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13. 温かな居場所

「ユリウス・フォルク・エーデルシュタイン様、アデライト・レーヴライン様、ご入場です」


 私達が入場すると、一気に視線が集中します。

 や、やはりかなり緊張します。

 何しろ春の晩餐会でのことがあったのでなおさら私達は注目の的です。


「堂々としていろ。大丈夫だ。君は十分に美しい」

「は、はい」


 秋の晩餐会の日がやってきました。

 お父様とお義母様から贈られたレモンイエローのドレスを身に着けて、ユリウス様にエスコートされています。アクセサリーはダイヤとシトリンで統一していますが、首元だけはユリウス様のお母様の形見のルビーのネックレスを身につけています。髪型はハンナさんとリーリアさんが気合を入れて素敵な編みこみのアップスタイルにしてくれました。

 春の晩餐会ではエスコート役のはずのヘンリック様がいなくて、一人所在なく立っていましたが、今日は隣にユリウス様がいてくださるのでとても心強いです。

 私がじっと見つめていたらちらりと黄金色の瞳がこちらを向き、ふっと細められました。最初はいつも怒っているような表情が多かったですが、最近は笑ってくれることが増えました。

 嬉しくてドキドキします。


「――アデライトじゃないか。よくもまあ、こんな場所へ顔を出せたなあ?」

「……ヘンリック様」


 私達の前に現れたのはヘンリック様とサンドラ様です。クスクスとサンドラ様は忍び笑いしています。


「……これはヘンリック・ブラント殿。私の婚約者に何か用かな?」

「……ユリウス殿、あなたも趣味が悪い。この女の噂はご存じのはずでは?」

「人の婚約者をこの女呼ばわりとは非礼にもほどがあるな。そもそも私達に話しかけていいと誰が許可した?」


 ぐっとヘンリック様が悔しそうに黙ります。

 本来は爵位の下の貴族が上の貴族に自分から話しかけるのはマナー違反だからです。


「行きましょうヘンリック様。また宝石を盗られたらいやだわ」

「あ、ああそうだな」

「待ってください。以前もお話ししましたが、私はサンドラ様の指輪を盗んではいません」

「はあ? まだ言うの? しつこいわね! 盗んでないって証拠はあるの? どうせ平民の出でろくな物を持たせてもらってなかったからうらやましかったんでしょう?」


 サンドラ様が青い瞳でこちらを馬鹿にしたように睨みます。

 私のお父様とお義母様は必要な物は与えてくれました。これは私だけではなくレーヴライン家への侮辱にもあたります。


「証拠ならここにあるが? 見てみるか?」

「え? あ……あれは!」

「どういうこと?」


 さっとヘンリック様の顔がみるみると青ざめていきます。

 ユリウス様が取り出したのはあの日見つけた記憶石でした。その手からふわりと浮き上がった記憶石は会場高くまで浮かび上がります。会場の人々もその様子に注目し始めました。

