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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
リリーとゆかいな仲間たち
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 鳥のさえずりが聴こえる。瞼の裏はうっすらと明るく、朝が来たことを感じさせてくれた……どうやら、夜のおしゃべりをしながらそのまま眠ってしまったらしい。


 鼻先になにか当たっている。ゆっくりと目を開けると、どアップのクロちゃんの顔があった。彼女の鼻が当たっていたのだ。


 ……クロちゃんの顔をこんな間近で見るのは初めてだ。近すぎて、目のまわりくらいしか見えないけど。

 穏やかな寝顔、というより、無表情。規則正しい寝息。細くて繊細な感じの睫毛。


 ちょっといたずら心が芽生えてきた私は、鼻先でクロちゃんの鼻をツン、と突いた。無反応だった。

 つい調子に乗って鳥がエサでもついばむように鼻で鼻をツンツンつついていると、いつのまにか目を覚ましていたクロちゃんと目が合った。

 おはようの挨拶がわりに、見つめながらお互いの鼻がひっこむくらいに大きく突くと、クロちゃんは無言のまま、挨拶を返すように大きく突き返してくれた。


 嬉しくなった私は鼻の先っちょで彼女の鼻筋をするっとなぞってみると、すぐになぞり返してくれた。鼻と上唇で鼻をキュッと挟むと、同じように口を尖らせて挟みかえしてくる。

 はたくみたいに鼻先を左右に動かしたり、キツツキみたいに頭を振動させて高速ツンツンしたり……鼻と鼻が触れ合うごとに自然と笑みがこぼれてきて、私は鼻コミニュケーションに夢中になってしまった。

 そうやって鼻をフニフニと交じりあわせているうちにどんどん意識がハッキリしてきたので、そろそろ起きることにした。最後に鼻同士をくっつけて、ニオイつけをするみたいに執拗に左右にこすり合わせた。彼女のおかえしの入念な鼻スリスリを受けて、満足した私は上半身を起こした。


 窓から差し込む光に目をしばたたかせつつ部屋を見回すと、正座をしたまま側のベッドに寄りかかって眠るシロちゃんがいた。そして彼女の膝枕スペースを奪いあうかのようにして眠るイヴちゃんとミントちゃんが。

 ……シロちゃん、足大丈夫だろうか。起こしたほうがいいのかな……よし、起こそう。

 でも大声で起こすのは無粋かなと思い、鏡台からティッシュを一枚取る。細く丸めてこよりを作り、その先を無防備な鼻腔へとそっと差し入れた。


「はくちゅん!」

「はぁ……っ、くしょんっ!」

「くしゅ」

 各々らしいクシャミをしてから、


「あ……おふぁよ~」

「……ああ、カゼかしら、まったく、こんなところで寝ちゃうなんて」

「あっ、おっ、おはようございます」

 各々らしい朝一番の挨拶を聞いた。イヴちゃんは「枕の具合がよかったから、床でもグッスリだったわ。やっぱり一等客室のは違うわね」なんて言っている。どうやら、シロちゃんの膝を枕と勘違いしているらしい。

 セレブ代表のイヴちゃんを唸らせた高級ひざ枕のシロちゃんはというと、痺れた足を抱えて寝室内を転げまわって……なんてこともなく、いつも通りだった。安心すると同時に、どうやったらそんなに長時間正座できるのか、今度聞いてみようと思った。


 かくして我々は、夏休み三日目の朝を迎えた。


 その始まりは様々で、気合を入れるため発声練習をする者、元気すぎて逆立ち歩きで移動する者、皆の安全を願ってお祈りをする者、立ったまま寝てるんだか起きてるんだかわからないほどゆっくりと瞬きをする者……と個性豊かだった。

