4. 私にできること
「アデライト、一体何をしてるんだ」
「おはようございます、ユリウス様! お掃除を手伝っております」
翌朝、早く起きた私はハンナさんとリーリアさんと共に屋敷内の掃除を手伝っていました。
するとそこにあきれ顔のユリウス様がやってきたのです。
「なぜ、君が……」
「昔から掃除は得意でして、何かできることがあればと」
ユリウス様には拒絶されましたが、見えないところでできることがあるのならば、とハンナさんとリーリアさんにお願いしたのです。二人は驚きましたが一緒に掃除をしてくれています。
平民として暮らしていたときは掃除は自分でしていましたし、実家でも時々手伝っていたので迷うことはありません。
けれど冷たいバケツに入った雑巾を手に取ろうとしたら手首を掴まれてしまいました。
「アデライト、掃除は使用人達の仕事だ。仕事を取ってはいけない」
「あ……なるほど」
あちゃーという顔をハンナさんがしています。
確かに、ユリウス様の言うとおりでした。ハンナさんとリーリアさんも私が言えば断り辛いでしょう。
ユリウス様に手を引かれて私は立ち上がりました。大きな手が私の手を包みます。雑巾を掴んでいたので汚いのですが……。それにしても水仕事で手が冷えていたようで、大きなユリウス様の手が殊更に温かく感じます。
「朝の挨拶に行ったら部屋がもぬけの殻で驚いた」
「そうだったのですか。申し訳ありません」
まさか朝の挨拶に来てくださっていたなんて。
それにしても不思議です。自分からは構うなと言っておいて、ユリウス様は私に構ってくるのです。
(自分から構うのは良いということなのかしら?)
温かいお湯で手を洗われてふかふかのタオルで手を拭かれながら、私は謎多きユリウス様の思考を思いをはせるのでした。
「あ、お帰りなさいませ! ユリウス様」
「…………今日は何をしているんだ?」
厨房に現れた仕事帰りのユリウス様に挨拶すると、たっぷり十秒ほど黙った後にそう聞かれました。
私は作業台に乗せた鉄板をユリウス様に見せました。花や動物に星の形に型抜きした生地が並んでいます。
「クッキー作りです。これから焼くのでお茶の時間にはお出しできるかと」
「そうか。その……大丈夫か。火傷とか、手を切ったりとか」
「アデライト様はお菓子作り上手だから大丈夫ですよ~」
「命に代えてもお守りいたします」
ハンナさんとリーリアさんが私に代わって答えてくれました。私はどうもユリウス様から見るとかなり頼りないようです。
二人とは年頃も近いせいかすっかり仲良くなりました。実はこうやってお菓子作りをするのも、もう三度目なのです。
ユリウス様はまだ何か気になるのか私を見つめています。
「それは……」
「あ、このエプロンはハンナさんとリーリアさんが買ってきてくれたのです。お菓子作りには必要だからと……」
ユリウス様が気になったのは私が身に着けているエプロンのようでした。
淡いグリーンに小さな白い花の刺繍が胸元にしてあるフリルのエプロンです。最初は使用人のを貸してもらおうとしたのですが、ハンナさんとリーリアさんが気を利かせて買ってきてくれたのです。とても可愛らしくて、身に着けるだけで楽しい気分になります。
ユリウス様は小さく「そうか」と呟いて行ってしまいました。
本日は午前中は騎士団詰め所で、そして午後からは執務室でお仕事のようです。
「アデライト様、どうかされましたか?」
「セバスチャンさん……」
ニコニコと厨房に顔を出した初老ながら背筋の伸びた男性は執事のセバスチャンさんです。ユリウス様が子供の頃からお仕えしている方です。
「いえ、私はユリウス様に色々してもらうばかりで、何もお役に立てていないなあと思いまして……」
ユリウス様のお屋敷に移って1カ月が過ぎました。
私は相変わらず至れり尽くせりの生活をさせてもらっています。午前中は高位貴族の夫人になるための勉強を家庭教師を招いてしていますが、午後からは完全な自由時間。今日のようにお菓子作りをしたり、本を読んだり、庭園を散歩したりして過ごしています。
普通はここにお茶会や晩餐会などの予定が入るのでしょうが、今の状況の私にお誘いをかける方はさすがにいないようです。私もどうしていいかわからないので助かっていますが……。
ユリウス様とは朝夕時間が合えば食事を一緒にとっています。庭に散歩に出るときなど、着いてくることもあります。それに今のように私のことを過剰に心配したりもします。私が危なっかしいせいかもしれませんが。
(構うなというわりにはやっぱり構ってくる方です……よくわかりません)
セバスチャンさんがクスクスと笑います。
「役に立っていないなど、そんなことはまったくありませんよ。アデライト様がいらっしゃるだけで、ユリウス様がこの屋敷に戻られることが増えましたからね」
「そうそう、前は騎士団の詰め所に泊まり込みだったり出張だったりで1カ月以上帰ってこないこともあったんですよ」
「今では毎日のようにお帰りになられる。……とってもわかりやすい方です」
セバスチャンさんの言葉にハンナさんとリーリアさんが頷きました。
とってもわかりやすい方とリーリアさんは言いますが、私はさらにわからなくなりました……。
「そうだったのですか? 私に気を使われているのでしょうか」
「アデライト様のお顔を見たいのでしょう」
それはないような気がします。
もちろん口には出しませんでしたが、私はセバスチャンさんに曖昧に笑って返すことしかできませんでした。だって私はユリウス様が仕事に集中したいからという理由で契約結婚する予定の相手なのです。
ハンナさんがくふくふと拳を手に当てて楽しそうに笑います。
「ユリウス様があんなに人に構うのってすごく珍しいですよ。アデライト様のことが大好きなんだなって」
「え」
さすがに私はぎょっとします。
周囲からはそんな風に見えていたのですね。でも実際は全然違うのですが。
「以前のユリウス様はもっと無口で無表情でしたし、ご家族とも疎遠なのです」
「そうなのですか……? そういえば、私まだユリウス様のご両親にご挨拶もしてません。どうしましょう」
「ユリウス様が時期を見てご紹介されるでしょうから大丈夫ですよ。ここ数年ほとんどお会いしてないのはユリウス様も同じですから」
セバスチャンさんが少し言い辛そうに口を開きます。
考えてみれば私はユリウス様のことをほとんど何も知りません。
ご家族のことも……。
もしかして私と婚約した理由も「仕事に集中したいから」以外にも何かあるのでしょうか?
ここまで読んでいただきありがとうございました!
本日はあと一話投稿の予定です。
明日からは一日二話の予定です。
※タイトル少し変えました。




