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9. 濡れ衣を晴らしたい

「ユリウス様、こちらを……」


 後日、私はユリウス様の書斎を訪ねハンカチを贈りました。

 結局贈物を用意できなかった私は、ハンナさんとリーリアさんと相談した結果、令嬢らしくハンカチに刺繍をして送ることにしたのでした。

 刺繍は、色々悩んだ結果、エーデルシュタイン家の紋にも入っている白百合です。細かい作業は得意な方ですが、男性に贈るのは初めてなので緊張します。

 書斎の机で仕事をしていたユリウス様がぎこちない手つきで差し出したハンカチを受け取ってくれました。


「俺にか」

「はい、あまり上手にはできなかったのですが。日頃のお礼です。……ユリウス様にはいくら感謝しても足りません。それなのに迷惑ばかりかけてしまっているのでそのお詫びもかねて」

「何も迷惑なんてかけられてないが……まあ、貰っておこう」


 なんて心の広い人なのでしょう。

 問題だらけの私を受け入れてくれたうえに、迷惑をかけられていないなんて……。これが中央騎士団隊長ということなのでしょうか。


「アディ、これを君に」


 私が一人感激していると、ユリウス様が引き出しから何かを取り出して、私の手の上に置きました。

 それは美しいルビーのネックレスです。


「これは……」

「お守りだ。どうも君はトラブルに遭いやすいからな。身に着けておけ。俺の母の形見だ」

「え!? そんな大切なものを私なんかが身に着けるわけには……」

「別にかまわんだろう。これから君は俺の妻になるのだからな」


 妻、という言葉に私は固まりました。

 私はユリウス様の婚約者なのだからいずれそうなるのは当然です。けれど、あらためてユリウス様の口からそう言われると、なぜかじわじわと照れくさくなってきてしまったのです。

 これは契約結婚だけれど、本当にユリウス様は私を妻にしてくれるつもりなのです。

 なんだかそう思ったら、二人きりで同じ空間にいるのが猛烈に恥ずかしくなってきました。


「あ、ありがとうございます! お仕事の邪魔になりますので失礼いたします!」

「あ、おいアディ……」

 

 私はユリウス様からいただいたお母様の形見のネックレスを握りしめて、逃げるように書斎を飛び出したのでした。



 私室に戻った私は、一度上がった息を整えて化粧台の前に座りました。

 ユリウス様から頂いた形見のネックレスをつけてみます。小さな赤い石は、きらりと私の胸元で輝きます。

 ユリウス様には貰ってばかりだからと贈物をしたはずなのに、さらに大切なものを貰ってしまいました。


(……私、このままではユリウス様の妻になれない)


 胸元のルビーを握りしめて私は思いました。

 証拠不十分で釈放はされましたが、私への疑いはまだ晴れたわけではありません。現に街で見た人々は私に疑いの目を向けていました。このまま結婚すればユリウス様やエーデルシュタイン家の皆様、そして実家のレーヴライン家にもさらに迷惑をかけてしまいます。

 街でユリウス様まで悪く言われているのを聞いた時、とても嫌だと思ったのです。

 私のことは何と言われてもかまいません。

 ですが、ユリウス様だけは……。


「濡れ衣を晴らさないと……」


 私がサンドラ様の指輪を盗んでいないという証拠を見つけて、無実を証明する。

 私は密かに決意しました。



「……晩餐会での件?」

「はい、今のままにしておくのは良くないと思うのです。ユリウス様や他の皆様にもご迷惑がかかるかと」


 翌朝、朝食の席で私はそれとなくユリウス様に相談しました。

 新聞を読みながら食後のコーヒーを飲んでいたユリウス様が顔を上げます。


「君は何もしなくていい。実際あのヘンリック・ブラントとサンドラ・デーニッツから濡れ衣を着せられただけなのだからな。俺がなんとかする」

「で、ですが」

「大丈夫だ、君が気にすることはない」


 堂々としておけ、とユリウス様は新聞を閉じて席を立ちました。本日も仕事の予定が詰まっています。

 王城へ向かうユリウス様を見送って、私はこっそりとため息をつきました。

 私は何もしなくていいとユリウス様は言いますが、それで本当にいいのでしょうか?

 

(結局私は、ただの形だけの婚約者でしかなくて、ユリウス様にそれ以外なにも期待されていないのでは……)


 ふとそんなことを考えてしまい、暗い気持ちになります。

 いいえ、契約結婚なのですから、それが当たり前なのかもしれません。

 私はユリウス様に一体何て返してもらいたかったのでしょう?




 それから数日が過ぎたある日、国王陛下の名で晩餐会の招待状が届きました。


「秋の晩餐会」

「もうそんな時期か」


 ちょうど私が執務室でお仕事をしているユリウス様にお茶とお菓子を届けに来た時のことでした。

 セバスチャンさんから受け取った招待状をユリウス様が私にも見せてくれます。

 この国では春夏秋冬の4回、国王主催の晩餐会が催されます。例外はありますが、基本的に王都近郊の貴族は出席することになっています。そして婚約や結婚が決まった貴族はこの場で国王夫妻に報告と挨拶をすることになっていました。

 ……本当は私も春の晩餐会でヘンリック様と国王陛下に婚約の挨拶をする予定でした。


「……アディ、君はどうしたい?」

「え?」

「全員出席が基本だが、別に君が出たくないというならそうすればいい」


 病欠くらいはできるからな、とユリウス様は言います。

 きっと私が周囲の人々から好奇の視線にさらされることを心配してくださっているのでしょう。

 ですが、私が欠席すればユリウス様も何を言われるかわかりません。

 そのときふと、私はあることを思いつきました。


(晩餐会には、国王陛下をはじめ、多くの貴族達が来ています。その方々の前で濡れ衣を晴らせれば)

 

 私は招待状から顔を上げて微笑みました。


「いいえ、大丈夫です。出席いたします」


 お母様から受け継いだあの技術。

 この先使うことはないと思っていましたが、役に立つときが来たようです。

ここまでお読みいただきありがとうございました!明日も二話更新の予定です。

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