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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
140/315

18

 一同は息ピッタリに立ち上がった。


 リリー、ミント、クロの三人。イヴとシロとミルヴァの三人。

 鎖で繋がれているので離れることはできないが、2グループに分かれるように少し距離をあける。


「「「テレレレレレーン、テレレレレレーンレレーン」」」


 手を前に組んでハミングを始めるイヴグループ。

 また騒ぎだしやがったとインプが睨んでくる。


 リリーはインプに向かって身体を横に向け、手を伸ばした。

 隣にいたミントがその手首をぐっと掴み、動かないように握りしめ固定する。


 驚くリリー。ニコニコするミントは空いている手でリリーの親指を摘んだ。

 軽く親指を引っ張られてリリーは慌てた。顔をブンブンと左右に振っている。


 リリーはイヤイヤをするついでにインプの様子を伺う。

 アルコール瓶を傾ける手を止め訝しげな顔をしていた。突然何をやり始めたんだと不可解な表情だ。


 リリーが目で合図を送るとミントはさらに力を込めた。

 引っ張られて前につんのめるリリー。負けるもんかと引き返してのけぞる。


 ふたりの引っ張り合いはじょじょにヒートアップしていき、一進一退の綱引きのように身体を揺らしはじめた。


 親指を引かれ続けたリリーは痛い痛いと大げさに顔を歪めてみせる。

 それでもミントは笑顔のまま引くのをやめない。


 ただならぬ様子にインプは椅子から立ち上がった。

 仲間割れでもしているのか……それにしては妙だ、と警戒して様子を伺っている。


 不意に、引っ張られていたリリーの親指がスポッと抜け外れた。

 声なき悲鳴をあげるリリー。外れた親指を摘んだまま尻もちをつくミント。


 目の前で突然繰り広げられた不気味な惨劇に、思わず目を剝くインプ。


 リリーの親指は第一関節から先がなくなっていた。

 血は一切出ていないが、苦悶の表情で親指の消えた手をインプに見せつけている。


 音もなく横からやってきたクロがローブの裾でリリーの手を隠した。

 同時にイヴ、シロ、ミルヴァのハミングがドラムロールへと変わる。


「ダララララララララ……」


 ドラム音にあわせてローブをユラユラさせるクロ。

 拘束された手と、そして口でローブの裾を広げたまま器用に揺らしている。


 闘牛士のマントを見る牛のような、じれったい怒りと戸惑いが混ざり合った表情で動くローブを見つめるインプ。


「ジャーン!!」


 シンバルを意識した声にあわせ、クロのローブがサッと翻る。


 ミントがもぎ取ったリリーの親指が、元あったリリーの手に戻っていたのだ。

 先ほどまでの痛がり方が嘘のように誇らしげに立ち上がり、復活した親指を掲げるリリー、他のメンバーは一斉に拍手する。


 親指が抜ける瞬間リリーは自分の親指を第一関節から曲げて手の内側に隠した。抜けたほうの親指は実際にはミントの親指なのだ。


 タイミングをあわせることにより、まるでリリーの親指が抜けたように見せる……ようは手品だ。


 リリーたちはこの手品に賭けていた。

 罠を仕掛けられるだけの知能と、引っかかると喜ぶ性格……それなら手品も理解できるハズだと。


 この親指が抜ける手品はツヴィートークに住む者なら誰しも子供の頃に親しむ手遊びのひとつだ。

 手軽で道具も必要としないが、タネも単純。


 そんな子供だましな手品を見てビックリしてくれるだろうか……と一同はインプの反応をチラ見する。


 …………唯一の観客はアゴが外れんばかりに口をあんぐり開けていた。


 皆は確信した。「イケる!!」と。


 リリーが掲げた手を降ろすと、イヴグループが再びハミングを始めた。

 女神と王女と天使、世にも豪華な合唱をBGMに、リリーグループは次の手品に移る。