 私はいたって平凡な人間なので、朝は普通に洗顔からはじめるようにしている。ゆったりとした足どりで脱衣所に向かった。


 昨日服を突っ込んだロッカーを開けてみると、きちんとたたまれた服が置かれていた。いちばん上のシャツを広げてみると、ふんわりといいニオイが広がった。

「おおっ、ホントだ! 洗濯されてる! 魔法みたい!」

 ひとりで感動していると、

「だから魔法設備だって言ってるでしょ」

 背後からイヴちゃんの声がした。


「どういう仕組みなの? コレ」

 首をひねって聞いてみると、

「ロッカーの反対側が洗濯室になってて、係の人が夜中に裏から洗濯物を取り出すのよ。あとはその人が洗濯して、魔法設備で乾かして、たたんで元に戻してくれるってワケ」

 わりと現実的な答えが返ってきた。


「なんだ、ほとんど人力なんだ……」

 ロッカーに汚れ物を入れておいたら全自動で洗って乾かしてたたんでくれるのかと思った。


「あたりまえじゃない。まさかアンタ、その小さい箱の中で洗濯乾燥してると思ったの?」

 直前まで思っていたことを言い当てられた。彼女はなんだ、私に対する読心術でも持っているのだろうか。


「いや……そうだったらいいな、って思わない?」

 照れ隠しでシャツに袖を通すとまだほんのり暖かかった。イヴちゃんはそれ以上何も言ってこなかったので、さっさと着替えて鏡の前で髪を編んだ。手櫛で整えながらリビングに戻るとレディさんがいて、


「おはようございます、お目覚めはいかがですか? レディ」

 私に気づくと昨日と変わらぬ折り目正しさで挨拶してくれた。


「おはようございます! もうバッチリです!」

 元気に挨拶をかえした瞬間、私のお腹がぐぅ、と鳴る。 


「気分よく目覚めたあとは、お腹もすくものです。朝食はライスとパン、どちらになさいますか?」

 お腹を押さえて照れる私に、フォローの手本みたいなことを言うレディさん。


 私とシロちゃんはライス、イヴちゃんとミントちゃんとクロちゃんはパンを選ぶと、ティーワゴンの上に載った朝食が運ばれてきた。手伝おうとするシロちゃんを制し、レディさんはてきぱきと朝食をテーブルに並べて、

「本船はあと二時間ほどでムイースに到着いたしますので、そのころまたお迎えにあがります」

 スキの見当たらない礼をして部屋を出ていった。


 パンの朝食はクロワッサン、オムレツ、ベーコン、ポテト、スープ、ヨーグルト、フルーツ盛り合わせ、ライスの朝食はごはん、焼き魚、みそ汁、おしんこ、卵焼き、ヨーグルト、フルーツ盛り合わせ。どれも高そうな白い器に盛られており、美味しそうだ。みんなお腹がすいているのか、素早くテーブルについて食べはじめた。


「あの……西の大陸の方々は、お米を召し上がらないと伺ったのですが、本当なのでしょうか?」

「それ知ってる、主食はパンって聞いたことある」

「おにぎりもたべないの?」

「それも米だから、食べないでしょ」

「えーっ、パンばっかりであきないのかなぁ?」

「元々食べる習慣がなければ、問題ない」

「東のほうだとパン食べないらしいよ」

「ぎゃくなんだね」

「この島はまわりの大陸の文化がごちゃまぜになってるからね」


 食事中はこんな感じで、この島を取り囲む大陸の世界情勢について盛り上がった。セレブな空間は人を自然にアカデミックにしていくのだなあと思った。


 そのあと、下船の準備をはじめた。といっても荷物は運び込まれた状態から手つかずだったので、外した装備を再び身につけるだけだった。でもそれだけでも、なんだか気が引き締まる。

 結果として豪華客船を満喫してしまったけど、よく考えたらまだ課題中なんだよね……めくるめく豪華世界に心を奪われて、すっかり忘れてた。

 窓の外では家や人影がちらほら見えはじめており、ムイースの街が近いことがわかった。みんなでガラスに顔をくっつけるようにして外を眺めていると、


「まもなく、ムイースの街に到着いたします」

 背後からレディさんの声がした。振り向くと乗船したときと同じ面子が揃っており、私たちの荷物を運び出そうとしていた。ここにきて遠慮するのも変なので、お願いすることにした。


