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私たちの前に立ちふさがるように現れた白衣の女の人。
金髪ロングヘアで背が高くてすごい美人。シロちゃんと同じ眼鏡っ子だけどシロちゃんの愛嬌のある丸眼鏡と違い、四角いシャープな眼鏡で知的なカンジの人だ。……ちなみに胸も大きい。
初めて会う人だけど、イヴちゃんの知り合いなんだろうか。
「スゥ……!? アンタ、なんでまだここにいるのよ!?」
「ツインテさんからお使いを頼まれたっスゥが、ちょっとサボっちゃったっスゥ。ツヴィートークには女学院があるから後ろ髪をひかれる思いだったっスゥけど……ガマンしてここで待ってたっスゥ」
待っていたというより待ち伏せというカンジだったけど……。
しかし最初は聞き間違いかなと思ったけどこの人……語尾が妙だ。なんかスースー言ってる。
みんなはもう慣れているのか独特の語尾を気にする様子もない。私はツッコミたくなるのを必死にこらえる。
「……まだ何か用があるの?」
女の人は親しそうにしていたが、イヴちゃんの反応はかなり冷たい。むしろ嫌悪すら感じさせる。
「バスティドのお姫様にまた会いたくて、待ってたっスゥ」
「なんですって?」
「誤算だったっスゥ……バスティド島のお姫様は赤いものが好きと聞いていたから赤毛の女の子をさらったっスゥが……まさかそれが違う人だなんて思いもしなかったっスゥ」
大げさに肩を落とし、うなだれてみせた。
私はハッとなった。そんなことを塔の中の監聴室で聴いたのを思い出す。
リーダーの右隣に立っていた女の人がしゃなりとした足取りで前に出た。ゆるふわなセミロングの髪に長い睫毛と厚い唇、胸は大きそうだけどローブに包まれていてわからないのが悔やまれる。
「まさかニセモノをつかまされちゃうだなんてねぇ」
困ったようにフルフルと首を振った。しっとりした艶のある声でなんだか色っぽい。
その言葉を引き継ぐように、右隣に立っていた女の人がずいっと前に出る。長い髪を総髪のように結わえ、求道者のような凛とした表情。例によってローブに包まれて見えないけど、胸はあまり大きくないんじゃないかと予想する。
「しかも催眠術で操って脱出を図るなどとは……卑怯なりっ!」
きっぱりとした口調で批判してきた。
ふたりの女性が言っていることは良くわからなかったが、その声にはなんだか聞き覚えがあった。
「ワケわかんないこと言ってんじゃないわよ! アンタたちがアタシとリリーを勝手に間違えただけでしょ! 催眠術はかかるほうがマヌケなのよ!」
ズカズカと前に出ながらイヴちゃんが反論する。
「マヌケじゃないですぅ!」
後ろに隠れるようにしていた女の子がピョコンと前に出る。おだんご頭の小柄な子だ。デコボコのないストンとしたローブの形から、たぶん胸は小さそう。
その特徴的なキンキン声で思い出した。塔の監聴室で聞いたのと同じ声だ。
ってことは……この人たちが私をさらった人!?