 ミントがリリーの背後に回りこみ、リリーの背負う盾を取り出す。

 リリーとミント、ふたりで盾を持ちインプにつきだした。タネもしかけもないですよと言わんばかりにひっくり返して裏側も見せる。


 格子ごしに攻撃されるのを警戒しインプは牢屋に近づこうとはしなかった。

 だがこれから盾に何かをするのだろうと思うと確かめずにはおれなかった。


 おそるおそる格子の手前、中から手を出されてもギリギリ届かないであろう距離まで歩み寄る。

 ここぞとばかりにリリーとミントは挑発的な動きで盾を動かした。


 触発されてさらに一歩前に出るインプ。

 少しでも近くで見てやろうと首を伸ばし、牢屋の中でクルクル回る盾を凝視する。


 しかし盾が再び正面に向けられたのと同時に機械のような正確さでクロのローブが遮った。

 もったいつけられてインプは悔しそうに歯噛みをする。


「ダララララララララ……」


 再びのドラムロール。

 フラフラと揺れるローブにあわせて、リリーグループはじりじりと前に出て鉄格子に近づいていく。鎖で繋がっているのでイヴグループも一緒についていく。


 つられてインプも無意識のうちに歩みを進めていた。そしてとうとう鉄格子にかぶりつくようにしてリリーたちのショーを観る。

 インプの目の前数センチで揺れる黒布。瞬きも忘れ、ジャラシを振られる猫みたいに動きにあわせて顔を振っている。


「ジャーン!!」


 シンバルの声とともに暗幕が解かれると、


「シャアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーッ!!」


 盾の顔に浮かび上がった大きなリスの顔がインプに食いかからんばかりに大口を開けていた。

 突然どアップで威嚇されて驚きのあまり飛び退こうとするインプ。


「ギャヒィィィーッ!?!?」


 しかしバランスを崩して倒れてしまった。腰を抜かしたまま後ずさる。


 生まれたばかりの赤ちゃんを取り上げるようにリリーは盾を天高く掲げ、民衆に誇示するかのように左右に動かした。

 沸き起こる6つの拍手。イヴ、ミント、シロ、クロ、ミルヴァ……そしてインプ。


 ついにインプはリリーたちの手品に賞賛の拍手を送った。


 とはいえこれは手品ではない。クロがローブで盾を隠している間『荒ぶるげっ歯類の盾』を唱えただけ。ほとんどクロひとりの手によるものだが、他のメンバーの演出により手品っぽく見せることに成功していた。


 しばらく拍手を浴びたリリーは盾を再び背中に戻した。リスはまだシャーシャーと威嚇を続けている。


 リリーグループとイヴグループは一丸となり鉄格子の扉にサッと移動する。すかさずクロが扉の内側をローブで覆い隠した。


「ダララララララララ……」


 ハミングはなくいきなりドラムロールに入る。


「じゃあーんっ!!」


 かけ声とともに諸手を挙げるリリーとミントとクロ。勢いよく開け放たれる鉄格子の扉。


 続けざまの見事な解錠のイリュージョン。インプはすっかり心奪われ率先して両手を打ち鳴らしていた。


 拍手に応えるように手を振り牢屋から出る手品団一行。

 リリーの手にはさっきまでインプが腰からぶら下げていた牢屋の鍵が握られていたのだが、インプは全然気づいていない。


 親指の手品で興味を引き、盾の手品で鉄格子の側までおびき寄せ、スキを見てミントが鍵をスリ取り、あとはそれを使って解錠の手品を披露する……。


 手品といえるのは最初の親指が取れるやつだけなのだが、リリーたちの作戦によりインプはいまだに一流のショーを見終えた後のような満足感に包まれていた。


 彼が、これがすべて仕掛けられた罠であると気づいたのは……さっきまで牢の中にいたはずの6人の少女が一斉に飛びかかってきた瞬間だった。

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