽くなった身体を起こす。

 眼下の私は、いまだ抜け殻のように眠りこけていた。


 けっこう手荒にやったのに、全然起きないなぁ……と思っていたら、それが他のメンバーにも伝わったようだった。


 イヴちゃんは鬱憤を晴らすみたいに私に蹴りをいれはじめる。

 ゴロゴロ、ゴロゴロと転がって離れていく私。


 クロちゃんに至っては、鬼火で私の顔を炙っていた。

 熱さにたまらず顔を押さえて離れていく私。

 さすがにそれは起きるんじゃないかと気が気でなかったけど、焦げた頬になってもなお目を覚ますことはなかった。


「ここまでやって起きないなんて、気を遣ってソンしちゃったわ」


 そう言いながら、イヴちゃんは私の背中を踏んづけ乗り越えていた。

 「グエェ」と轢かれたカエルみたいな声をあげる私。それでも覚醒することはない。


「ちょ、ちょっとは気を遣ってあげて」


 なんで私がドッペルゲンガーをかばっているのかわからないけど、自分ソックリの存在が痛めつけられるのは見ていて気分のいいものじゃない。


 それでもなおまとわりついてくる私を跳ねのけ、私はシロちゃんとミントちゃんのリュックを回収、みんなは自分のリュックを回収した。

 そして部屋の出口のほうに向かう。死体の山みたいに折り重なっている私の身体をひっぺがし、底に埋まっていたシロちゃんとミントちゃんを救出した。


 よく見ると、みんなの顔は私のヨダレでベトベトになっていた。


「拭きたいけど……それはあとにして、先に逃げよう」


 濡れ光る顔のまま頷き合って、玄関に向かう。


 ……あとは玄関から出るだけ。扉をくぐって外に出れば、逃げおおせたも同然。

 あと少し、あと少しだ。あと少しで、この集落から抜け出せる。

 クルミちゃんを届ける旅を、ようやく再開できる……! と思った瞬間、


「♪アッサーヨ、アッサーヨ、アッサーヨ~!! ♪オッキーロ、オッキーロ、オッキーロ~!!」


 突如、私の腰からアカペラが響き、みんなしてひっくり返るくらい仰天した。


「♪ヨォクネ~タカ~、サッサァトオォキロ~!! キョウモイチニチ~タァノシイヒ~!!」


 クルミちゃんだ……! 目を覚ましたクルミちゃんが、状況もわからず大声で歌いだしたんだ……!!


「ちょっ……く……クルミちゃんっ!? し、静かにしてっ!!」


「なんでよー! せっかく気持ちよく目覚めの歌を唄ってたのにー! リリーもいっしょに歌おうよ~!」


「バカッ、なにやってんのよっ!? いくらなんでもこんな大声出したら、いくらリリーでも……!!」



「「「「「「「「「「「「「「「「……私が、どうしたの?」」」」」」」」」」」」」」」」



 その声は、ひとつひとつは静かだったが、幾重にも重なっていたので、恐ろしいほどの存在感があった。


 ログハウスは、しんと静まり返る。


 沈黙に耐えきれず、私の身体がひとりでに震えだす。

 おそらくイヴちゃんも、シロちゃんも震えていたはず。もしかしたら、クロちゃんも震えていたかもしれない。


 いま、部屋がどうなっているのか……見たくなかった。

 でも、見ないわけにはいかなかった。


 動くことを拒否するように固まる首を、無理矢理捻る。

 固まった筋肉が、軋むように音をたてた。


 ギリギリと部屋のほうを向く。

 向くな! 見るな! と頭の中で警告が響いた。


 や……やっぱり見るのやめ! この命令、ナシナシ! と脳への司令を取り消したが、もう遅い。

 あれほど動かなかった首は、いちど動き出したらもう止められない。


 なぜかって……心の棚にあった「怖いもの見たさ」という潤滑油の瓶が倒れ、動きの悪い首にこぼれ落ちてしてしまったんだ。


 逆に引き寄せられるようになってしまい、とうとう部屋のほうを向いてしまう。

 そこには……上半身を起し、こちらをじっと見つめる16人の私がいた。

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