 やがて光を放ち始めた記憶石の映像が宙に映りました。


『ねえ、それどうするの?』

『先に外しておくんだよ。そうすれば証拠も残らないだろう?』


 そこに映し出されたのはヘンリック様とサンドラ様の姿でした。

 周囲がざわめき、二人が真っ青になります。


「や、やめろ! そんなのは嘘だ! 捏造だ!」

「そ、そうよ!」


『ここにアデライトをおびき寄せるんだ。そして君の指輪を盗んだとでも言えば、あいつをはめることができるぞ』

『ヘンリックったらひどーい。そんなことをしたらきっと彼女、二度と社交界には出られないわよ』


 きゃっきゃと笑うサンドラ様の声もちゃんと録音されています。

 晩餐会に出席する人々の視線が、ヘンリック様とサンドラ様へと集中します。

 ヘンリック様が首を振ります。


「ち、違う……違うんだ。これは誤解で……アデライト。君ならわかるだろう?」

「ヘンリック様……」


 私とヘンリック様の間にユリウス様が立ちふさがります。


「君がアデライトと話す権利はない。……事務棟の備品倉庫にこの記憶石を隠したのはお前だな? すでにこの映像は騎士団に提出済みだ」

「そ、そんな!」

「嘘でしょ!?」


 晩餐会の会場に衛兵達が現れ、周囲は騒然とします。ヘンリック様とサンドラ様を連行するためです。


「そ、そんな。待ってくれアデライト! これは誤解なんだ!」

「ヘンリック! どういうことよ! 私は何もしてないわ! 無実よ!!」


 ヘンリック様はそんなに母が平民である私のことが疎ましかったのですね。サンドラ様もせっかくのヘアセットが乱れることも気にせず髪を振り乱して抵抗しています。

 ですが、無実の罪を着せられて私もそのままでいるわけにはいかないのです。


「ヘンリック様、サンドラ様、罪を認めてちゃんと償ってください」


 私の言葉にヘンリック様は泣きそうな顔をして、サンドラ様は険しい顔でこちらを睨みつけながら、衛兵達に連行されて行きました。

 ざわめく会場の中、私は隣のユリウス様を見上げます。

 大丈夫だ、というように微笑むその表情を見て私はほっとしました。

 ――こうして私の汚名はようやく晴らされたのでした。




 その後、国王陛下と王妃殿下が入場されました。

 先ほどまでの騒ぎが嘘のように会場には荘厳な音楽が流され、優雅な空気が流れます。

 ユリウス様と私は、正式に婚約し来年の春には結婚することをご報告しました。


「……はあ」

「なんだ? 気が抜けたのか」

「はい、少し緊張していましたので」

「少し? かなりだろう」


 確かにそうですね、と私は笑いました。

 会場からは楽団の奏でる音楽が聞こえ、優雅なダンスパーティーが行われています。

 私達は二人で少し休憩しようとバルコニーに出ていました。

 大きな月が出ていてとても綺麗です。

 ……ところで。


「あの、ユリウス様……そんなに強く腕を組まなくても大丈夫ですよ?」


 私はがっちりとユリウス様と腕を組んでいました。本来は女性の方がそっと腕を添えるぐらいだった気がするのですが、私は逃亡の恐れでもあると思われているのでしょうか。


「逃げられたらたまらないからな?」

「も、もうそんなことはしませんよ」


 二人で気持ちを確かめ合ったあの夜から、ユリウス様はさらに私に甘くなりました。そして私の姿が見えないと、わかりやすく心配するのです。

 もうそんなに心配する必要もないのですが。


「……ユリウス様、ありがとうございます。私のために」


 晩餐会の会場でわざわざ記憶石の映像を再生したのは、私の無実をより広く人々に知らしめるためでした。本来なら騎士団に記憶石の映像を提出した時点で二人を拘束するだけでも良かったのです。


「俺がこのまま黙っているのが嫌だっただけだ」


 ユリウス様の手がそっと私の肩を抱きます。

 そのまま引き寄せられて、二人で空を見上げました。大きな月はあの夜を思い出します。


「……そういえば、ずっと気になっていたことがあるのですが」


 ユリウス様にもたれて月を見上げていた私は、ふと思い出したことを尋ねてみることにしました。


「なんだ?」

「どうしてユリウス様は最初から本当のことをおっしゃらなかったのですか? 自分を好きにならない人間がいい、だなんて言われて」

「あ、ああ……あれか」


 そうなのです。

 ユリウス様は最初、周囲からの婚約しろという圧力が鬱陶しいから私がちょうどよかったと言いました。騎士としてのお仕事に集中したいから自分を好きにならない人間がいいと。

 なので私は、これは契約結婚なのだなと思ったのです。

 ユリウス様が少し気まずそうに視線を逸らしました。


「……大切な人を作るのが怖かったんだ。春の晩餐会のあと、俺は君のことを調べて昔出会ったあの女の子だと確信した。守ってやりたいと思った。……だが、大切な人ができればまたいなくなってしまうような気がした」

「ユリウス様……」


 ぼんやりとした月の光に照らされた横顔が寂しそうに語ります。

 ユリウス様は幼い頃に次々と大切な人達を亡くしたことが、心に傷となって残っているのです。


「だから妙な理屈をつけて距離を取ろうとした。……まあ、君が次々突拍子もないことをするから上手くいかなかったが」

「い、色々とご心配をかけてもうしわけございません」

「いや、俺の覚悟が足りなかっただけだ。まさか君が『夜の風』の技を受け継いでいるとは思わなかったが……」


 数々のやらかしてしまった所業を思い出して小さくなっていると、ユリウス様がこらえきれないように笑いました。

 ……でも、ようやく謎が解けたような気分です。自分の中の恐れを乗り越えて、私を大切にしてくださるユリウス様の気持ちが、私はとても嬉しいのです。

 本当になんて不器用で愛しい人なんでしょう。


「アディ、ずっと俺のそばにいてくれ。……まあ、こちらがもう逃がす気はないが」

「ふふ……はい、ユリウス様。私はずっとあなたのおそばにいます。絶対にいなくなったりしません」

 

 遠くで優美な楽団の音色が響いています。

 冴え冴えとした夜の冷たい空気の中なのに、ユリウス様に寄り添うと身も心も温かく満たされていきます。

 月と同じ黄金色の瞳に見つめられて、私はそっと瞼を閉じました。

 もう絶対に、私はユリウス様の前からいなくなりません。

 ユリウス様が私を必要としてくれるかぎり。

 私はようやく、温かい居場所を見つけたのです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

次で終わりになります。

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