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3. エーデルシュタイン邸

「ようこそ、アデライト様!」


 ユリウス様が父上のエーデルシュタイン公爵から受け継いだというお屋敷は、王城からほど近い場所にありました。白い壁にブルーの屋根が美しい本邸に、渡り廊下で繋がる客室がある別棟。お庭はレーヴライン家の倍以上の広さがあり、温室もあるようです。裏には修練場や厩も備えているようで、これほど広いお屋敷に使用人がいるとはいえ、ユリウス様一人がお住まいだったとは驚きです。

 そしてお屋敷の玄関では、執事をはじめとしたお屋敷で働く皆さんが私を迎えてくれました。


「あ、アデライトと申します。よろしくお願いいたします」


 馬車を降りた私は、ずらりと並ぶ使用人の皆さんに圧倒されながら、なんとか挨拶をします。

 今日から私もこのお屋敷の一員なのです。上手くやっていけるでしょうか……。


「アデライト、君の部屋へ案内しよう」

「あ、はい」


 馬車から降りるときにはユリウス様が手を貸してくださいました。

 手は握ったままで、ユリウス様が私をお屋敷の中へ案内します。

 ええっと……この手はいつ離せばいいんでしょうか。婚約者がいた身ではあるのですが、ヘンリック様は最初から私を嫌っていらしたので、ろくにエスコートされたことがありません。だからこういうときどうしたらいいのかさっぱりわからないのです。情けない話です。


「ここが君の部屋だ。好きに使うといい」


 ユリウス様が私を二階の日当たりの良い広い部屋へ案内してくださいました。

 可愛らしいアイボリーの毛足の長い絨毯と白い家具。大きな窓にはレースのカーテンと淡い緑色のカーテン。猫足の白いソファにはなぜか大きな白いクマのぬいぐるみが置かれています。続き間になっている奥の部屋には大きなベッド。こちらのリネンは落ち着いたベージュピンクです。


「あの……もしかして私が好きだと言った色を取り入れてくださったのですか?」

「それくらいはな」


 白も緑もピンクも私が好きだとユリウス様に聞かれて答えた色でした。

 隣にいたサイドをお団子にした金髪の侍女がうふふと笑います。


「あのぬいぐるみは、ユリウス様が女の子だから可愛いものがあった方がとおっしゃられて用意したんですよ」

「え!?」

「こら、ハンナ!」


 およそユリウス様からは想像もつなかい話に驚いたら、少し顔を赤くしたユリウス様が侍女……ハンナさんを睨みました。

 はあい、すみません、とあまり反省したとは思えない謝罪をしたハンナさんをユリウス様がぎろりと睨んだまま咳をします。


「アデライト、今日から君の世話をするハンナと、そちらはリーリアだ。何か困ったことがあったら遠慮なく頼るといい」

「アデライト様、よろしくお願いします」

「なんなりとおっしゃってくださいませ」


 金髪をサイドでお団子にした元気なハンナさんと、入り口付近に控えていた綺麗な黒髪を編みこんで1つのお団子にまとめているミステリアスな美人のリーリアさん。

 二人が今日から私の専属の侍女ということのようです。年齢的には同じくらいでしょうか。仲良くできたらいいなあと思います。


「よろしくお願いしますね、ハンナさん、リーリアさん」



 その後も驚くことばかりです。

 寝室の大きなクローゼットにはあきらかに私が実家から事前に送った以上の量の服が用意されていました。アクセサリーも帽子もバックもです。私は元々衣装持ちな方ではなかったのでその量に圧倒されます。


「こ、こんなにたくさん……」

「公爵子息のご婦人ともなれば、ドレスはいくらあっても足りないですからね!」

「全部ユリウス様がお選びになりました」

「え!?」

「お前達余計なことは言わなくていい」


 苦々しいユリウス様の声に私は恐る恐る振り向きます。

 これ総額はおいくらかかったのでしょうか。それともユリウス様はそれほどお金持ちなのでしょうか。

 私の言いたいことが視線で伝わったのでしょうか。少々ばつの悪い顔でユリウス様は視線をそらしました。


「必要経費だ」

「ひつようけいひ……」


 そういうものなのでしょうか。

 貴族になって早8年。私は知らないことばかりです。

 ふと視線を移した窓の外にはバルコニーがあり、その下には美しい庭園が広がっています。植わっているのは綺麗なピンク色の薔薇。遠くには四阿も見えます。散歩をするのも楽しそうです。


「部屋を出て右奥は図書室、一番左奥が俺の私室と執務室だ。まあ、大体は出勤していていないが……。食堂は一階にあるからあとで案内しよう。君は好きに過ごすといい」

「あの……ここまでしていただいてよろしいのですか?」

「当然だろう、俺の婚約者なのだから」


 契約結婚の相手にここまでしてくださるなんて。公爵家というのは伯爵家とは次元が違うのですね……。

 ところで……。


「あのー、お二人は本当に仲がおよろしいのですね?」

「ええ、ほんとうに」


 ニヤニヤしたハンナさんとすまし顔のリーリアさんが私達が繋いだままの手を見ています。そうです、私達はまだ手を繋いだままでした。完全に離すタイミングを失っていたのです。

 はっとしたユリウス様が手を離します。


「……失礼」

「い、いえいえ!」


 照れてるーと呟いたハンナさんの後頭部をユリウス様がぺちんと叩いています。

 ……なんだったのでしょう。ユリウス様は部屋を案内するのに集中していて、手を繋いでいることを忘れていたのでしょうか?

 それにしても、侍女を二人もつけてくださり、豪華な部屋やドレスまで用意してくださるなんて。

 汚名を着せられたまま寂しく修道院へ行くはずだった私を助けてくださっただけでもありがたいのに。こんなに貰ってばかりではなんだか落ち着きません。

 私もユリウス様のために何かできないでしょうか……。


「あの、ユリウス様、こんなにもお心遣いをしていただきありがとうございます」

「別に婚約者なのだから普通のことだろう」


 普通なのでしょうか?

 もしかしたら公爵家ならば普通なのかもしれません。けれど私にとってはいくら感謝しても足りないほどのことです。

 ハンナさんとリーリアさんが隣の部屋へ荷物の片づけに向かったのを見て、私はユリウス様に向き合いました。


「私は一体何をすればよろしいですか?」

「別に何もしなくていい。婚約者として好きに過ごしてくれ」

「ですが……」


 ここまでいたれりつくせりにしていただいて、何も返せないというのもモヤモヤします。

 ですがその瞬間、ユリウス様の黄金色の瞳が少しだけ揺れて視線をそらされてしまいました。まるで私を避けるように通り過ぎていきます。


「俺のことは構わなくていい。執務室で仕事をしてくる。後のことは侍女と執事に聞くように」

「わ、わかりました……」


 何か気に障ることを言ってしまったでしょうか。

 出会ったばかりのユリウス様のことはまだよくわかりません。


 (そうだわ。好きにならない人がいいって)


 ユリウス様は仕事に集中したいのだと言っていました。

 だとしたら私の歩み寄る姿勢は、彼からしたら面倒なことだったのかもしれません。なるほど、と私は勝手に納得して頷きました。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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