 しばらくして、船はムイースの港に入り、ゆったりと停止した。船を揺らすような大きな汽笛が響く。


「本船はムイースに到着いたしました。下船の準備が整うまで、いましばらくお待ちください」

 レディさんは軽く一礼すると、

「ところで……昨晩のパーティの際、多くの王族、貴族の方々からお問い合わせを受けております」

 私たち全員を見ながら、言葉を続けた。


「お問い合わせ?」

 聞き返すと、

「はい。レディたちを紹介いただけないか、というお問い合わせです」

 嫌な予感のする返答がかえってきた。


「私たち……やっぱりマズかったですか……?」

 思い当たるフシがありすぎる。釣りで船員さんをケガさせたことだろうか。それとも立食パーティで食べ歩きする姿が貧乏臭かったのだろうか。それともそれとも踊ったダンスが田舎者丸出しで不快だったのだろうか。


「いいえ、そうではありません。素敵なレディたちだったので、ぜひ一度ゆっくりとお話がしたい、という男性の方々からのお問い合わせです」

 両手を広げて言うその姿はなんだか芝居がかっていたが、卑屈な不安を拭い去るのにじゅぶんな効果があって、

「あ、そうなんですか、怒られるわけじゃないんですね。よかった……まあ私はともかくとして、みんなキレイだったもんね」

 私は思わず胸に手をあてて撫で下ろしてしまった。


「レディ、あなたとお会いしたいという男性のお問い合わせも多く頂いておりますよ」

 噛んで含めるように教えてもらったが、虚をつかれた気分だった。

「へっ? ホントに?」

 しかも、多く? 何の冗談かと思ったが、レディさんの口調は真面目だった。イヴちゃんが「物好きもいるもんね」と小声で言ってきたが、黙殺した。


「ええ。新しい出会いの良い機会かと思われますが、皆様、いかがなさいますか?」

 ひとりひとりに視線を移しながら、尋ねてきた。


 真っ先に反応したのはイヴちゃんで、

「アタシはいいわ。これ以上めんどくさいの、増やしたくないし」

 サバサバした調子で答えていた。婚約者候補が増えられるとこっちまで大変な目にあうので、それは多いに賛同したい。


「同上」

 昨晩「皆無」と答えたときと同じきっぱりさで、クロちゃんが答えた。


「ミントはねー、んーと、よくわかんないや」

 花咲く笑顔のミントちゃん。昨晩の養子の申し出も、こんな感じでスルーしたのだろうか。


 最後に残ったシロちゃんは、レディさんから見つめられて、

「……えっ? 私にも、ですか?」

 自分には関係ない話題だと思っていたらしい。よほどビックリしたのか、両手で口元を隠している。


「あの、それはお間違いでは……ない、のですか? まさか……そのようなことが……あの、えっと、その……」

 まるで舞踏会で王子様から見初められたメイドのような動揺っぷりだった。


 シロちゃんは迷子のような目で私を見たので、

「みんな興味ないみたいだから、いいです!」

 彼女と私……いや、みんなの総意をまとめつつ、ハッキリと答えた。


「かしこまりました。それでは私どものほうから丁寧にお断りしておきます」

 頷くように軽く一礼するレディさん。その話題が終わるのを待っていたかのように短い汽笛が鳴った。


「下船の準備が整ったようです。それではご案内いたします」

 上に向けた掌で部屋の扉を示しながら、レディさんは言った。


 案内されてムイースの港に下りると、大勢の船員さんたちが乗客を見送っていた。私たちを世話してくれたレディさんもその中に加わり、手を振ってくれていた。


 ……心の中限定ではあるものの、ずっと「レディさん」って呼んでしまった。どうせなら名前聞いておけばよかったかな……と今更ながら少し後悔していると、痺れを切らしたミントちゃんから「早くいこうよー!」と手を引っ張られてしまった。


 船の出港を知らせる大きな汽笛を背中で聞きながら、私たちは街へと向かった。

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