「……アンタ達、この島の王女であるアタシをさらってどうするつもりだったの?」
その一言にシロちゃんが「えっ」という顔をした。
「塔の最上階に閉じ込めておいて助け出してあげれば、きっと惚れてくれると思ったっスゥ」
「……そんな自作自演までして惚れさせてどうすんのよ?」
「結婚するっスゥ」
さらにシロちゃんの顔が「ええっ」となる。これには私も「ええっ」となった。
「いいニオイがする女の子しかいないバスティド島、その頂点に立つ女の子であるお姫様はきっと一番いいニオイのハズっスゥ。実を言うとドラインの村でツインテさんのニオイをかいだとき、その素晴らしさにもしかしたらツインテさんが本物のお姫様なんじゃないかと思ったんっスゥ」
「……アタシたちに協力するフリをして、アタシが姫かどうか確かめてたわけね」
「ご名答っスゥ! だけど最後の確証がなくて困ってたときに、ツインテさんが自分から正体を教えてくれたっスゥ」
中指と人差し指で挟んだ手紙をピッと掲げる。
「もちろんこの手紙は届けてないっスゥ。そんなことをしたら誘拐作戦は水の泡になっちゃうっスゥ」
あの手紙はたぶん、イヴちゃんが書いた手紙なんだろう。
中身はわからないけど、なんだかすごいことが書いてあるような気がする。
「あっそう。ご苦労様。そうまでして調べてもらって悪いけど、アタシはアンタなんかと結婚する気はないわ」
あっさりと拒否するお姫様。だけど求婚者は余裕の表情のままだ。
「……姫は言っていたそうっスゥ。『アタシと結婚したければ、アタシの率いるパーティを倒しなさい』……と。姫のことを調べているときに、ついでに仕入れた情報っスゥ」
イヴちゃんが歯噛みする音が聞こえた。
そういえば……以前そんなことを聞いた気がする。婚約を勧めるパパがしつこいので、かわりに出した条件だとか言ってた。
「ここでツインテ姫さんを倒して、この島の王になるっスゥ……!! そうなれば毎日、各地の女学院をめぐって女の子のニオイをかぎまくれるっスゥ……!! あ、心配はいらないっスゥ、移動中はツインテ姫さんのニオイもかいであげるっスゥ……!! もちろんおフロ、おトイレのときも……!! ムヒョー!!!」
辛抱タマランといった様子で空に向かって絶叫する。森の鳥たちがびっくりして羽ばたいていった。
……私たちの目の前に現れた研究者ふうの白衣の女性。見た目はクールで知的なカンジなのに言ってることはなかなか……いやかなり変だ。
どうやらニオイに対して異様な執着があるらしい。それは会って間もない私でも狂気を感じ取れるレベルだった。
イヴちゃんも不愉快だったようで、うなじにポツポツと鳥肌が立つのが見えた。
「やっぱりアンタだけは……この手でバキバキのボッコボコにしてやらないとアタシの気がすまない……いいわ、相手してあげる。アタシと結婚? 二度とそんな気が起きないくらいに……メタメタのギッタギタにしてあげるわ」
ブツブツの首筋が、震えながら朱に染まった。怒ってる……かつてないほどに彼女は怒っているようだ。
「それじゃせっかくだし、まぜてもらおうかねぇ?」
今まで黙ってやりとりを聞いていたロサーナさんが急に割り込んできた。
それを見てまた急にうなだれる。
「うっ……それがもうひとつの誤算だったっスゥ……クリスタルパレスの最上階には誰もいないと思って、捕まえた後ろのニセ姫さんを屋上から放りこんでおいたのに……まさか、ひとりの軍隊と呼ばれるロサーナ・カルミンがいたなんて……」
「後ろのニセ姫さん」というのは私のことだろうか。そっちが勝手に間違えただけなのに、それじゃまるで私が騙したみたいじゃないか。
でもロサーナさんの推理は当たってたんだ……気を失った私を屋上から入れておいて、少ない人数、ここにいる面子だけで監禁するつもりだったんだ。
そして白衣の女性が助けに行って惚れさせる……という筋書きか。
だからさらうときに顔がわからないように仮面をしてたんだ。
なるほど……少人数でやってるわりには大規模な誘拐っぽく見えて、しかもスゴイ救出劇としても演出できそうな気がする。
でも例えそれらがうまくいったとしても……惚れられなかった場合はどうするつもりだったんだろう。
そう思った瞬間すぱっと立ち直り、イヴちゃんに向けてウインクしてきた。
「まぁ失敗した計画のことは置いといて、最悪痛い目にあってもらってでもムリヤリ結婚するつもりだったっスゥ。だけど……今日はジャマ者もいるし、プロポーズの予告だけにさせてもらうっスゥ」
ジャマ者というのはロサーナさんのことだ。伝説の冒険者に加勢されてはたまったもんじゃないんだろう。
あっさりと背中を向けると、白衣を翻しながら走ってヤブの中へと消えていく。格好のわりに異様に逃げ足が早い。置き去りにされたローブの人たちも慌てて後に続いた。
「待ちなさい! 逃げようったってそうはいかないわよっ!!」
追いかけようとするイヴちゃん。だけどロサーナさんが「やめときな」と止めた。
「あの女、かなりやる。……レベル90はあるんじゃないか」
「うるさいっ! レベル90だろうが900だろうが絶対に……んっひぃーっ!?!?」
それでも走りだそうとしたので「やめて!」と抱きしめて制止する。突然締め付けられてイヴちゃんはもんどりうって倒れた。
……結局私はいつものゲンコツをくらって特等席から降ろされ、お姫様の説教を受けながら帰路についた。




